傀儡と私と
体がふらつき、あともう少しで気を失う寸前まで意識が遠のき、
「ぎゃあああああああああ!!!! 危ないから! やっと口開いてくれたから私のこと受け入れてくれたと思ったのに!! 彼女の舌を噛み切ろうとするとはどういうことなのさ!!! 死ぬところだったよ!?」
絶叫が耳に突き刺さり、現実へと引き戻された。素直に現実逃避すらさせてくれないらしい。
「誰が彼女だふざけんな」
「そんな非道い……。あの夏の夜のひと時は全て遊びだったというの……?」
少女は地面に両手を付き項垂れている。……裸のままで。
「少なくともおまえとはそんなことはなかっただろうが」
「少なくとも……? 他の人とはあるの!?」
「それはないよ。ファロロンは私だけとしかそういうことしないよ。だって22才までキスもしたことなかったほど初心な童貞だったもん。私以外に手を出すわけないよ。それ以前に引きこもってたんだし」
「だった? 過去形……? 私以外? そんな……」
「勝手に俺の過去を捏造するな。っていうか先に服を着ろ。何故着替えてこなかった」
「一刻も早くファロロンに会いたかったからだよ! 逢いたかったからだよ! 呼ばれたらどんな状況でもすぐ行かないといけないんだよ!」
「トイレだったとしてもか?」
「え……それはその、ファロロンにそういうシュミあるなら……」
少女は自分の体を抱きながら太腿をこすり合わせて俯きながら身悶えている。……裸のままで。
「ねえよふざけんな」
ファロは少女に近づくと、髪を掴み引っ張り始めた。
「痛い痛い痛いよ髪は引っ張らないで分かった分かったから自分でちゃんと着てくるから放してお願いごめんなさいすみませんでした反省してますもうやりません」
そう言って少女はしばらく開けっぱなしのドアの中に消え、数分後に服をきちんと着た状態で出てきた。
少女はドアを閉めて、右手に持った大きな鍵でドアを閉める。するとそのドアは跡形もなく消えた。
私は、ファロに腕をからませてすりすりしている彼女にどうしても聞いておかなければならないことがあったので、聞くのは怖いけど聞いてみることにした。
「2人はどういう関係なの!?」
「あ、自己紹介がまだだった! 私はね、ファロの彼女のスむぐ……!」
自己紹介の途中で、ファロは少女の口を両手で塞いだ。
「こいつの名前はスズミで彼女ではない。いいか、スズミだぞ。間違ってもスズなんて呼ぶな。呼ぶ時は必ずスズミな。忘れるなよ?」
「えー、スズちゃんでいいじゃない。どうして略しちゃいけないの?」
「あ゛?」
目が据わっていた。
「……うん、分かったけどさ」
「けど?」
「とりあえず放してあげたら?」
スズは鼻ごと塞がれているため、息ができないようで、手をばたばたとさせながら弱々しくもがいている。顔をだんだん青くなってきた。
「いいんだよ、ヒールくらいはかけてやるから。調子乗った罰だ」
「いやいやいやいや、危ないでしょ! 顔白くなってきたから!! 死んだらヒールとかも効かないでしょ!?」
私がそう主張すると、ファロは舌打ちしながらスズを解放する。スズは大きく息を吸って酸素を大量に取りこんだ後、涙目になりながら何かを言おうとしてその後むせた。ファロはしばらくゴホゴホと咳き込むスズを一瞥して「どうせ演技だろ」と言う。相変わらず鬼畜だった。
「非道いよファロロン……。でもなんか……新しい扉が開いちゃいそう」
「開くな」
「まあ実際はもう弄られすぎて開き切っちゃってるんだけどねー」
「じゃあもう一回酸欠になるか?」
「……遠慮しときます」
スズは顔を青くしながら首を横に振る。すごい勢いだった。
「……えっと、私はサニー。よろしくね」
「よろしくー! ファロロンはあげないけどね!」
「勝手に人を所有物にするな」
「大丈夫だよ、私はファロロンのだから」
「じゃあ捨てていいか?」
「たいせつなものなのですてられません」
2人は楽しそうに会話をしていた。その様子を眺めて、私に足りないものは何かを考える。スズにあって、私にないもの。私はあることを思いつき、ファロの顔を覗き込む。
「ファーローロン♪」
「殺すぞ」
「はぅ……」
返ってきたのは殺気だった。それも冒険者を撃退させた時のレベルだった。怖かった。隣にいるスズまでがたがた震えている。
「とりあえず今回呼び出した要件を済ませるぞ。ポーチが壊れたから新しいのを作ってくれ。予算は1000ゴールドまで出す」
「え、壊れたの? 相当丈夫に作ってるはずなんだけど……」
「原因はこいつだ。安易に魔法道具に触れさせると大変なことになるから気をつけろ」
「どういうこと?」
「見せた方が早いな」
ファロが右手を伸ばしながら手のひらをこちらに向けると、何の予備動作もなしに火の玉が私に向かってきたので思わず避けてしまった。
「……おい、何してんだよ」
「だ、だって今回は何の呪文も唱えないでいきなりだったんだもん! 怖かったんだもん……」
「……どうせダメージは受けないだろうが。今度こそ動くなよ?」
言われた通り動かずに、火の玉を受ける。私に触れた火の玉は一瞬で消え、その様子を見たスズは拍手しながら「おおおお、サニー無敵じゃん!」と私と全く同じ反応をした。
「……本当に、そうだと思うか?」
そしてファロは私にいくつかのバフとヒールをかける。
「……なるほど、そういう訳で壊れちゃったわけね」
「で、どれくらいで作れる?」
「素材さえあれば1日あればできるよ。でもとりあえず町に行きたいかな。ここから一番近いのはどこ?」
「フィルーナだな。元々こういうアクシデントがなければそこに向かうつもりだったし。今から全力歩けば日が落ちる前にフィルーナに着けると思う」
「あぅ……ごめんなさい」
「ま、それはもう気にするな」
「私がファロロンの分はタダで作るから心配しなくていいよ」
「いやスズミに貸しを作るのは何か怖いからしっかり払う」
「何それ非道い……」
そうして、私たちはフィルーナへと向かった。
「……寝ちゃったね」
「そうだな」
「宿屋に着いた途端、早く寝ちゃうとこなんかもそっくりね」
「そうかもな」
「ファロロンは、もういいの?」
「……あの時のはスズミにも言ったはずなんだが」
「いいじゃない、昔っからなんだし」
「違うだろうが」
「似てるね、私と。それが原因?」
「お前とは、似てないな。否定はしない」
「私じゃやっぱりダメだったかぁ……」
「そうだな」
「厳しいな……こういう時くらいは、少しくらい慰めてくれてもいいんじゃないかなーって思うんだけど」
「俺は、昔のスズミの方が好きだったぞ」
「ごめんね」
「スズミは、まだダメなのか?」
「まだとか、そういうのはないかな。もう戻れないよ。私に、この力があるからには」
「それは……」
「それに……。私だって、好きだからね」
「その私は誰で、好きなのは誰だ?」
「……ばーか」
「あ、忘れてたけどさ」
「何だよ」
「私はスズだから。そう呼ばないと怒る」
「何でだよ……?」
「元からスズって呼ばれてたし、スズミだとネズミに見えてなんかやだから」