第130話 帝都お忍び道中
帝都内は静まり返っていた。
10万人という居住者がいるはずなのに、辺りはしんと静まり返り、道行く人もいない。一部、炎が揺れ動くのは警備中のゼドラ兵だろう。
今ここは戦時中だ。戒厳令の中にあってもおかしくはない。
その元凶となっている僕らからすれば申し訳ないという思いも……。うーん。帝都にいた期間、ほぼ馬鹿にされてたようなものだからなぁ。複雑。
「色々あったね。良いこととか、良いこととか」
ラスが呑気にうそぶく。
いや、うん。そうだね。ラスはそういう子だよ。
本当、30年以上生きると考え方が斜に構えて嫌になる。
「うぅ。ワタシの家に蛮族どもがいると思うと……」
とは帝国軍の元帥を曽祖父に持ち、大将軍の父を父に持つアイリーン。いや、大将軍は侵攻で亡くなったからゼドラは父と家の仇みたいなものか。それも仕方ない。
「大丈夫だよ、アイシャちゃん! すぐにゼドラなんて野蛮な人たち、叩きだすから!」
「仇、せん滅する」
ラスとマシューが物騒な物言いでアイリーンを励ます。
うん。物騒だよね?
「待つんだ、吾輩の可愛い子猫たち。吾輩は決して戦いに来たのではないよ」
皇帝陛下が血気に逸るラスたちを抑えてくれるんだけど……子猫たち? うわ、なんか軽く引いた。誰だ。こんな言葉遣いを10歳に教えた馬鹿は。
はい、1人肉親を思い浮かべた僕はもうだめです。そして否定できません。
「でも陛下! アイリーンちゃんやマシューちゃんのお父さんの仇を討たないと可哀そうですよ!」
「ラス、気持ちは嬉しいけど声大きいですわ!」
「お前の方が大きいよ、アイリーン」
というお約束のツッコミを入れたところで、偵察が戻ってきた。
「イリス。周囲はあまり人いない。今なら行ける」
とは偵察に出ていた千代女の言葉。
彼女が言うならそうなんだろう。
「ご苦労様、千代女」
「もっと褒めて」
「え……えと、じゃあ偉い偉い」
「キスして」
「はぁ!?」
「ちょっと! イリスちゃんとキスするのは私!」
「イリス、ラス、うるさいですわ!」
「だからお前もうるさい!」
はい、お決まりの天丼ツッコミでした。
「けど周囲に誰もいないって……怪しくない?」
「いや、誾千代殿。城門が戦場になるんだ。そこに民衆がいないのは当然だろう」
「しかしそこを防備する兵がいないというのも……。北門とはいえおかしくないですか、小松殿」
誾千代、小松、八重がそれぞれに懸念を口にする。
確かにそれぞれ言っていることは正しい。
これではわざと引き込まれたと思われても仕方ないだろう。
けど門番は確かにいて、ここ周囲を動き回る炎もある以上、そこまでおかしなことはないと思った。
何より――
「敵にはこの帝都全てを防御するには兵が足りないんだろう。そう考えて北門は捨てたと考えても良さそうだ。こっちが自分の家に対して、無茶な攻めはできない、ってのもあるけど」
「うむ。帝都は我が家。破壊などもっての他だな」
その中心にいるはずの皇帝、そして帝都に家を持つ側近の少女2人が深く頷く。
まぁそれが攻めづらさを倍増させてるんだけど。
「とりあえず私が先導するから。ついて来て」
そう言って先導するのは千代女。それに誰も文句は言わない。アイリーンもマシューもだ。
かつては彼女たちの住処だったこの帝都も、今では真っ暗で敵の巣窟。いや、それ以前に彼女たちはこの外周にある一般区画には不案内だ。彼女たちは中央にある宮城のある皇帝区画のその外周の上級区画の出身だ。
一般区画を見下す彼女らは、帝都から外に出る以外に立ち寄る場所ではない。
だから必然として千代女が先頭に立つ。もちろん僕とラスが覚えている限りの一般区画の情報を伝えてはいるものの、北門の周辺は最初に来た時以外は分からなかったけど。
それでも彼女のスキルである影分身を使い、周囲を索敵しながら進めるのはかなりのメリットだ。その分、移動速度が遅くなるけど安全と時間のどちらかと言われれば安全と言わざるを得なかった。
ただ問題は別にある。
帝都はそれなりに広い。一般区画から上級区画にあるウトリア帝国学園に通うには、大きくぐるっと回って1時間以上かかった。
それを考慮しても、門から上級区画の門までの距離は5キロほどと考えてもいいだろう。
一般的な徒歩の時速が5キロほど。今はお忍びで動いているし、敵の哨戒を見つければ立ち止まって物陰に隠れることまでしないといけないから、それ以上の時間がかかる。
つまり1時間以上、歩きと身を隠すの繰り返しをすれば、疲労もたまる。
30分。とにかく隠れながら歩き続けて、ようやく上級区画の門が見えてきたというところだ。
「もうだめ、これ以上歩けないってー!」
音を上げたのは、まぁ当然と言うべきか、皇帝陛下その人だった。
一応、僕とラスは軍関連で鍛えてるし、アイリーンとマシューは軍人の家で戦いの手ほどきも受けているからそれなりに鍛えている。イレギュラーの4人は言うに及ばず。
となれば一番年下で、体を鍛えるようなことなどしたことがないだろう、引きこもりで軟弱なお坊ちゃん皇帝が一番に音を上げるのは仕方ない。
ただ、その後がいけない。
「あー、もう無理。歩けない。アイシャ、おぶって。あとマシュー、クォー種のハチミツ酒を瓶詰めで頂戴。ラス、馬車の手配を。それからイリス。足を揉んで」
ああ。これまで少しは皇帝っぽく、真面目になったと思いきやこれだよ。
けど事の張本人がやる気を失われても困る。それにもうここは敵地のど真ん中。今更帰るなんてことも無理。だからなんとか励まして進んでもらわないとどうしようもない。はぁ。
「陛下、あと少しです。あと少しだけ頑張れば、この戦いは終わるんです。だからここで頑張りましょう」
我ながら歯の浮くようなおべんちゃらだったけど、そうしないと動いてくれなさそうだから仕方ない。
「けどようやく上級区画でしょ。そこからさらに宮廷までさらに3キロあるよ? 無理じゃん?」
「しかし、ここはもう前に進むしかありませんよ。もしゼドラを追い払うことができたら、陛下は帝国を再興した稀代の名君として歴史に名を遺すでしょう。ここで退いては何も残りません」
「残るじゃん。命が。ここで無茶して死ぬなんか馬鹿でしょ」
「ばっ……いえ、だからそこは私たちが守りますので。なんとか最後まで」
「吾輩は現実的なの! はぁー、てかちょっとやる気出てきたのに、イリスのせいでやる気失せた―。もういい、帰る!」
「帰れるわけないでしょう! こんなところで言い出すなら最初から行くとか言うな!」
「なっ、吾輩は皇帝だぞ! 少しは大目に見てたが、許さんぞイリス!」
「陛下、お声が……」
「イリスちゃん、さすがに……」
と、いつの間にかヒートアップしていた僕と皇帝の口論。そこにアイリーンとラスが止めにかかるも遅かった。
「そこで何をしている!」
炎がこちらに向いた。
同時、笛のようなものが鳴り響く。気づかれた。しかも仲間を呼ばれた!
「イリス、馬鹿」
「うっ、申し訳ない」
せっかく色々お膳立てしてくれた千代女には申し訳なかった。
「とにかく逃げるしか……」
「つってもどこへ!?」
「わぁーだから言ったんだ! この皇帝たる吾輩がなんでこんなことに!!」
「皇帝だと!?」「皇帝……アカシャ帝国のか!」「捕えよ! 捕えよ!」
うわぁ、しかも皇帝がいることがバレた。状況最悪にさらに拍車がかかる。
「と、とにかく先に進む! 誾千代、雷で露払いを……」
と、誾千代のスキルをあてにして突破するつもりだったが、反応がない。
左右に視線を走らせても……誾千代がいない!?
どこいった!? まさか逃げ――るわけはないけど、じゃあどこへ?
人の気配が周囲に集まる。このまま包囲されるとマズい。
けどどうするかとなればどうしようもない。
このまま捕まるのか。そして殺される。
そう絶望に身が沈んでいく。その時だ。
「ぎゃあ!」
悲鳴が聞こえた。さらに蹄の音。
それはこちらに近づき、さらなる悲鳴を産む。
何がと思っていると、僕らの目のまえに数頭の馬が飛び出してきた。
誰もが呆気にとられる中。その先頭の馬に乗る小柄な影が、陽気に声をかけてきた。
「おーい。なんかもうバレてるな。というわけで乗る?」
誾千代、そして小松が乗る馬が、さらに4頭を引いてきた。




