第068話 氷の矢と炎の槍
開け放たれた窓から、二つの影が室内へと滑り込む。
建物の五階であるはずのこの部屋に、並みの者では成し得ない入室の方法だ。
照明を落としている室内に居た者達は、突如として出現した背後の気配に身を固くした。だが、その二つの影が身に着けているローブが、魔導研究院のものだと解かると、敵軍が階下に展開している方の窓へと向き直るのだった。
「ゼーブ卿にウォーペアッザ殿。合流感謝する」
指揮官であるダイヘンツが二人に歩み寄り、室内の者達に彼らの存在を知らせるかの大きな声で敬礼をよこす。ミシルパとウォーペアッザも略式の礼で返した。
魔導師団の精鋭エルダジッタ部隊の者達であれば、この二人が合流してくることを理解している。だが、この場には一般の魔導師団兵も出入りしているため、ダイヘンツが配慮したのである。
案の定、エルダジッタ部隊ではない者からは「大貴族?」だの「今、窓から入ってこなかったか?」だのと好奇の視線が向けられていた。
敵に攻め込まれる最悪を想定し、飛び降りるために開け放っていた後方の窓から、さも当然といった表情でミシルパとウォーペアッザが入って来たのだから、そんな反応も仕方ないと言えよう。
「ダイヘンツ卿、戦況は?」
正面の窓へと駆けつつ、ミシルパが短く問う。
「精霊力へと強制的に偏らされた空間が、我々の攻撃魔法を著しく妨害していますね。我々エルダジッタの魔法ですら、射程も短くされ威力減衰も激しい状況です。地上の部隊を護る防御魔法を徹底させ、体内魔力の消耗を抑えているところです。敵が突出してきた際には、攻撃で援護もできていますが、限定的すぎて押し返すまでの効果は得られていません」
ダイヘンツは、身を大きく晒さぬように気を付けながら、地上の様子を窓から確認して言う。
ミシルパとウォーペアッザも、彼に倣って少しだけ顔を覗かせると、戦場の様子をうかがった。
窓と言っても、枠が取り外された単なる開口部であり、遮る物の無い戦場の喧騒が響いてくる。敵味方の最前線が街中の至る所で衝突し、金属のぶつかり合う音や怒声が建物の壁に反響していた。
そして、耳を覆いたくなるような精霊の甲高い悲鳴が、防御の魔法に衝突して消滅する異音と共に、冷えた夜風に乗ってカルバリの市街を震わせている。
夜であるにもかかわらず、カルバリの名物ともいわれる無数の浮遊する街灯達が、戦場をくっきりと浮かび上がらせていた。
「防御魔法も、魔力が拡散されて消耗が激しそうだ」
ウォーペアッザは、地上で戦う兵士達を精霊の突進から護っている魔法を確認して呟く。彼の知る一般的な防御魔法だと考えても、持続時間は短いように思えるし、精霊の突進で簡単に相殺されて消滅しているのは明らかだった。
「シャポーさんの助言のおかげで、術式構築における負荷が減ったとは言え、戦況は芳しくないのが現状です。体内魔力が枯渇した者を後方で回復させる時間が、多少できはしましたが、状況の好転にまではなっていません」
ダイヘンツの悔し気な声がウォーペアッザの独り言に答えた。
全てが建築魔法で造られているカルバリの建物は、全体が魔法による構造体といえる。
ロボリ軍の使っている大気や空間を精霊力に傾け支配する魔法も、精霊魔法であることに変わりない。建物の内部は、精霊の好まぬ「自然現象と隔絶された場所」との認識になるため、その空間支配の効力も弱まるのだ。
開戦当初、屋上など開けた空間で味方を援護していた際には、術式を構築する段階から魔力を減衰させられてしまい、体内魔力を無駄に消耗させられていた。しかし、ミシルパからの連絡によって「建屋内で術式の構築を試みるように」というシャポーのアドバイスを受け取って以降、現在の膠着に近い状況を維持できるようになったのである。
魔力の無駄な消耗を抑えることには成功しているが、体内魔力のみで魔法を行使せねばならないのは同じこと。通常時よりも消費する体内魔力が多いことに変わりは無かった。
その上、建物の中からでは、戦況を把握する視野も狭くなってしまっている。精霊魔法の影響を受けにくい場所ではあるのだが、障害物に囲まれているとも言えるのだ。どうしても魔導師団全体の機動力が失われてしまう事になる。
もし、魔導師達が陣を敷いている建物が倒壊すれば、地上の軍と連携しながらの難しい後退をしなければならない。
「空間を精霊力に傾ける程の術ですもの、その精霊魔法を行使している者がいるはずですわね」
ミシルパが、戦場を観察しながら言う。
「もしくは、強力な空間支配のアーティファクトを持っている輩だな」
ウォーペアッザも同様に、敵軍へと視線を移した。
攻撃魔法が十分に届く範囲に敵軍が見えているにもかかわらず、防御に徹せなければならない今の状況は、味方の魔導師達は口惜しい思いをしていることだろうと推察できた。
「確証ではありませんが、魔法による攻撃を放った際、威力減衰が顕著な箇所が敵軍の中にあると、エルダジッタ部隊から報告が上がっています。ロボリ軍の隊長格とおぼしき者がいる周辺とのことです」
ダイヘンツの指し示した位置を確認すると、一般の兵士とは違う装備に身を包んだ者が、敵軍の中に確認できる。
他の兵士は精霊を呼び出して突撃させているにもかかわらず、その隊長らしき者は軍に指示を飛ばしながら、別の何かに集中している様に見えた。
「まずは、奴を攻撃してみるのも手ですね」
その姿を目視したウォーペアッザは、許可を得るようにダイヘンツを見た。
「空間支配の影響がなければ、攻撃魔法の射程内なのですが、エルダジッタですら魔法を散らされてしまっているんですよ」
ダイヘンツは表情を曇らせて状況を説明した。
「もう一人同じような兵がいますわね。ほらあちらに」
少しばかり距離を置き、別の隊長らしき人物が敵軍の中に居るのをミシルパが見つけ出す。
その者も、攻撃に加わってこそいないが、術者特有の精神を集中している雰囲気がうかがえた。
「ミシルパ、左側を任せてもいいか?」
「問題ありませんわね。右側はお任せしましてよ」
ウォーペアッザが聞くと、ミシルパは髪をさっと後ろに払ってから、別の窓へと移動していった。
「魔法の威力は、放った瞬間から想像以上に削られてゆきますが、届きますか?」
ダイヘンツは(ああ、またシャポーさんのヤツかなぁ)と思いつつも、問いかけずにはいられなかった。
「シャポーに教わった精霊文字を組み込んだ術式ってヤツです」
思考空間から氷矢の術式を取り出しながら、ウォーペアッザはどこか諦めにも似た表情を浮かべているダイヘンツに苦笑いで答えた。
そして、位置についたミシルパと目で合図を送り合うと、最大威力の氷の矢を解き放った。
ミシルパのいる窓からは、高温を凝縮した炎の槍が飛び出す。
ロボリ軍の隊長は、向かい来る氷の矢を見上げ「はん! 性懲りもなく攻撃魔法を放つとはな。魔導師ってのは存外頭の悪いものなんだな」と口の端を上げる。
そして、すかさず兵士達に指示を出した。
「敵魔導師は正面の建物に――!」
言い終わらぬうちに、隊長の体の中心を太い氷柱が貫いていた。
(なぜ、攻撃が届く?)
攻撃魔法なぞ威力が減衰して届かぬだろうと、完全に舐め切っていたため回避行動すらとれなかったのだ。
別の場所では巨大な炎の爆発が起こっていたのだが、隊長であった者は騎獣ごと凍らされてしまい、それを知ることはできなかった。
長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
体調が回復してきましたので、投降を再開したいと思います。
まだ通院中ではあるのですが……
次回投稿は5月3日(日曜日)の夜に予定しています。
1年以上も更新できていなかったので、内容に齟齬などありましたら、ご指摘いただけると幸いです。




