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第116話 断絶

 降伏勧告、というより業務内容を通達するだけのような白起の宣言に、僕らは唖然とするしかなかった。


「1つ言っておこう」


 と、白起はさらに言葉を続ける。


「アカシャ帝国に未来はない。新たな時代の息吹が西方より駆け抜ける。今のうちに命乞いをし、素直にくだるといい。命だけは助かるだろう」


「負けて逃げて追い詰められた挙句にその台詞? はっ。笑えないんだけど」


 誾千代が挑発するようにあざける。


 だがそれすらも白起は無表情にいなす。


「追い詰められた? 負けるのはそちらだ。すでに形骸化した過去の遺物は消え、新たな時代にふさわしい支配者がこの世界を照らす。これは歴史の必然だ」


 白起の死後だが、春秋戦国時代の前にいんを破って天下に覇を唱えた周王朝(かの太公望を手に入れた武王が建国した)は白起の所属している秦によって滅ぼされる。

 彼の生前から、すでに周王朝は没落しており、形骸化といっても過言ではないから彼の言葉は過大なものではないと言える。


 歴史が示す通り、永遠に続く王朝などない。

 つまりこのアカシャ帝国も、永遠ではなく、名君もいれば暗君もいて、それによって衰退していくことは歴史の必然だ。


 ただ、と思う。

 そんな時代の流れなんて論理的でも裏取りがあるものでもないことをもって、白起が喋るだろうか? そのような希望的観測と故事だけを判断材料に勝ちを確信するだろうか?

 もっと絶対的な。僕らが負けと断ずる何かがあるとするなら……。


「援軍、か」


 思いついたことを言った。

 だがそれを白起は否定した。


「援軍ではない。だが貴様らにとっての敵。以上だ」


 どういうことだ。援軍じゃない。けど僕らの敵?

 まるで一休さんみたいな禅問答に思えるけど……いや、まさか? ふと思い立ったこと。まさかすぎて考える余地もない。ありえなさすぎてへそで茶を沸かす案件だ。


「つまり? その僕らにとっての敵とかいうのに負けるから、投降しろって? なんか滅茶苦茶すぎない?」


「イリス、白起殿は君の力を惜しんでるんだ」


「僕の?」


 琴さんが口を挟んできた内容に、眉をしかめた。


「ああ。君のこれまでの戦い。それが来るべき戦いに必要だとおっしゃってくれた。正直、僕も君らの敵がどういうものかは分からない。けど白起殿の言葉には真実味がある。ここで無意味な戦いで命を散らすくらいなら、僕らと一緒に――」


「それを」


「?」


「それを貴女あなたが言うの、琴さん」


 思わず遮って言った。

 僅か……いや、かなりの苛立ちを含めて。


 彼女にはこの戦いがどういったものか、理解してくれていると思っていた。たとえ立場は違うようになっても。

 イースでの戦い、帝都での暮らし、そしてゼドラの侵攻。

 それらを共にしてきた彼女が、この戦いを無価値だと断ずる。


 そんなことはあってほしくなかった。


 共に戦い、共に笑い、共に泣き、共に憤った。

 それらの日々を。貴女自身が無価値と否定する。


 そんなことは……。


「……星を見る位置が変われば、星の形も変わる。それだけさ」


「それも言ってほしくなかった……」


「そうか」


 どこですれ違ってしまったのか。

 どこで変わってしまったのか。

 どこで別れてしまったのか。


 分かりきっている。


 あの日。

 ゼドラ軍の追撃から逃げるために、彼女を切り捨てた――彼女が自ら捨て石になった。あの時だ。


 あの時から僕らの立場はまるっきり変わってしまった。


 抑圧する者と。

 抗う者とに。


「僕はできない」


 これまで戦ってきたこと。そこで失われてきた命。そして、守ろうとしてきた命。その先の未来。


 ここで負けを認めれば。これまでのことが。これまでの犠牲が。これまでの僕が。

 全部無駄になってしまう。

 それだけは断じてできなかった。


 ああ。本当に人間って成長しない。

 会社のためと首切りに躍起になっていたあの時。途中で止めるなんてできなかった。そうしてしまえばこれまでの犠牲が無駄になるから。そして多分、自分が首を切られる段になって、それを粛々と受け止めたのは。あるいはあきらめの境地ということもあるけど。僕自身がそれを否定したくなかったから。そう思えなくもない。


 今も。

 昔も。


 何も変わらない。

 何も変わらない。最低な自分。


 それでも今は。この時。この場だけは。

 自身をもって、諦念ていねんも自棄もなく、はっきり言える。


「“お前ら”に降伏なんてするもんか!」


「……そうか。なら、仕方ないな」


 僕の予想に反して――いや、予想通り、答えたのは琴さんだった。

 本来の僕の言葉の向き先の白起は、一片たりとも表には出していないが、つまらなさそうな視線を僕に向けている。


 あくまでも僕を見ない気か。

 ならやることは1つだ。


 琴さんに視線を戻す。


 もはや語り合う時間はない。

 そして決着は自分たちでつけるべきだ。


 琴さんの瞳がそう言っている。


 ああ。本当に。どうして。

 どうしてこんなことになるんだろう。こんなことをしなくちゃいけないんだろう。

 この世に神がいるとしたら、さぞ陰キャで、性格が悪く、自分本位で、人類を見下して、優雅に紅茶を飲みながら人の生き死にを勝手に決めるさ最低の性悪オタク。

 自称死神。お前だよ、お前。


「残念だよイリス。けどこれで終わりにしよう。僕らの過去と、僕らの未来に」


 そう儚げに告げる琴さんの瞳から。水が一筋。こぼれ出た。

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