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第121話 勝敗の帰するところ

 その音は戦場を揺るがした。


 いや、はっきりとその固有の音が聞こえたわけじゃない。

 それでも大気を揺るがし伝わる騒音。人の動きのざわめき。


「ふっ!!」


 その音に意識が一瞬もっていかれていた。それはこの場において致命傷となる隙。


「イリス!」


 叫び。そして金属音。


 見れば僕を薙ぎ払おうとした呂布の方天画戟を、琴さんの薙刀が間一髪押さえていた。

 だがかの呂布の必殺の一撃をそう受け止められるわけもない。琴さんの腕が震える。


 咄嗟に僕は手綱を引き絞り、体を倒した。馬の動きと僕の回避運動。わずか一瞬でも、呂布の一撃を避けるには――ギリギリの回避となった。


 再び呂布と離れる。


「イリス、心を飛ばすな!」


「ごめん、琴さん」


 かれこれ数分にわたり、呂布と渡り合っている。

 といっても2対1で、それに復活してきたスキルを使ってなんとか殺されないで済んでいるにすぎない。

 それだけでもすさまじい疲労。対する相手は飄々(ひょうひょう)とした様子で汗も傷も1つもない。

 2人でなんとかなるレベル。一瞬でも気が抜けない。これが僕1人なら最初の数合で真っ二つにされていただろう。


 それもようやく終わりを告げる。


 響いてくる喚声。それはおそらく、土方さんたちの隊が到着したのだろう。


 僕らは部隊を複数に分けてゼドラの砦を落としていった。

 それはいずれ、ゼドラ軍が各個撃破のために出てくることを見越してのことだった。


 だからそれぞれの部隊はそこまで大きく距離を開けず、かといって敵に気づかれずに急行できるくらいの距離を開けて進撃していた。

 それで襲われた場合に備えて、千代女に頑張ってもらった。

 千代女のスキル。影分身の分身体をそれぞれの部隊の間に配置して、異変が起きたらその分身体が分身体を経由して別の部隊を呼ぶ手はずになっていた。


 とはいっても数分で来れる距離ではない。十数分は耐える必要があったけど、色々時間を稼いだおかげか、こうして間に合ったわけだ。


 白起は僕らを包囲した。

 だけどそれはつまり、部隊を薄く距離を開けて配置していたということ。

 そうなれば、最初に僕が考えたように総数では劣っても一点突破の観点からすれば簡単に貫ける。ましてや警戒していない外側からの奇襲だ。

 敵が崩れるとしたらそこだ。


 そして現にそうなった。


 誾千代が逃げた南東の方角。そこで騒ぎが起きて、それがこちらに波及してくる。

 強襲がうまくいって、そのまま包囲の外側を食い破ろうと、こちらに部隊を進めているのだろう。位置関係からして、おそらく土方さんとスキピオたちのツァンとキタカの連合軍か。

 関羽さんたちのもう1つはもう少し時間がかかるだろう。僕らが外側に配置するようになったからその距離に差が出た。

 白起が狙うなら本陣のある土方さんらかと思ったけど、そこは正直、読みが甘かったわけで。


 でも――


「時間切れ。これで僕らの勝ちだ、琴さん」


「なんだって、イリス?」


「今、土方さんらが包囲を外から食い破っている。その部隊がここまで来れば敵は潰走。それで勝ちだ」


「土方殿……」


 琴さんは複雑そうに視線を地面に落とす。

 彼女の立場を考えれば仕方ないけど、今は深く構える時じゃない。


「呂布。降伏しろ。この場での戦いは終わる。ゼドラの負けだ」


 さっきまで降伏勧告をしていた側がされる側になる。怒り狂うだろうか。そう思ったが、返って来たのは冷静な返答。そこが意外だった。


「イリス、分かってないようだな」


「なんだって」


「お前の味方が来たから勝ち? それはどういう理屈だ? そこに何の因果がある?」


 冗談を言っているのか。そう最初は思った。

 けど顔色も声のトーンも変わらない呂布に、それを本気で言っていることだと理解した。


 つまり援軍がどれだけ来ようと、呂布1人で十分ということか。

 それも絵空事に聞こえない。呂布と壮絶な一騎討ちをして重傷を負った張遼はここにいないし、おそらく一番、可能性のある関羽さんはここから遠い。

 その状態でこの男を囲んでも、悠々と突破。あるいはさらなる被害が増えるだけかもしれない。


 なんて男だ。呂布奉先。

 罠に対し、罠を返してもなおその罠を食い破ろうとするか……。


「それにしても小憎らしいやつらよ。この俺が圧倒できんとはな。だが――」


 呂布はつまらなさそうに、唇を吊り上げ笑う。それは皮肉の笑みか。あるいは僕らへの嘲笑か。自らの力量不足への苦笑か。


「時間切れ、という意味では俺も同じだ」


「なにを」


 と、言ってそこで気づいた。


 これまでの数分、呂布にかかりきりだった。それは細胞に1つ1つまでが呂布に集中していて、そうでなかったらとっくの昔に僕はいくつか転がる血と肉の塊になっていただろう。

 そんな僕が味方の来援に気づけたのはそれを待ち望んでいたから、心のどこかでは一本、集中の線が向いていたのだろう。


 逆に言えば、それ以外はまったく感知していなかった。

 誾千代の安否も、白起の行方も。果てはここにいるはずの巴御前の存在も。

 そして――


「後ろから馬蹄……!?」


 琴さん眼だけで振り向く。


 そうだ。その通りだ。

 それは今日の戦いの発端となったもの。

 その後に呂布が単騎で飛んできたので半ば忘れていた。


 呂布の騎馬隊。彼が鍛え上げたはずの精鋭。

 一番距離があったはずなのに、東と西の敵はまだまだ距離があるというのに。


 違う。呂布の騎馬隊だ。

 東と西は歩兵を交えた混成部隊。それを考えれば距離があっても彼らが先にここに到達するに決まっている。


 それが背後から来る。

 時間切れ。そうだ。包囲が完成する間に、呂布を倒すあるいはそこから逃げ出すのがこの戦いの基本だったのに。

 必死すぎて失念していた。


 呂布と呂布の精鋭の挟撃。悪夢みたいな話だ。


 琴さんが黙り込んでいる。

 僕と同じく、言葉を失っているようだ。


 そんな僕らを同情するような視線で見る呂布は、こう告げる。


「俺だけでやれないのは、力量を疑われるようで心外だが。まぁいい。俺が狙ってやれなかったのは、あのクソ宦官の孫と髭だけだ。誇っていいぞ、お前ら。“当初からの予定通り”だ。イリス。お前をここで殺す」

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