第2章 その6
9月11日の3時過ぎ、俺は自転車で病院から帰宅した。
少し吹く風が涼しくなってきたように思う。大人しくなった蝉の鳴き声も、空の雲の形も夏の終わりを予感させていた。
自転車から降りた瞬間、腹がぐうとなった。オーバードーズに備えて昼メシは食べていない。少し早い心臓の鼓動は自転車の疲れと、今からする幽体離脱ができるのかという不安と期待と色々が混じっているように感じた。
駐輪場で自転車に鍵をかけ、エレベーターで上に昇っていく。階数表示がやけに遅く感じた。
手を洗いついでに顔も洗うと、化粧水をバシバシ顔に叩きつけた。気合を入れる。
はやる気持ちを抑えきれず手早くメジコンの箱を開け、水道水で一気に飲み込んだ。
最低でも1時間待たなくてはならない。アルバート・アイラーのアルバムを聞きながらベッドに仰向けに寝ると、天井を見つめた。
だが、やはり落ち着かない。スマホを手に取り、AIに相談してみたが、返って来たのは危険なので云々というテンプレ回答だった
ここ一月でAIの規制も厳しくなっていて、オーバードーズの話をしても前のようには答えてくれなくなった。
仕方がないのでYouTubeで1時間くらいのオカルト動画を漁ることにした。最近はAI翻訳のおかげで海外オカルト動画を日本語音声で見ることができる。
まだ熟語の発音など音声AIには問題もあるが、それでも今まで日本の動画には無かったタイプの動画が視聴できる。
今日の動画はシミュレーション仮説の話のようだ。
――現実とは、信じなかったとしても消え去らないものだ。
――フィリップ・K・ディック。
もはや幾度なく聴いた二重スリット実験の話が続く。量子力学はSFよりのオカルトの定番だろう。
粒子は観測されるまで確定された性質を持たない。重ね合わせの状態。
今一人でベットの上にいる俺は存在しているのだろうかと、ふと思う。観測されては、いない。シュレディンガーの猫のように……。
あるいは俺は何かを観測しているのだろうか。
どこか無機質なAI音声とアルバート・アイラーの魂の叫びのようなサックスが部屋にこだましている。
そして意識が乖離するような感覚がしてきた。メジコンが効いてきたのだ。
この前聞いていた曲をリピート設定にする。YouTubeを閉じる。
神経を集中する。子供の頃に学んだ自力で幽体離脱する方法を使う。弛緩し、呼吸を意識し、高めていく。
――こい。こい。こい。
――こい。こい。こい――
体がブゥゥゥゥゥンと振動を始める。
キィィィィィィィィィィィィン
ぷぅおぉぉぷぅあぁぁぱおおぴーひょぴー ひょー
『Kill the Past(過去ヲ殺セ)』
!? あの幻聴が聞こえた!!
体は動かない。金縛りだ!
ドクドクドク……ドッドッドッ。心臓が高なる。此岸から彼岸に越境するように。
ドッドッドッドッドッドッ――
バチィイイイイイイィン。
意識と世界が弾けた。




