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突然ですが、この世界はRPGとなりました  作者: 笹石鳩屋(もはや溶けかけ)
俺はこの一週間を生き延びたら告白するんだ!
14/42

自分で服も選べないとは、なんと情けない

 「再開して喜んでいるところすまないが、少し東君に厳しい話をしてもいいか?」

 「別に構わないですけど、私にですか?」


 前田さんが険しい表情をして頷いた。次に前田さんが口を動かすまではほんの少しの間だったが、とても居心地の悪い時間だった。


 「率直に言うと、君の家はもうない。おそらく、君の家族も・・・」


 前田さんは言葉を切らざるを得なかった。東の顔から笑みが消え、下を向くと真珠のような涙が床に落ち続けるからだ。


 「そこで君に、いや、君たちにこの場所を提供しようと思うんだ。事が収まるまで、君たちの思う存分使ってくれ。無理にとはいわないから、もし気にいらなければいつでも水和町へ送ろう。」


 この言葉が東にとって何の慰めにもならないことは、前田さんは充分承知している。それでも、前田さんは冷静に俺たちに一番メリットのある判断を下した。


 「ふざけないで!」


 東は乱暴に催事場の扉を押し開けると、走り去ってしまった。こんなに声を荒げる東を始めて見た。俺はあとを追い、走って追いかけた。扉を出たときには、もう東の背は見えなくなっていたが、俺は東がどこへ行ったのか確信していた。階段を駆け足で上り、冷え切ったドアノブを開いた。空は真っ赤に染まり、風もそろそろ冷たくなっていた。俺は見慣れた少女の後ろ姿だけを見ていた。東は屋上から町の景色を眺め、微塵も動かない。まるで、東の周りだけ時間が凍結したようだ。


 「東さん!」


 東は髪をふわりとひらめかして振り返った。


 「全部夢だったらいいのに。」


 東の口からぼそりと嘆きがこぼれた。母さんを失った時の俺が重なって見えた。


 「前田さんに八つ当たりをして申し訳ないと思う。でも、誰にこの怒りを悲しみをぶつけたらいいかわからないの。」


 俺はすぐには答えられなかった。自分の正解を東に押し付けたくなかったのだ。だが、悲しそうな東を見ていられなかった。


 「恨むなら、ステュクスだ。この世界だ。」

 「そうよね。」


 溜息をついた東はさらに悲しそうだった。


 「君たち!」


 唐突に声が聞こえた。それも、背後ではなく、正面からだ。若い男の軽快な声だが、目の前には東しかいない。東も驚いたようでキョロキョロするが、周囲には俺を除いて誰もいない。


 「探したんだよ。なかなか見つからなくて大変だったんだから。」


 違和感に気づいた。俺と東の間に不自然な影があるのだ。影の傍には誰もいないのに、まるで透明な人がいて、その影だけが見えているかのように、ぽつんと足下にあった。


 「なに、これ?」


 東も気づいたようで、警戒しながらも影の正体を確かめようと近づいた。


 「おっと、これは失礼。」


 漆黒の影は突然ぬめぬめと体くねらせた。そして、地面に空いた穴から出てくるように、影は地面に手のひらをついて、地上に浮かび上がった。地面にいた時は人の影が勝手に動いているように見えたが、地面から飛び出した影は立体的になり、頭の先から足の先まで真っ黒な人間のようだ。


 「どうも、初めまして。僕は前田殿やデストロと共にこの町を守っているトレインといいます。どうぞよろしく。」


 黒衣くろごのような男は、右足を引いてから、右腕を体の前に添え、左腕を横方向の水平に伸ばして、礼をした。名称は忘れたが、よくヨーロッパとかで見る礼だ。だが、トレインの礼は妙にうさんくさかった。トレインはそのままくるっと回り、東にも同じような礼をした。東は俺を、信用できるか?、といったようなアイコンタクトをとろうとしたようなのだが、必死に伝えようと目をぱちぱちさせて訴えかける姿はこれまたかわいい。俺は一歩トレインから離れて、


 「前田さんの仲間だというのはわかったが、あなたは人間か?」


 警戒しつつも、質問した。トレインは奇妙なステップを踏んで俺へ近づいてきた。まるでピエロだ。


 「僕は人間だよ。もっとも今君たちの前にいるのは僕の影だけどね。影使役という魔法を使って操っているんだ。」


 真っ黒なので表情はなんとなくしかわからないがニヤニヤ笑っているように見えた。


 「それで、私たちになんの用なの?」


 東はトレインを回り込みながら、俺との距離を詰めた。二人で逃げられるために工夫したのだ。トレインは全く気にせず、淡々と答えた。


 「なかなか戻ってこない君たちを心配していたんだよ。僕たちは今晩用があるからこの建物を出ないといけないんだ。夜の間はステュクスが出るけど、毒の霧は低いところにしか溜まらないから、3階より上にいるといいよ。夜は幼体もいないからここは安全だしね。」


 太陽はもう落ちそうで反対側の空は紺に支配されていた。トレインは一息区切って続けた。


 「君たちは今晩はここで寝るだろ?ベッドまではないが、さらの布団が下の階にあるんだ。それと食料だね。さすがに生物なまものは食べられないけど、保存できるようなものは結構残ってるから食料品売り場から適当にとってよ。でも、水は貴重だから節約して使ってね。」


 東と顔を見合わせた。詳しいことまで説明していたし、前田さんの仲間だというのは嘘ではないようだ。ただ妙に話が不自然だった。考えすぎか、とトレインに再び向き合う。


 「わかりました。一つ質問してもいいですか?」


 東も信用したみたいで敬語で話している。


 「なんだい?」


 トレインは落ち着きのないステップを繰り返しながら、言葉を返した。


 「なぜ、デストロさんもあなたも偽名で名乗るのですか?」

 「それは家族を守るためだよ。君たちと出会った死体狩りのような奴らに家族を人質にとられてはいけないからね。良くも悪くも今は簡単に情報を調べることができないよね。だから、名前さえ知られなければ家族が狙われることもないんだ。」


 こんな状況下でパニックにならず、ここまで頭が回っていることに驚いた。俺のそんな表情を読み取ったのか、


 「まあ、前田殿が提案したんだけどね。」

 「あの人はすごいんですね。」


 東は申し訳なさそうに呟いた。


 「それじゃあ、そろそろ僕は行くよ。」

 

 会話が切れるか否やのタイミングで、トレインは地面に潜った。


 「あっ、それと服を替えるといいよ。ボロボロすぎて見てられないからね。」


 篭もった声が地中から聞こえ、俺たちがそれに答える頃には影は消えていた。

 

─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─




 「こんなのはどうかな?」


 東が服を持って俺に見せてきた。顔がすっぽり隠れるようなフード着きの迷彩柄のジャージだ。ボクサーでもないのに、さすがにこれを着て街を歩くのは恥ずかしい。


 「すごく良い!けど、もうすぐ夏だからもう少し涼しいほうがいいかな。」


 褒めつつも、さりげなく別の服へ誘導する。東の笑顔を見て嫌な予感がした。


 「この服、生地が特殊だから長袖でも涼しいみたい。私は海李に一番似合ってると思うな。」


 服を替える気はないみたいだ。人に服選びを頼んでおいて今さら自分で選ぶというのもばつが悪いので、引きつった笑みを浮かべて、東のおかしなセンスを受け入れることにした。


 「わかった。この服にするよ。」


 東はとても気分が上がったようで、自分の服を選ぶ、と俺にジャージを押し付けて鼻歌交じりに女性用の売り場へ行ってしまった。


 「海李ー。見ろよー俺のふくー。まともにふくのえらびかたもわからねーで東ちゃんにえらんでもらってるおめーとはちがうだろー?」


 二兎に唐突に話しかけられた。振り向いて二兎の姿を見てギョッとした。真っ黒なボルサリーノにサングラス、漆黒のジャケット、下のシャツは白いが青いネクタイが目を引きつける。俺は笑わずにはいられなかった。あまりにも不格好だ。


 「どうして、その服にしたんだ?」


 笑いながら訊いたので果たして、まともに喋れたかどうかはわからないが伝わったようだ。


 「だって格好いいだろ?」


 いよいよ、笑いが止まらなくなった。


 「だったら、おめーもきがえろよー。」


 二兎はむっとして俺の持っていた服を指さした。周りには二兎しかいないので、その場で着替えると、二兎は口を豪快に開いて笑って、俺の頭にフードをかぶせた。


 「おめーも似合ってるよ。特に、フードが厨二病っぽくてな。」


 ひとしきりお互いを罵り合った後、女性売り場から東の呼ぶ声が聞こえたので二人で向かった。


 「似合ってる?」


 カーテンをシャッと引いて試着室から東が出てきた。その姿はまさに女神が地上に降りたようだ。俺は見とれて、しばらく口をぽっかりあけていた。白いワンピースを着ていた。白い花の模様がとても東に似合っている。


 「ゴジアオイの花なんだ。可愛いでしょ?」

 「花に詳しいんですね。」

 「家の庭で花を育てるのが好きだったんだ。」


 そこで会話が終わった。珍しく二兎が口を挟むことはなかった。俺はどうしていいかわからず、何も喋れない様子を見た東は、


 「ごめん、しんみりしちゃったね。服も替えたことだし、晩御飯をとりにいこう。」


 東は俺たちに笑いかけて、エスカレーターを指さした。



 食料品売り場に降りた。トレインが言っていた通り、たくさんの食料があった。俺たちは腹が鳴く元気をなくすほど胃が空っぽだったので、黙々と食べ物をとり続けた。食料をだいたい調達した頃だ。侵入者がやってきた。


 「ひゃっひゃ!」


 下品な笑い声が地下1階に響きわたった。

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