72.虫の知らせ
散々歩き回って、バーンは三匹のマンドラコラを採取した。結構距離行ったけど、バーンの鼻のお陰で無駄足ではなかったのは幸い。
こう、針の角度とか? 針の深さとか? 三匹目にようやく納得できたらしい。
「この針いいな!」
「あげませんよ」
「ええー、売ってくれよ」
「入手困難なので、ちょっと手放せません」
エセ神製の針だ。この世界で手に入れることは多分不可能だろう。
さすがに、安易に手離せない。使った後に回収するくらいだからね。
道具は大事に。
「ちぇー。これ、すげー使いやすいのに」
たらたらとぼやかれても、ダメなものはダメなのである。
まあ、このようにバーンがマンドラコラ採取に没頭してしまったため、日帰りはできなくなった。
夜に森を進むのはやめておいた方が良いので野宿だ。
携帯食料を買っておいて良かった。
◇◇◇
バーンがいるので野宿は気が楽だ。
気配察知で言ったら、きっとバーンの方が優れている。
鼻とか耳とか? さすがに人間は犬には勝てない。いや、マジで。
夜中に交代を挟んで、のんびりと休む…はずだったんだけど、どうもそう言う訳には行かなかった。
なんかざわざわすると言うか、落ち着かなくて眠れない。
近くに魔物がいるって言う感じじゃなくて…なんて言ったらいいんだろう。
こう、説明できないざわざわ。
予定よりも早く日が昇る頃に生欠伸で起きると、バーンもそんな感じだ。
見るからにモヤモヤした顔をしていた。
「なんか…変じゃねぇ? 説明できないんだけどさ」
「ああ、それ。私も感じます。ざわざわするって言うか、ひりひりするって言うか…」
「あんたもか」
「嫌な感じだと言うことは断言できます」
はっきり言うと、バーンも頷いた。
一人なら気のせいと言えなくもないけど、二人揃ってこれでは警戒せざるを得ない。
一体何がある訳? 判らないからモヤモヤする。
「こういう時は、さっさと帰った方がいいんだ」
「賛成です」
バーンの言葉にも迷いはない。
直観に生きるタイプはやはりこういう時は迷わないのだ。
私としても反対する理由はない。
「依頼はクリアしているんです。無理をする必要もありません」
このざわざわが無ければ、辺りを彷徨きながら帰っただろう。が、今回は全てパスだ。
マンドラコラはちゃんと採れているから問題もない。
私たちはさっさと帰り支度を始めた。
「ねえ、バーン」
帰り道、私は隣を歩くバーンに声を掛ける。
歩くと言っても、早足、競歩レベルだ。
でも、私たちは特に支障なく進んでいる。
「なんだ?」
「こういうことって、よくあるんですか?」
「虫の知らせみたいなのは、たまにあるけど、今日みたいなのは初めてだな」
「そうですか…」
このざわざわは、私にとっては初めてのことだが、バーンにとっても初めてらしい。
うん、間違いなく異常事態。
「こういう時は、欲を掻かずさっさと帰るに限るんだ」
「ですよね」
私は頷く。
「…それにしても…これ、何なんだと思います?」
バーンは首を傾げる。
「判んねぇな。近くになんか隠れてる、ってわけでもないだろ」
「うーん…」
私も首を傾げる。
いっそ今、身を潜めていた魔物が襲ってきた、とかだったら話は早いのだけど、そんな気配もない。
森の中は至って普通なんだ。
だから余計に戸惑う。
自分の感覚が合っているのか不安になってくる。
そんな半信半疑な気持ちで森を進んでいくうちに、得体の知れないざわざわが気持ちの悪い気配に変わって行った。
「マジ、やべえ!」
「これ、何です?」
「行けば、解る」
バーンの顔が強張っている。
臨戦態勢だ。
それくらいヤバいことは私にも解る。
競歩が疾走に変わると、森はすぐに終わる。
ようやく、町が遠く見えてきた。
「え…」
町から煙が上がっている。
ここから見えると言うことは、日常生活で出るようなものじゃない。
灰色がかった煙は何かが燃えている。
「町が襲撃されてる?」
「先日のオークの残党ですか?」
「もし生き残りがいるとしても、簡単にやられる訳ないだろ! 軍隊でも来てるならまだしも」
オークじゃなくても、それくらいの敵がいると言うことか。
あのざわざわは、この襲撃を指していたってこと?
ああ、でも、気持ちの悪い気配は残ってる。
って言うか、町に近付くにつれ、強まる一方なんだけど。
「急ぎましょう!」
「当然だ!」
私たちは町に向かって全力で駆けた。