11話 自爆
「そんなに緊張しないで下さい 」
「は…… い…… 」
苦笑いを向ける近江先輩に答えてみるが、緊張というか絶望感が強い。
「少し状況を整理しましょうか。 あの時、私は横転したトラックの荷台の下敷きになっていた筈でした 」
俺が跳んで助けました、とは言えない。
「でも気付けば植木の中であなたを見上げていた…… その間の記憶が抜けているんです 」
ええ、だって一瞬で跳びましたから。 とは言えず。 もしかして誘導尋問なのか?
「目を離した瞬間にあなたはいなくなってしまっていた。 まるで瞬間移…… 」
「先輩! おかわりください!! 」
もう話を逸らすしかないと思って、熱々の紅茶を流し込んでカップを突き付けた。 彼女は目を丸くしていたが、『はい』と笑顔になって快くおかわりを注ぐ。
「熱いものが平気なんですね 」
「はい! 熱々が大好きです! 」
そんなわけない。 舌はジンジンしてるし、喉はヒリヒリしてる。 『私は猫舌なので』と彼女は笑い、少なくなったティーポッドの中身を自分のカップに注ぐ。
「こんな話をすると引いてしまうかもしれないんですけど…… 」
少しの沈黙の後、空になったティーポッドを静かに横に置いて彼女は語り始めた。
「私ね…… 超能力ってホントにあるって思ってるんです 」
体がピクッと跳ねる。 美紀の言ったように、彼女はチカラを知っているのか? 無意識に彼女と目が合った。 超能力と口に出したということは、俺がチカラを持っていると踏んでいるのだろう。
「超能力というか、守りたいと想う力。 手品みたいな見せる超能力もあるけど、私の信じているものはそれじゃなくて…… 」
彼女は右手を高く掲げて手の平をいっぱいに開き、それを蛍光灯に透かすように見つめる。
「テレパシーとかサイコキネシスとかテレポートとか。 それらは救いたいという強い想いが具現化したものだと思うんです 」
ファンタジー要素の強い考えだ。 チカラなんてそんな便利なものじゃない。
「人って皆がそういう能力を持っていると私は信じています。 ただそれを具現化出来るのはホントの一握り…… きっと想う力が強いからじゃないかなって思うんです 」
あり得ない。 人間がどんなに頑張ってもチカラは使えない。
「超能力なんて存在しない方がいい。 特別な力を持ったっていいことなんかないですよ 」
「えっ? 」
黙っていられなかった。 俺だってこのチカラがなければ、もっと自由に…… もっと自分を出して生きているはずだ。
「先輩は俺がテレポートであの場を救ったと思ってるんですよね? もしそのチカラが本当にあったらどうします? 」
「素敵ですね。 私がイメージしていたそのものです 」
イラっとして首を横に振る。 チカラは綺麗な事ばかりじゃない。
「あり得ない。 先輩がそう思っていても、周りはそうは見ないでしょ。 人間から外れたチカラはやがて異端の目で見られる…… きっと先輩だってそうなる 」
言ってから気付いた。 これじゃ自分から『俺は能力者だ』と暴露しているようなものだ。
「それこそあり得ません 」
彼女に真顔で断言された。 柔らかい雰囲気はなく、とても真剣に。
「それが、あなたが逃げた理由なのですね 」
次の瞬間には、彼女はとても悲しそうな目で俺を見ていた。
「知らない方が幸せな事もあると、あなたは私を心配してくれているのでしょう? 」
「…… 」
まさかそんな返しが来るとは思ってなかった。
「確かに、 超能力者なんて言うと必ず噂が流れます。 羨む人もいるでしょう。 妬む人もいるでしょう。 そしてきっと、その力を利用しようと目論む人がいる…… 悪用しようとする人はあなたの弱みにつけこんでくるのでしょう。 そうなれば私の身にも危険が及ぶと考えたのですね? 」
どこまで頭の回転が速いんだこの人! 隠す理由はそれだけじゃないが、俺が懸念している半分を言い当てられてしまった。
「テレポート。 それがあなたのチカラなんですね? 」
ここで否定したら、きっと彼女は俺が人間じゃない事まで調べてしまうのだろう。 無言で頷くと、彼女はとても眩しい笑顔を俺に向けた。
「他人がどう思おうと関係ありません。 そのチカラが私を救ってくれたことに変わりはないのですから 」
まるで天使のような微笑みに、俺はそれ以上何も言えなくなってしまったのだった。