第1話
目の前には死が立っていた。いや、正確には息を飲む程美しい、ドレス姿の銀髪の女性だ。
天色の瞳が此方を魂の底まで見透かす様に見つめてくる。夜の山奥にはあまりにも不釣り合いなレイヤードドレス。だが、その可憐な女性から放たれる気配は、俺の魂を一瞬で消し飛ばしかねない、文字通りの死の化身のそれだった。
恐怖に叫ぼうとしたが、声は出ない。
今日の記憶が浮かんでは消える。直径五メートルほどの円形の泉。その中心に映る自分の姿は、ただ怪しく揺れる赤い火の玉。
今朝も遅刻ギリギリで慌てて登校してたはずなのに、道に飛び出したせいで車に轢かれ、気づいたら泉の上にいて、丸一日身動きも取れずに放置され――挙句の果てに、この美女との遭遇だ。
俺が赤い光を激しく揺らして大混乱していると、銀髪の女性は冷酷なまでに周囲と俺の観察を終え、尋ねてきた。
「貴方は、異世界から来たのですね?」
鈴を転がすような、あまりにも綺麗な声。だが、その瞳には深い怒りと、そしてどこか切ない憐憫が宿っている。
「――あ、やっぱりここ、異世界だったか」
俺の、現実逃避気味な思考に、女性の天色の瞳が僅かに怪訝そうに揺れた。
「余り驚いていないですね?」
「考える時間はありましたからね」
少し怪訝そうに聞かれてしまったけど仕方がない。何せここで周りの景色を眺めながら飽きるほど自分の境遇を考えて暇を潰してたんだから。
それに自分が死んで更に見知らぬ山奥に身動きとれず放置され、極めつけに彼女に出会った事に比べたら、異世界だった程度どうでも良い。
それよりもこの人と友好的な仲になる方が重要だ。まともに考えるな。思考を軽くしろ。
「あの、何故こんな時間に女性一人で山の中に居るんですか?」
「ああ、月が綺麗だったので少し空を飛んでいたのです。その途中で大きな魔力の歪みを見つけたので、それを解消する為に此処に来ました。
この歪みの大きさから人為的に起こされたものだと思っていましたが、禁術を失敗したせいだったとは」
蒼みを帯びた月の光に照らされ、肩まで伸ばした透き通るような銀色の髪が青く染まり、天色の瞳が複雑に陰る。
綺麗な人が溜め息をつくと、それすら絵になる。
――待て、禁術、歪み?それは笑えない。
「禁術の失敗って、今俺がここで人魂になっているのはそのせいなんですか? 俺はこれからどうなるんですか?」
「恐らく、貴方は異世界から人を召喚する禁術に巻き込まれたせいでここに来たと思われます。あなたの魂はこの世界の理から逸脱していますから」
彼女は、どこまでも澄みきった瞳で俺を見ていた。
「一つだけ聞きましょう。死にたいですか?」




