第115話 降伏勧告
「イリス、久方なる魂の邂逅だな」
琴さんはふらっと友人の家に遊びにきたかのように、ごく自然にそう言って挨拶してきた。
背後には100人ほどの軍勢。だが、それは1千のこちらに対してはあまりに無力な数。敵意はないということか?
「琴さん、なんでここに」
いや、それは愚問だ。彼女は今は敵。
僕らを包囲した敵としているならここにいるのは当然。
問題なのは彼女がなぜここに来たのか、ということ。
ゼドラ軍は僕を餌にして土方さんら帝国軍の本体をおびき寄せ、各個撃破でせん滅しようとしている。
だから僕らをここから逃がさないためにこうして包囲しているわけで。
それなのにこうして琴さんが来るということは――
「イリス、僕の声を聴いてくれ」
「降伏しろってこと?」
「……分かっているなら話が早い。降ってくれ、イリス。そうすればここにいる人たちの命は助かる」
やっぱりそういうことか。
ゼドラが僕らをここに釘付けにしたいなら、そういう話が来てもおかしくはない。僕らはもう罠の籠に囚われた哀れな窮鳥だ。その命をどうするかは、罠を張った相手にこそある。
その相手さんは、どうやら寛容の心を見せたようで、僕らは降伏すれば命を約束されるらしい。
嬉しいね。嬉しくて涙が出てくる。
それが本当ならね。
正直言って、この申し出はあからさますぎて胡散臭い。
だってあちらからしたらメリットはないのだ。僕らの生殺与奪の権利を握っている以上、降伏させる意味はない。
だから何かがある。そう思えてならない。
「……それは琴さんの意見?」
「まさか。僕はただの降将だ。キミと既知だから、ただの折衝を任されただけにすぎない」
「任されたって言うと……」
「私だ」
そう言って出てきたのは、1人の偉丈夫。いや、この声。この圧。知っている。知りすぎるほどに知っている。
琴の後ろから現れたのは30代ほどの長身の男。筋肉質には見えないが、鎧の中にはパンパンの筋肉がひしめき、それをもってウェルキンゲトリクスを殺したのだろう。
そして、姉さんも。
「白起……」
「イリスだな。言った通りだ。降伏しろ」
ただ名前を呼ばれた。それだけなのに、激しい気後れに似た感情が僕の胸を占める。いや、それは恐怖というものだったのだろう。
「あれが――白起」
そう僕の隣にいる誾千代がつぶやく。そしてその後の行動は予想できなかった。
「あの馬鹿の仇!!」
そう叫ぶと、そのまま白起に突っ込んでいった。
あの馬鹿。つまりウェルキンゲトリクス。
彼女はずっと、ウェルキンゲトリクスの仇を思っていたのだろう。その思いを表に出さずにずっと。
それが仇を目の前にして、冷静でいられなくなった、というところか。
いや、それよりヤバい。
今の誾千代は冷静さを失っている。その状態で白起に斬りかかるなんて絶望的だ。
止める。
だが誾千代の方が速い。
「雷切!」
まさかの雷切最大出力!
天が鳴り、地がどよめく。
それは彼女を中心として起こる自然現象。それは白い光となって、彼女の示す敵を打ちのめす。
光が走った。
「我罪天通」
白起が右手を掲げた。ように見えた。
次の瞬間、まばゆい光が辺りを包む。
閃光と雷鳴はほぼ同時。この至近距離で、味方にも被害が出ている。
ただそれは目がくらみ、耳が一瞬遠くなるレベル。
いつもの彼女の雷切と違う。スキピオやウェルキンゲトリクスに向けるツッコミとしての雷ではなく、本気で相手を殺そうとして発した雷光。
だがそれは光と音だけで衝撃を伴わない。
一瞬の立ち眩み。
だが――
「そん……な……」
光の向こう。
悠然と馬にまたがったままの白起がいた。
鎧に傷一つ、その美しい顔にも傷1つない。
何が起きたのか。
いや、これに似た事象を僕は知っている。あれは前に白起と戦った時。僕のスキルが全く効果を失った。それ以外にもそれらしい動きを見せたことがある。
やはり、白起はそういうスキルなのか。
当の本人は、今誾千代にされたことに対して興味を持たないような冷徹な表情を維持したまま、再び言う。
「二度は言わん。降伏しろ。さもなければ皆殺しにする」




