34話 分析結果は
「これでもまだ40代前半だぞ? 」
「お若いとは思っていましたが…… 改めてはじめまして。 陵州高校3年の近江ゆかりといいます 」
「いつもバカ息子がお世話になっております。 いやいや、君達から見たらもうオヤジの域かなぁ 」
ゆかり先輩も親父もペコペコと社交辞令モードに入っている。
「いやぁ礼儀正しい美人さんだ。 生徒会長をされているそうだね、いや素晴らしい 」
「恐れ入ります。 まだまだ力不足ではありますが…… 」
なんだか二人とも本来の目的を忘れてませんかね?
「親父、分析結果が出たんじゃないのか? 」
「ああ、それなんだがな 」
親父はソファに座ると、俺にも『座りなさい』とゆかり先輩の横を指差す。 俺達に向けて分析結果のプリントをテーブルに置き、ため息をついて腕を組んだ。
「ゆかり君、これは同級生が持っていた物で間違いないんだね? 」
「はい。 彼女が偶然落としたものを拾いました 」
先ほどまでの和んだ空気が張り詰めたものに変わる。 プリントには成分やダイヤグラフが書かれているが、俺にはさっぱりわからない。 だが親父の表情を見る限り、良い答えではなさそうだ。
「成長遅延薬じゃないんだな? 」
「ああ。 ゆかり君が懸念していた覚せい剤等の薬物でもない。 だがもっと驚くべきものだった…… 」
「もったいぶらないで教えてくれ 」
じれったくなって急かすと、親父はもう一度ため息をつく。
「周りを小麦粉で固めた『多能性幹細胞』だったよ。 不完全な状態で死滅していたがね 」
「え…… 」
親父を見たまま固まってしまった。 と、ゆかり先輩の手が俺の手に優しく重ねられる。
「つまり、お前を組織している細胞の元だ。 まさかこれを今になって目にするとは思わなかったがな 」
親父にとっても予想外だったのだろう。 その表情は俺も見たことのない研究者の顔をしていた。
「ご説明願えますか? 」
ゆかり先輩は落ち着いた表情で親父に説明を求める。 凛として親父を真っ直ぐ見つめ、重ねられた手はあたたかい。
「徳間研究所の末路は聞いているかい? 」
「はい。 プロジェクトが凍結されて、徳間教授が春翔君の兄姉と共に失踪したまでは 」
親父はわざわざ戸棚から煙草を取り出し、煙を燻らせながら話し始める。 不安な時に見せるクセだ。
相づちを打ちながら真剣に聞く彼女が頼もしい。 時には『何故ですか?』と、俺が不思議にも思わないことに質問し、時には黙って親父の次の言葉を待つ。
「『多能性幹細胞』はもう生成することは出来ない。 データを全て失ってしまったからね 」
「お父様は不完全と仰いました。 照合するデータはないのに、どうして不完全と断定できるのですか? 」
彼女の口調は少し厳しい。 重ねる手にも少し力が入っていた。
「長年見てきた遺伝子だからね。 全てではないが頭には入っている 」
「だとしたら徳間教授が生成したのでは? 」
「あり得ない。 服用しても無意味な事は彼が一番理解している 」
「ではお父様の元同僚は? 」
「研究員は6人だったが、そのうちの4人は死亡が確認されている。 その中に本條という者はいない 」
「研究データが漏れた可能性は高いです 」
二人の口論とも取れる掛け合いに俺はついて行けない。 すげぇな……
「その可能性はかなり低いだろう。 データを管理していた機器は全て外部から遮断されていたし、入退室毎にX線ボディチェックもあって流出防止は徹底されていた。 データは全て完全消去されたから、研究凍結以降の漏れも考えられない 」
「じゃあ何故…… 徳間の他に研究機関があったのでしょうか…… 」
「それは否定出来ない。 だが私が知る限りでは、多能性幹細胞の研究は徳間研究所のみだったがね 」
「親父、多能性幹細胞って作るのは難しいのか? 」
二人が考え込む中、俺は何気に思い付いたことを言ってみた。
「結果論でしかないが、マニュアルと少しの機材と薬品があれば、細胞単体で生成するのはそう難しいものではない。 それを見つけるのに8年掛かったものだが…… 問題は培養の方だ。 ハル、お前の誕生は奇跡に近いんだぞ? 」
奇跡と言われてちょっとびっくりした。 ちらっとゆかり先輩を見るとニコッと微笑まれる。
「その細胞を作って飲んだらこのチカラを使えるようになるのか? 」
「そんな訳ないだろう。 胃液で溶かされて、栄養分にすらならず腹を壊して終わりだ。 刺身を食べたからと言って、水中呼吸出来るようにはならないだろう? 」
いや、それとは違うだろ。
「小麦粉で固めた意味は? 」
「恐らく、胃酸にやられないように腸まで届かせる為なのだろうな。 そうか…… 誰だかはわからないが、研究者の可能性が消えたな 」
「うん? どういうことだ? 」
「小麦粉も調理しなければお腹を壊します。 被験者が体調不良になれば、研究者は別の方法を探すのではないでしょうか? 服用も含めて素人の浅知恵、ということです 」
なるほど…… なんだか振り出しに戻ってしまった。
「じゃあなんで本條恵は『空間転移』を知っているんだ? 」
流石の二人も俺の呟きには答えず考えあぐねていた。
「ゆかり君、とりあえずは君が心配していた薬物中毒の疑いは晴れた。 この先、本條恵には関わらない方がいい…… 放っておいても自滅するだろう 」
親父の目は厳しい。 余計な詮索をするなという意志表示だ。
「それは出来ません 」
きっぱりと答える彼女もまた親父を真っ直ぐ見つめる。
「春翔君を脅かす原因は把握しておかねばなりませんし、彼女の体調不良の原因がわかった以上止めさせなければ命にも関わります 」
「関わるなとはっきり言おう。 君が今後、平穏に暮らしていく為にもだ 」
「大事にはしないと約束します。 ですからお父様、お力添えをお願い出来ないでしょうか? 」
お互いをじっと見据える間に俺の入って行けない。 ピリピリと聞こえてきそうなほど空気は張り詰めていたのだった。




