挿話78 中沢琴(ゼドラ軍部隊長)
「敵の動きが分かった。敵の拠点もな」
そう。総大将である白起が伝えた。
それは帝都の中、その中心部。皇帝がいた宮殿の一室だった。
行われているのは軍議だ。
これまで僕がこのような場所にいたことはない。降将でしかない僕には、軍機を共有する必要はないからだ。
だが今、こうして僕はここに存在を許されている。
まぁ許されているとはいえ、残った3人が話し合うのを“眺める者”として見守るしかないのだが。
「敵が落とした砦、その進路、撤退路からするとこの辺りに敵は拠点を築いている」
「ならやるか?」
「呂布殿。地の利はこちらにあるのです。また、敵の目標も。わざわざこちらから出ていって有利を潰すことはないでしょう」
「分かってる巴。だが決めるのは俺じゃない。白起」
「打って出る」
「そうこなくちゃあな」
「しかし白起様」
「巴。この戦いで全てを終わらせる。いや、始める。ゼドラ国の全国統一。その悲願を」
「はっ……」
「夜半よりわずかずつ兵を外に出す。2人はこの地域へ向かえ」
「狙いは?」
「敵の動向からして、明日はこことこことここの砦が攻められるだろう」
「救援するのですか?」
「いや、落とさせる。そしてこちらの別の砦に向かうところを襲撃する」
「ふん、そんな簡単に行くかね」
「行く。相手の方が時間がないのだ」
「ではこちらも3つに分けると?」
「それはない。こちらは一点集中で、敵の心臓部を取る」
「心臓部?」
「イリス。連合軍の中核だ」
「っ!!」
胸が波揺れざわめく。
彼女だ。彼女を殺す相談をしているのか。心臓部を取る。彼女を殺すというのか。まさか。いや、だが確かに。彼女がいたからこそ、彼女の働きがあったからこそ、ゼドラ軍は速攻で帝都を落とせず、連合軍を組まれこうして泥沼の戦いに身を投じている。
だからこそ。ここで彼女を殺すという話が出ているのではないか。
「琴」
ハッとした。
巴殿の声。
同時、気づいた。巴殿と呂布。その2人がこちらを向いて立っていることに。そして巴殿の腕には薙刀が、呂布の手はまだ武器を取っていないが、傍らに立てかけてある武器にいつでも手を伸ばせる位置にある。
対して自分も腰の刀の鯉口を切っていたことに気づく。
イリスを殺すという内容に、思わず体が反応してしまっていた。わずかな期間の間だが、僕の中でイリスはそれほど大きな存在になっていたらしい。それも悪くないと思う。
こんなことをしてしまうくらいに愚かだと。新しい自分を発見した思いだ。
すでに状況は煮詰まるところまで煮詰まってしまっている。
命を助けてもらった恩はあるが、もともとイリスのために捨てた命だ。そのイリスを殺すなら、この命は閻魔大王に預けてもいい。
僕は死ぬ。殺される。ならせめて黄泉への旅路を共に歩む者を募っても良いだろう。
2人は無理だ。
特に呂布。その武技は目の前で見ていた。彼を僕の腕で殺すのは不可能だ。だが巴殿なら……。悔しさがにじむ。かの巴御前と敵対することに。法神の化身とも言える彼女を。いや、彼女と共に逝けるというのなら、それもまた良し、か。
気を左――巴殿に向ける。
それで全てを悟ったらしい。巴殿の険しい視線。そして呂布が少し前かがみになったところで――
「全員、落ち着け」
言葉が壁となって立ちふさがった。
いや、気のせいだ。言葉に触感はない。
だがそうとしか言いようのない。前に出ることができるない。行こうという気すら起きない。
それは僕だけの現象ではなかった。
巴殿も、呂布も何かに身を縛られたかのように動かない。動けない。
白起。剣も抜いていない。ただ立っているだけなのにこの圧。あるいは何かの異能なのか。
「ここでの殺し合いは無用だ。武器を置け」
「……でも、イリスを」
それだけが何とか言えた言葉。それでも相手に意図は伝わったはずだ。
ただその後に来た返答は予想外のものだった。
「安心しろ。イリスは殺さない」
「え?」
イリスを殺さない? ならなぜ先ほどはああいう言い方をしたというのか。
「心臓部を取る。つまりイリス、あの娘をこちらの味方につける」
「いや、無理だろ」
呂布が即座に否定した。
けどそれは自分も思ったこと。あのイリスが裏切りをかけるなど。鬼に魂を売った僕とは絶対に違う。
「できる。いや、やれるな……琴」
「え?」
まさか自分が呼ばれるとは思ってもいず、思わず声が出た。
イリスを、味方につける。それを僕が?
「できるな。そのためにお前を助けた」
本当だろうか。最初からそういうつもりだったのか。あるいは騙しか。
けどここで反論しても仕方ない。
この白起と呂布に勝てる者はいない。なら僕がイリスを、友を助けるために動く。それは当然のことじゃないか。




