↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/18

第2章 その10

「秘密なのじゃ」


「えっ?」


 レテについて語られると構えていた俺は間抜けな調子でトキさんに聞き返した。


「当たり前じゃろ。乙女の秘密など易々と語れるかニブちん」


 ぐぅの根も出ないほどごもっともである。


「お主アレじゃぞ? じぇーけーの更衣室とか覗こうとしているのと同じじゃからな」


 半眼で含みのある言い方のトキさん。


「そ、そんなつもりじゃ――俺、してませんからね! 幽体離脱したからって」


 ダブルのニュアンスを察して俺はまくし立てる。エロ目的にこの力を使ってる暇などあるものか。今だって内心、レテとの会話中に強制的に≪実体≫に戻されたのが頭の片隅にずっとある。


 もし、今戻されたら……トキさんと出会えなくなるのは端的に困る。師匠と仰ぎたいと思えるのは決して大げさではない。


「ほっほっほ。"若い"のぉ」


 完全にからかわれてはいるが。何となく童貞もディスられた気もするが。


「さてそろそろわしも帰るかのぅ」


「あ、あのまた会えますか?」


 核心を聞いてみる。


「んむ、そうじゃのぅ」


 そう言ってトキさんは俺に大きく一歩近づくと、俺の頭にその小さな手のひらをかざした。なんだろう? 疑問が浮かんだ次の瞬間、先ほどのサンマを買った女性が思い出された。


「りりかるとかれふきるぜむおーるなのじゃ」


 俺がそんなことを考えている間にトキさんは呪文らしき言葉を唱えた。……別段何も感じない。


「何をしたんですか?」


「縁(えにし)を繋いだ。"りんく"といえばわかりやすいかのぅ。それとも"らいん垢"かのぅ」


 リンクやLINEのようなもの――それってつまり連絡が取れるということか!? ホットラインとでもいうのか。


「マジですか!?」


「まじゃ。何かあったらワシのことを念じろ。アストラル体で駆けつけてやる」


 最高か。


「じゃがあくまで緊急時のみじゃぞ。わしも色々あるのでな」


 トキさんは懐かしむような表情でアクトタワーの方向に視線をやった。陽が傾き始めている。≪幽体≫なのにトキさんのリンゴのほっぺがオレンジ色に染まるのが不思議だった。




「あと5分ですか」


 内閣官房長官の須田はスマートフォンと腕時計を見比べている。だがどちらも同じ時刻を示していた。


 石渡総理の意識不明から72時間が経過しようとしている。結局政府としての対応はまとまらないままだった。当然だ。誰があのポルターガイストじみた脅迫を信じるのか。


 仮に信じたとして、総理をどうしようというのか。現に今、石渡総理は〇〇大学病院にて厳重な警備で守られている。二重三重の警備を突破しなければ危害など加えられるはずもない。もし爆発テロが目的だとしてもそれすら不可能なレベルの厳戒が敷かれている。


「あと3分。人生でこんなに長い3分は初出馬の開票時か、妻の出産の時くらいですよ」


 誰にとでもいうわけでなく須田はそう呟いた。傍の末広は石像のように黙ったままだ。


 永い3分だった。気づけば須田は右手で器用にペンを回していた。脅迫犯の目的でも考えているのだろうか。


 クルクルクルと音もなくペンが踊った。ペン回しをしながら須田は左手の腕時計をちらりと見た。秒針がゆっくりと回っている。


「カウントダウンでもしますか」


 今まで黙っていた末広が唐突に口を開いた。特に面白くもない冗談。そのエリート国家公務員様トップを須田は少し無視して、遅れて返事をした。


「あと20秒ですね」


 ふぅと須田はため息をついた。横目に末広を覗き見ると彼も同じようにため息交じりに髪を撫でつけていて、須田は思わず苦笑した。


 10秒。9、8、7――。


 3秒。



 2秒。



 1秒。



 部屋に再び沈黙が訪れた。先に口火を切ったのは末広の方だった。


「総理の警護に連絡を」


「ええ、そうしましょう。まったく……」


 須田が愚痴をこぼしたその時だった。部屋の照明が一斉に消えた。


「な、なんです!?」


 動揺する須田。ペンが床に落ちる音がやけに大きく響いた。


「これを」


 反対に冷静な末広はスマホのライト機能をオンにした。


「須田さん、とにかく総理の警護に連絡を」


「失礼、すぐにしましょう」


 と、部屋の明かりが戻った。部屋の外にいた警備が異変を察したのか部屋に入って来た。


 須田はそれを手で制し、


「失礼、ちょっとした停電ですよ。まったく……あ、もしもし須田だが――」


 須田の顔色が変わっていくのを末広は確かに見た。照明に照らされた顔がみるみる青くなっていく。末広は知っていた。長年の経験。須田のこの顔は――。


 しかしその思考も中断させられた。


 照明がまた落ちたのだ。


 だがすぐに戻る。


 また消える。


 同時にチカチカと明滅する照明たち。


 誰も動けなかった。部屋に入って来た警備も動かない。


 照明はただオンとオフをどこか有機的に繰り返す。


 そして末広は理解した。この明滅にはパターンがある――これは"モールス信号"であると。


 『ケ、ツ、レ、ツ、ダ』


 同時刻石渡総理の心肺が停止した。それから30分後死亡が確認された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。