第40話 アラフィフ介護士 特撮番組を思い出す②
キョウカさんが飛び退いた直後、クインシーが投げた掌サイズの袋が壁に向かって飛ぶ。それに矢が命中し——
「バンッ!」という爆音と共に煙と焦げた匂いが辺りを満たし、壁に人一人が通れるほどの隙間が生まれた。
「今よ、走って!」
クインシーの声に、全員がその隙間へ突入する。
「アーチャーのお爺ちゃん達に教わったの。矢と火薬の組み合わせ……ここまで上手くいくとは!」
クインシーが目を丸くして呟いた。
ドーム状の蔦の内部は、天井に空いた丸い穴から日光が差し込み、明るかった。そこは屋敷の最奥、先刻確認した“蔦が侵入していた部屋”の真上に位置していた。
数えきれない蔦が束となって天井へと伸び、その先端に巨大な「花」が咲いていた。
その姿は、大蛇の鎌首……ただし、頭部が肉厚な血のような赤い花弁に覆われていた。
「ラフレシア……」
幼少期に見た図鑑を思い出したが、目の前のそれは異常な大きさと毒々しさを備えていた。しかも、首をもたげてこちらを見ている。
「こんなの……初めて見るわ」
キョウカさんが見上げながら呟いた。
蔦の束の隙間には、陽光を受けて赤く反射する何かがある。
「屋敷にあった魔石です。植物がそれに絡んで、魔力の影響で巨大化したんでしょう」
スミットが推測する。
「見てください」
イアンが指差した先、花の根元にはボロボロの衣服と、数体の人骨が転がっていた。
「成長に大量の養分が必要で、そこに魔石の影響も加わった結果、人間を……」
俺が言いかけたその時、周囲から蔦が蛇のように飛びかかってきた。
とっさにチャクラムで迎撃するが、切ってもすぐに再生してくる。
「どうすりゃいいんだよ、こいつ……!」
ドールマンが怒鳴る。
「魔石を引きはがせれば、何とかなるはずです……たぶん」
スミットが言うが、その口調には確信がない。
「今は、それに賭けるしかないわ」
ローザさんが短く詠唱すると、全員の武器と防具が青白く輝いた。
「せやあああっ!」
キョウカさんが蔦の束へ突撃するが、目前に無数の蔦が立ちふさがり、進めない。さらに、盾を持つ腕に蔦が巻き付き、隙を突かれて剣を持つ腕にも絡みついた。
「っ……!」
俺はすかさずチャクラムを投げ、絡みついた蔦を切断する。
「助かった!」
体勢を立て直したキョウカさんが一歩退く。
ドールマンは巨大な手斧を振るい、次々と蔦を切り落としていた。
クインシーも素早く身をかわしながら、蔦を弓で振り払う。
一方、イアンとスミットは大規模な術式の詠唱を続けており、それを守るようにグラントが剣を振るい奮戦していた。
ふと後ろを振り返ると、ローザさんが蔦を払っている最中で、背後から首に蔦が迫っていた。
彼女は両手でそれを必死に食い止めている。
「ローザさん!」
俺は駆け寄り鉈を振るうが、太すぎて刃が通らず手から弾かれた。
拾う余裕もないと判断した俺は、手刀を構えた。
(砕けてもいい……!)
気合と共に刃の入った箇所へ振り下ろすと、付与魔法の効果か、手は無傷で蔦を断ち切った。
「ありがとう」
ローザさんは礼を言ったが、その顔は少し青ざめていた。
「まったく……しつこいのは嫌われるっての」
汗をぬぐいながら、疲労と焦りがにじむ口調でつぶやく。
俺も四方から迫る蔦を手刀で切り払いながら、次の一手を必死に考えていたが——
状況は、どうにも手詰まりに近かった。
(詰んだか?)
そう思った矢先——
「お待たせしました、みんな集まって!」
イアンの声が響き、俺たちは一斉に彼のもとへ駆け寄る。
同時に、スミットの杖から放たれた炎のミサイルが、人食い花の胴体を直撃。轟音と共に焦げた匂いが立ちこめた。
その瞬間、俺たちを囲むように白く光るバリアが出現する。
「元ヒーラーのおばあちゃん達に教わった魔法です。……間に合ってよかった」
イアンが安堵の表情を浮かべた。
バリアに阻まれ、蔦は近づけない。スミットも「これで……一歩前進ですね」と微笑んだ。
「さて、次は私の出番です。あと一撃で決めます」
再びスミットが詠唱に集中する。
人食い花の胴体は大きく裂け、人の頭ほどもある魔石が露出していた。
苦痛に身をよじるその様子は、もはや魔物というより“巨大な意志”そのものだった。
だが——
突如、花弁の中心が開き、透明な液体が噴き出す。
バリアに弾かれて地面に落ちた液体は白煙を上げ、地を焼いた。
「最後のあがきってやつか……」
ドールマンが低く呟く。
誰もが固唾を飲んだ。スミットの詠唱は続き、バリアを張っているイアンは顔面蒼白、脂汗を流していた。
(あの毒液を止めなければ)
俺の中で、一つの策が浮かぶ。だが、それには全員の協力が必要だ。
「頼みがある。俺に時間をくれ」
そう言うと、クインシーがすぐに反応した。
「無茶よ! 死んじゃうってば!」
泣きそうな顔で俺の腕を掴む。
だが——
「トシ君、何か考えがあるんでしょう? 無茶な人じゃないもの」
キョウカさんが、優しい口調で支えてくれる。
「ここはトシに賭けるわ。失敗しても、その時はその時よ」
ローザさんが、静かに剣を構える。
「モテる奴は得だな……ったく」
ドールマンが盾を構え直し、苦笑する。
「お前に託す。みんなを頼んだ」
グラントが力強く頷き、「この貸しは高くつくよ」と剣を握った。
全員の意志がひとつになった。
俺はイアンに「合図でバリアを消してくれ」と伝えると、「介護スキル」の《創造》でマットレスを二つ生み出す。
それをキョウカさんとローザさんに託し、毒液を防ぐ盾として準備させた。
花が液を吐き終えた瞬間——
「今だッ!!」
俺の叫びと共にバリアが消え、俺は猛然と花へ向かって駆け出した。
距離、約20メートル——




