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5 天穹の下で

 

 

 

 

 

 

 おのれの名を呼ぶ声に、マニはうっすらと目をあけた。

 視界をほんのりと満たす、青白い光。その中央に、苦笑を浮かべるヒューの顔があった。


「だめだよ、命を粗末にしちゃ」


 自分がヒューの腕の中にいることを知り、マニは悲しげに微笑んだ。


「ごめんなさい、私のせいであなたまで死なせてしまって」


 常世でヒューに会えたら、まず言わなければならない、と思っていた言葉だった。

 そうして次には、一番言いたかったことを。現し世では決して明かしてはならなかった、この想いを。


「でも、こうやってあなたと一緒になれて、嬉しい……」


 みるみるうちに、ヒューの顔が真っ赤に染まった。


「ちょ、ちょっと待って。僕も、あなたも、まだ死んでいないから」

「え?」


 ヒューが何事かを呟くと同時に、青白い光が消えうせた。やがて、漆黒に沈む世界がぼんやりと輪郭を取り戻し始める。墨色の空を切り取る雲の影。向こうに見えるのは領主の城か。反対側に目を転じれば、葉影の奥に街の灯りがまばらに灯っている。

 身じろぎに合わせて、腰の下でざらりと砂が音を立てた。


「え? え? でも、私……、それに、あなたも……」

「うん。たぶん領主達は、僕が死んだ、と思っているんじゃないかな」


 事も無げにヒューが答える。それから、身を起こそうとするマニに手を貸しかけて、「いたた」とわき腹を押さえて背を丸めた。

 驚き慌てるマニに、ヒューが「大丈夫」と片目をつむった。切られた服の隙間から、夜目にも白い包帯が見えた。


「僕は、確かにあまり多くの呪文を習得していないけれど、一つ一つの術をじっくり研究したおかげで、他の誰もが想像できないような術の使い方ができる」


 自信に満ちた声が、夜気を震わせる。


「彼らを煙に巻くぐらい、どうってことないさ」


 マニは、涙が溢れるのをこらえられなかった。


 


 


 マニが落ち着くのを見計らって、ヒューがわざとらしいほどに厳めしい表情を作った。


「それにしても、僕が間に合ったからいいようなものの、だめだよ、死のうだなんて」


 まだ少し鼻をぐすぐすいわせながら、マニは小さく「ごめんなさい」と呟いた。


「でも、許せなかったのよ。私自身を……そして何より、領主様を」


 それからマニは、まっすぐにヒューを見上げた。

 雲が切れ、月光が辺りに降りそそぐ。大きな瞳が、月明かりを映して燃えるように輝いた。


「力ずくでは、何も手に入らないんだと、領主様に思い知らせてやりたかった」


 


 たっぷり一呼吸の間、ヒューは微動だにしなかった。驚きの色を目に浮かべ、じっとマニを見つめている。

 それから、まいったなあ、と満面の笑みを浮かべ、マニをそっと抱き締めた。


「好きだ、マニ」

「私も。好き。ヒュー」


 言葉は、もう必要なかった。代わりに唇が刻むのは、声なき想い。

 やがて、どちらからともなく、二つの想いがそっと重ねられた。


 


 


 


 傾き始めた月を見上げて、ヒューが腰を上げた。

 マニも、手を貸してもらって立ち上がる。


「行こうか。助祭様が街の門で待ってる」

「え?」

「あなたのご両親もいらっしゃるんじゃないかな。大層心配なさっていたから」


 目を丸くするマニに、ヒューが真剣な眼差しを向けた。


「僕と一緒に、来てくれるかい?」


 その一瞬、これまでの人生を巻き戻すかのように、マニの脳裏に数々の映像が去来した。両親と過ごした日々が、治療院での思い出が、堰を切ったように溢れ出してくる。

 一番最後に、にっこりと微笑みかけてくるヒューの瞳が大写しとなり、マニは思わずヒューに飛びついていた。

 承諾の返事に、ヒューの「痛たたた」という呻き声がかぶさる。

 マニは大慌てで身体を離すと、心配そうにヒューを見上げた。


「ごめんなさい!」

「大丈夫。いざとなれば、あなたに治してもらうから」


 はい、と力強く頷く声が、風に乗ってどこまでも吹き渡っていった。

 

 

 

    〈 完 〉


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