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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
一部 月の姫君とそのナイト?
20/188

19


 体育祭での、火村先輩が綾香嬢をお姫様抱っこしたのは、それなりの騒動の元になると戦々恐々としてたんだけど、意外と静かなものだった。


 原因は、体育祭でのインパクトの強い出来事がお姫様抱っこだけじゃなかったってこと。


 ひとつは、生徒会長が借り物競争のネタになったこと。

 ふたつ目は、風紀委員長が借り物競争のネタになったこと。


 この三つが同日に起きたせいで、綾香嬢の件は突出しなかったみたい。


 非常に疑問なんだけどね。


 何故、私が五十嵐先輩を借り物競争で連れ出したことが、インパクト強いんだ?


 三大珍事みたいに言われるのは、甚だ遺憾である。


 だから、目立つのは嫌だったんだよ。


 そんな綾香嬢は、しばらく足が痛むようで何日か歩きにくそうだった。


 でもって、体育祭からしばらく元気がなかった。


 捻挫がそんなに痛くて辛いのかと思ったんだけど、体育祭の翌日とか表情は普通だったから違うと思うんだよね。


 体育祭の二三日経ったあと、星合駅で会った時は何だか様子が変だったけど。


 名前呼ばれたから、顔上げたら綾香嬢がいて、捻挫は大丈夫かなあ? って思ってたら、いきなり表情曇って帰ってしまった。


 あれ、何だったんだろう?


 今でも、よく解らない。

 特に、地雷を踏むようなことも言ってないし、してないし。

 あれから、綾香嬢はゲームセンターに来ないから、謎のまま。


 もやっとするなあ。


 そんなことを考えていたら、星合駅に着いた。考えごとしていても着くんだから、慣れって凄いよね。


 いつもの場所で自転車を降りて、いつもの場所に停めようと自転車を引きながら歩道に入った瞬間、目の前にゴツい外車が停まった。


 なんだろう。

 窓ガラス、全部不透過なんだけど。


 うわあ…


 近づかないに限る。避難、避難。


 少しでも遠くに自転車を停めるべく、外車から速やかに離れようとしたら。


 外車から、これまたゴツいおじさんがふたり出てきた。

 おじさんは私の目の前に立ちはだかる。


「ショウと言うのは、貴方ですね?」

「はい?」


 待て、待て、待て!


 こんな怖そうな人に、名指しされる覚えはない!

 いかにもなサングラスが泣きそうなくらい怖いんですけど!


 人違いじゃないですか?


「だれ?」

「少し、お付き合いください」


 言うなり、両サイドからがっちり腕を捕まれた。


 ちょ!

 マジ?

 問答無用じゃん!


 お付き合いくださいとか、穏便な雰囲気じゃないじゃん!


「うぇ!?」


 返事にもならない変な声が出てしまった。


 抵抗できる余裕もないまま、外車に押し込められる。


 自転車、鍵かけてないのに、放置してきちゃったよ。


 どーすんだよ!

 戻って来たときにはもうないよ!

 戻って来られるんだろうか…


 いや!

 それよりも、どーして私が拉致られる!?


 状況がまったく理解できないんですけど!


「どこ、行くんですか?」


 恐る恐る聞いても返事はない。

 うう…沈黙が怖いよお…


 何がどうなっているんだよお。


 内心で冷や汗ダラダラ流していると、車は大きな門を潜った。

 そのまま、滑るように停車する。


 目的地に到着?


 ドアが開いた。

 目の前には大きくて重たそうな扉。

 お屋敷、なんだろうなあ、こんな扉を設えるような家が小さい訳ないし。


「こちらへ」


 広い玄関で靴を脱いで、ふかふかのスリッパを履く。

 そのまま一階の奥の部屋に連行された。


 通された部屋は、書斎みたいだ。


「お連れしました」

『ありがとう』


 んん?


 おじさんに返す声が変な感じ。

 ビブラートしてる。


 それもそのはず、書斎にいるのは双子の兄ちゃんズだった。

 今のありがとうはハモったんだ。


 ふたりともスーツ姿。年齢は二十代半ば、全体的に柔らかい印象なのは緩い癖毛のせいかな。

 ひとりは眼鏡、ひとりは眼鏡なしで左目の目元にほくろがあった。


 ふむ、見分けるのはほくろか。気持ち、ほくろの兄ちゃんの方が目がきつい。気持ちだけどね。


「君が」

「ショウ君?」



 紛らわしい。

 どっちが喋っているのかわからん!


 それよりも、誰?


「どちらさまですか?」


 聞くと、兄ちゃんズは微笑する。


 ぞわっ!


 …目が笑ってませんが。

 これなら睨まれた方がいいんだけど。


「失礼。僕は、神宮寺満(じんぐうじみつる)


 眼鏡の兄ちゃんがまず名乗った。


「僕は神宮寺譲(じんぐうじゆずる)


 ほくろの兄ちゃんも同じ顔で名乗った。


 神宮寺…ってことは、もしかして…


「神宮寺、さんの?」

『義兄です』


 やっぱりかー!


 綾香嬢の義理の兄ちゃんズ。


 双子だったのか。

 これは公式設定? ただ私が知らなかっただけ?


 細かい設定まで覚えてないって。

 ゲームセンターで話してた時、兄がいるとかそんなこと言ってたなあ。


「妹が」

「綾香さんが」

『お世話になっているそうで』


 怖いー!

 微笑しているのに、背中がゾワゾワするー。


 何故、私は兄ちゃんズに敵対されているのか。

 初対面だと言うのに。


「いえ…むしろ…こっちがお話になってます…」


 しどろもどろで答えるのがやっとですが。

 なにこのハンパないアウェー感。

 さっさと用件済ませて撤退したい。


「それで、どんなご用件で?」

「今日は」

「ショウ君に」

『聞きたいことがあって』


 言葉の最後がきれいにハモる。


 これは癖なの?


 兄ちゃんズ、普通に喋ってくれないものだろうか。


「聞きたいこと?」


 私が答えられることがあるんだろうか。


 格闘ゲームの攻略くらいしか、思い浮かばないんですけど。


 考え込んでいると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。

 足音は部屋の前で止まり、扉が開く。


「お義兄さん、さっきいらっしゃったの…」


 部屋に飛び込んで来た綾香嬢は、私を見て固まる。


「ショウ、君?」

「オ邪魔シテマス?」


 ギクシャク感満載で答える。


「やっぱり、ショウ君。一体どうしたの?」

「それは、兄ちゃんズに聞いて」


 綾香嬢の驚きようから見て、拉致には無関係か。

 そうなると、兄ちゃんズの独断専行?


「綾香さんも来たのなら」

「丁度いい」


 兄ちゃんズは、これ幸いと話を続けた。


 満兄ちゃんは綾香嬢に微笑みかけ、譲兄ちゃんは私を睨んでいる。


「ショウ君は」

「綾香さんと」

『本気で付き合うつもりがあるのかい?』

「はあ!?」

「お兄さんたち!」


 ちょ、今この兄ちゃんズ、なんて言った!?


 思考がフリーズする。

 昔のロボットみたいに関節から音がしそうなくらい、不自然な動きで綾香嬢を見ると、真っ赤になって俯いていた。


 綾香…嬢…?


 何故、赤くなってるんですか?


 兄ちゃんズはじっと私を凝視している。


 え、よく解んないけど、今私ピンチ?


『どうなんだい』


 音声サラウンドで詰め寄られてもね…


 私が綾香嬢と付き合うとか、無理でしょ!


 そんなこと、考えたこともないよ。


 だって、私、ただの脇キャラだよ。

 攻略対象でもないのに、なんでいきなりフラグ立ってんの?


 意味、解らないんですけど!




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