第2章 その9
うっかり揉み手をしそうになった自分を制した。何て聞こう?
「あーわかるわかるぞ」
うんうんと首肯するトキさん。オカッパ頭が揺れている。
「これも年長者の務めよのぅ。色々聞きたいんじゃろ?」
話が早くて助かる……もしかしてマスタークラスだと心も読めるとかないよな?
「心は流石に読めぬ」
「えっ」
読んでないか? またニンマリするトキさんに俺は、あははと曖昧な笑みを返した。
「一先ず移動しようかのー」
そう言って辺りを見回す。確かに夕飯前のこの時間帯のスーパーで立ち話というのもアレである(俺は浮いているのだが)。
「ほい」
手の平が差し出され、クイクイと招かれる。こっちに来いと手を握れの2つの意味のようだ。
「お、お願いします」
場所を変えるのだろう。お手々繋いで歩いていくのかと少し疑問に思いながら、トキさんのちっこい手を握る。
「では行くかの――」
彼女がそう告げた瞬間だった。音もなく世界が暗転し、一刹那の後に俺たちは≪転移≫していた。
傾き出した太陽と空と、隣街の浜松市のシンボル、アクトタワーが遠くに見えた。巨大なそのタワービルは確か200メートルはある。
見回すとどうやらどこかの学校の屋上にいるらしかった。
「す、すごい」
他者と共に≪転移≫したのか! 思わず感嘆の声が漏れた。
「ほっほっほ。これくらいりおれうすを狩るくらい簡単じゃ」
口ではそうは言ってもトキさんはどこか得意げだった。その緩んだ顔と、この達人としか思えない見事な≪転移≫と、何ともアンバランスな気持ちになる。「なのじゃ」口調と謎のモンハンの喩えも含めて。
「さて、色々聞きたいんじゃろ?」
「はい!」
即答した。
「ではまずお主の事情やら経緯やら聞くとするかの」
「――と、大体こんな感じです」
昔からオカルトに興味があり、オーバードーズをしていたら偶然≪幽体離脱≫したこと。色々実験したこと。レテなる少女に会ったこと。今日2回目の成功をしてトキさんに会ったこと。
俺がした体験を素直に包み隠さず話した。
「なるほどのぅ。お主も大変なのじゃな」
多分オーバードーズの話をしたからだろう、トキさんは遠くのアクトタワーを見ながらそう言った。
「もうホント聞きたいことが多すぎまして……」
「もっと“ふらんく”に話せぃ」
「……りょ」
「砕け過ぎじゃ」
「…………」
「まあよい。最初に言っておこう。レテなら知っておるぞ」
「えっ!? ホントに!?」
「誠じゃ。あの娘も色々あってのう……」
何やらレテには事情があるらしい。まあ≪幽体離脱≫を楽しんでいるようだったし、その行為を現実逃避と換言出来ないことはない。
「お主は≪幽界≫≪幽体≫と呼んでおるがわしは、“あすとらる”と呼んでおる」
アストラル――直訳すれば「星の世界のような」という意味だ。ただスピリチュアルやオカルト界隈の文脈では、「魂」や「霊的」な意味を指すことが多い。
「もう気付いてるじゃろが、“あすとらる”にはレベルのようなものがある」
「やっぱり!」
テンションがさらに上がってきた。それってつまり俺もトキさんみたいに成れるってことではないか!?
≪幽体離脱≫が実在した上、さらに階段が上へと続いていたってことだ。
俺は興奮を抑えて、一番気になっていた――いやある意味恐れている質問をすることにした。
「≪幽体離脱≫するためのコツってあるんですか?」
そうだ。俺は一度失敗している。たった2回の成功だが、メジコンをオーバードーズし、アルバート・アイラーの音楽を聴いている時に出来たという共通項がある。謎の幻聴もあった。
だが今後も継続して出来る確証がないのだ。その確証が欲しい。たとえコツ程度であってもだ。
「認識じゃよ」
「認識?」
「出来ると認識してしまえば出来る。それがこの“あすとらる”のルールじゃ。もちろんさっき言った慣れのようなレベルはあるのじゃが、お主もさっき言ったじゃろう? ペンを持とうと意識したら持てたと。壁をすり抜けたいと思ったらすり抜けられたじゃろ?」
「た、確かに」
数日前、忘れもしない9月7日の夜を思い出す――意思の力か。
「じゃあ俺はもう一度、いや、もう≪幽体離脱≫が出来るはずだと?」
「そうじゃ。恐らくお主のおーばーどーずは、無意識の枷を外してくれるのじゃ」
「な、なるほど」
メジコンのオーバードーズは確かにぶっ飛んでいる。明らかにシラフの思考状態ではなくなるから、無意識の枷が外れるという言葉にも納得出来る。
「次はレテのことか」
やはり心を読んでいるとしか思えないタイミングでトキさんがそう口を開いた。




