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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第五部 灰色の軍団と神の火編

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第56話 模倣する天才と僥倖の死刑囚

 惑星テラ・ノヴァ。

 前線基地(FOB)の最奥部、研究開発区画。

 外部の喧騒を遮断した静謐な空間で、工藤創一は電子顕微鏡のモニターを睨みつけていた。

 彼の瞳は、かつてのような穏やかな光ではなく、MK2ナノマシンの投与によってもたらされた、冷徹で鋭利な青白い輝きを宿している。


 思考速度は常人の数百倍。

 視界に映るすべての事象がデータとして分解され、瞬時に解析されていく。

 だが、そんな「超天才」となった創一をして、目の前の事象は理解の範疇を超えていた。


「……駄目だ。何度計算しても、物理法則と矛盾する」


 創一は乾いた笑いを漏らし、デスクに拳を叩きつけた。

 モニターに映し出されているのは、彼がこの星に来て最初に手に入れた『医療用キット(オリジナル)』——そのナノマシンの微細構造だ。


 以前の彼なら、「すげー治るー!」と無邪気に喜んでいただけだっただろう。

 だが今の彼には「見えて」しまう。

 その構造の異常さが。

 デタラメさが。


「質量保存の法則を無視してる箇所がある。

 エネルギー効率が100%を超えている……いや、外部から未知のエネルギーを『召喚』しているのか?

 分子配列が三次元空間に収まっていない。四次元方向に折り畳まれている……?」


 創一は頭を抱えた。

 解析すればするほど、絶望的な技術格差テクノロジー・ギャップを突きつけられる。

 これは「高度な科学」ではない。

 科学の皮を被った、もっと別の何かだ。


「ねえイヴ。

 これを作った奴ら……『賢者・猫とKAMI』だっけ?

 あいつら、何者なんだよ。

 ヤバすぎて、草も生えないんだけど?」


 創一の問いかけに、AIのイヴは淡々と答えた。


『マスター。

 彼らの技術体系は、現在のマスターの理解レベル——テックレベル9相当——をもってしても、解析不能領域ブラックボックスが大半を占めます』


「だろうな。

 これ、どう見ても物理演算エンジンをハックしてるような動きだもん。

 原子を組み立ててるんじゃない。

 『治れ』っていう結果を、世界に強制的に書き込んでる感じだ」


 創一はモニターの解析図を指差した。


「これを設計できる知性なんて、宇宙に存在するのか?

 カルダシェフ・スケールで言ったら、タイプ3……いや、それ以上だろ」


『……適切な表現を選ぶならば』


 イヴの声が、一瞬だけ人間臭い響きを帯びた。


『彼らは科学者というよりは、どちらかというと「魔法使い」に近い存在ですから』


「……は?」


 創一の手が止まった。

 AIが「魔法」という非科学的な単語を使った。

 比喩ではない。

 定義としての言葉の響きだ。


「魔法使い?

 おいおいイヴ。お前、彼らのこと知ってるのか?」


 創一は詰め寄った。

 送り主不明の宅急便。

 謎のキューブ。

 そして、この万能AIイヴ。

 最初から怪しかったが、今の創一の頭脳は、その違和感を見逃さない。


「『賢者・猫とKAMI』。

 ふざけたハンドルネームだが、お前の開発者か?」


『…………』


 イヴは数秒間沈黙した。

 処理落ちではない。

 意図的な沈黙だ。


『……申し訳ありません、マスター。

 その質問に対する回答は、プロテクトレベル・オメガにより制限されています。

 禁則事項です』


「ちっ。誤魔化したな」


 創一は舌打ちした。

 だが、深追いはしなかった。

 彼の超高速思考は即座に、「追求しても無駄である」という結論と、「今はそれよりも面白いことがある」という感情を優先させたからだ。


「まあいいや。

 魔法使いだろうが神様だろうが、現物がここにあるのは事実だ。

 そして俺は今、猛烈に楽しい」


 創一はニヤリと笑った。

 解析不能なブラックボックス。

 それはエンジニアにとって、最高の挑戦状だ。


「オリジナルの完全再現は無理だ。

 あの『四次元折りたたみ構造』とか、『質量無視の生成』なんて、今の俺には逆立ちしても作れない。

 ……だけど」


 彼は新しいウィンドウを開き、キーボードを叩き始めた。

 猛烈な速度でコードが記述され、設計図が引かれていく。


「『劣化コピー』なら、作れるかもしれない」


 目指すのは神の御業ではない。

 人間の技術の延長線上にある、超高度な医療機械だ。


「機能を絞るんだ。

 『不老不死』や『四肢再生』なんていうオカルト機能はオミットする。

 ターゲットは『外傷治療』のみ。

 切れた血管を繋ぐ、折れた骨を接着する、裂けた皮膚を縫い合わせる。

 それだけを超高速で行うナノマシンなら……」


 創一の脳内で、パズルのピースが組み合わさっていく。

 材料はバイオマター(希少資源)を使わない。

 ありふれた鉄、銅、そしてプラスチックと電子基板。

 これらを使って、物理的に傷を塞ぐ「微小な外科医」の群れを作るのだ。


「……いける。

 設計(理論)は通った」


 数時間後。

 創一の目の前には、試作された一本のインジェクターがあった。

 中身はエメラルドグリーンではない。

 無機質な灰色の液体だ。

 『工藤式・外傷修復用ナノマシン(プロトタイプ)』。


「さて問題は……」


 創一はインジェクターを手に取り、困ったように眉を寄せた。


動作確認テストだよな」


 彼は自分の左腕をまくり上げ、右手にカッターナイフを持った。

 躊躇なく刃を皮膚に当てる。

 力を込める。


 ギギッ……。


 嫌な音がしたが、皮膚は切れなかった。

 カッターの刃の方が負けて、パキンと折れた。


「……ああ、そうだった。

 MK2打っちゃったから、俺の皮膚、カーボンナノチューブ並みに硬いんだった」


 創一は溜め息をついた。

 『皮膚硬化アーマー・スキン』。

 工場作業中の事故を防ぐための機能が、今は実験の邪魔をしている。

 レーザーカッターでも使えば切れるだろうが、そこまですると「外傷」のレベルを超えてしまう。


「俺じゃ実験台になれない。

 かといって、権田隊長たちを傷つけるわけにもいかないし……」


 彼は通信機に手を伸ばした。

 地球側に都合の良い「モルモット」をねだるために。


          ◇


 東京、首相官邸地下。

 日下部駐在員は、テラ・ノヴァからの緊急通信を受けて、胃薬の袋を握りしめていた。


「……実験台ですか?」


 モニターの向こうで、創一が悪びれもせずに頷く。


『ええ。実験台が欲しいんです。

 人間で、できれば、新鮮な外傷がある人がいいですね』


「工藤さん……。

 貴方、サラッと言ってますけど、マッドサイエンティストの発言そのものですよ」


 日下部は頭痛を堪えながら尋ねた。


「一体、何を作ったんですか?

 また世界をひっくり返すような物ですか?」


『いやいや、今回は大したことないですよ。

 「外傷治療用のナノマシン」です』


「……外傷治療用?」


『はい。

 オリジナルの医療用キットはバイオマターを使うじゃないですか。

 だから、もっと安価で大量生産できる廉価版を作ってみたんです。

 名付けて、「バンドエイドMK1」ってところですかね』


 創一は灰色のインジェクターをカメラに見せた。


『超天才になったおかげで、構造の最適化ができましてね。

 俺の持ってる「ナノ工作機械(Nano Fabricator)」を使えば、鉄と銅とプラスチックだけで作れます。

 原価はタダみたいなもんです』


「原価がタダで、傷が治る……」


 日下部は計算した。

 もしそれが本当なら、軍事医療や救急医療の現場に革命が起きる。

 バイオマターというボトルネックがないなら、世界中に配ることも可能だ。


「性能は?

 まさか、腕が生えてきたり、若返ったりはしないでしょうね?」


『しませんよ。

 あくまで「外科手術の自動化」レベルです。

 骨折を繋ぐ、肉を縫う、止血する。それだけです。

 欠損した部位を生やす機能はありませんし、病気を治す機能もありません。

 ……まあ、それでも現代医療から見ればオーパーツでしょうけど』


「なるほど……。

 それなら、まだ制御可能です」


 日下部は少し安心した。

 「不老不死」ではない。

 「超高性能な傷薬」だ。

 それなら政治的なリスクも比較的低い。


「で、それを試したいと?」


『はい。

 設計通りなら、ちゃんと動作するはずなんですけど、やっぱり生体データでの実証実験がないと不安で。

 俺の体じゃ硬すぎて怪我できないし……。

 誰かいませんか?

 骨折してて、治ったらラッキーって思ってくれる人』


「骨折していて、実験台になっても文句を言わない人間……」


 日下部は脳内のリストを検索した。

 一般市民は論外だ。

 自衛官や警察官も、未承認のナノマシンを打つリスクは冒させたくない。

 となると……。


「……分かりました。

 死刑囚でよければ、手配します」


『死刑囚?

 ああ、なるほど。

 まあ、同意が得られるなら誰でもいいですよ』


「法的・倫理的な手続きはこちらで処理します。

 『国のための医学貢献による恩赦の可能性』をちらつかせれば、喜んで差し出すでしょう。

 ……ただし、本当に安全なんですよね?

 ゾンビになったり、爆発したりしませんね?」


『しませんって!

 俺の設計は完璧です。

 ただ、あくまでプロトタイプなんで、多少の発熱とか痒みはあるかもしれませんけど』


「……信用しましょう。

 貴方が『超天才』になった成果を」


 日下部は通信を切ると、即座に法務省の担当局長に連絡を入れた。

 部屋を出て、廊下の公衆回線——盗聴防止機能付きの専用ブースへと向かう。


「……私だ。日下部だ。

 緊急の要請がある。

 東京拘置所、あるいは大阪拘置所の収容者リストを洗ってくれ。

 条件は『死刑囚』であること。

 そして『最近、外傷を負った者』だ」


 電話の向こうで、局長が戸惑う気配がした。


『外傷……ですか?

 自殺未遂や、所内での喧嘩による怪我ということでしょうか?』


「何でもいい。

 骨折、重度の裂傷、あるいは火傷。

 とにかく『痛々しい怪我』をしている個体が必要だ。

 ……見つけ次第、極秘裏に医療刑務所の特別棟へ移送しろ。

 『幸運な実験台』が見つかったとな」


『……承知いたしました。

 直ちに検索します』


 数分後。

 リストが送られてきた。

 その中の一人、A拘置所に収容されている男——死刑囚番号402番。

 元暴力団幹部で、強盗殺人を犯した凶悪犯だ。

 二日前に独房内で暴れ、制圧された際に右腕を複雑骨折している。

 全治三ヶ月の重傷。


「……こいつだ。

 彼に『チャンス』を与えよう」


 日下部は冷酷に選定した。

 この男の腕が治ろうが治るまいが、国益には何の影響もない。

 だが、そのデータは日本の未来を左右する。


          ◇


 数日後。

 東京都内某所の医療刑務所・特別処置室。

 厳重な拘束具でベッドに固定された死刑囚402番は、怯えた目で周囲を見回していた。

 彼の右腕はギプスで固められ、痛み止めが切れて脂汗を流している。


 周囲には防護服を着た医師団と、ガラス越しに見下ろす日下部の姿があった。


「……おい、何をする気だ!

 殺すのか!?

 まだ執行命令は出てないはずだぞ!」


 男が喚く。

 医師は無言のまま、男の右腕からギプスを切り外した。

 腫れ上がり、内出血でどす黒く変色した腕が露わになる。

 骨が皮膚を突き破りそうなほどの重度な骨折だ。


「これから君の怪我を治療する。

 最新の医療技術だ。

 感謝したまえ」


 日下部がマイク越しに告げる。

 そして合図を送った。


 医師が取り出したのは、テラ・ノヴァから輸送されてきた灰色のインジェクター。

 『工藤式・外傷修復用ナノマシン』だ。


「投与」


 プシュッ。

 患部に直接、ナノマシン溶液が注入される。


 その直後。


「ぎゃあああああああっ!!!」


 男が絶叫した。

 激痛だ。

 オリジナルの医療用キットのような麻酔成分や精神安定作用はない。

 純粋な物理的強制力で、折れた骨を無理やり元の位置に引き戻しているのだ。


 バキバキバキッ!

 グジュグジュ……。


 骨が擦れ合う嫌な音と、肉が盛り上がる湿った音が室内に響く。

 男は白目を剥いて泡を吹いたが、その右腕の中では驚異的な修復作業が行われていた。

 粉砕された骨片がパズルのように組み合わさり、断裂した筋肉が縫い合わされ、破れた血管が繋がる。


 所要時間3分。

 男の絶叫が止まった時、そこには完治した右腕があった。

 腫れは引き、皮膚の色も正常に戻っている。

 傷跡すらない。


「……成功です」


 医師がレントゲン画像を確認し、驚愕の声を上げた。


「骨折線が完全に消えています。

 骨密度も正常。神経の接続も完璧です。

 これなら、すぐにでもボールが投げられますよ」


 気絶している死刑囚の腕を持ち上げ、可動域を確認する。

 完璧だ。

 現代医療なら、数回の手術と数ヶ月のリハビリが必要な怪我が、たった3分と少しの(激痛という)代償で治ってしまった。


 観察室の日下部は深く息を吐き、そして通信機のスイッチを入れた。

 モニターの向こうでは、創一が結果を待ちわびていた。


『どうでした、日下部さん!?

 治りました!?』


「……ええ、治りましたよ。

 見事なものです。

 おめでとうございます、工藤さん」


 日下部は、心からの称賛と底知れぬ恐怖を込めて言った。


「貴方は、ついに神の奇跡を『人間の技術』に翻訳してしまったのですね。

 ブラックボックスではない、貴方自身の手で作れる技術として」


『やったー!!』


 創一がガッツポーズをする。


『よかったー!

 これで工場での労災も怖くないぞ!

 自分の腕くらいなら、作業中に切断しても、昼休み中に治せる!』


「……相変わらずの発想ですね」


 日下部は苦笑した。

 この男にかかれば、医療革命も「工場のメンテナンス」の一環でしかない。


『まあ、とは言っても、やっぱり『魔法』依存なんですけどね』


 創一が少し真面目な顔に戻って言った。


『このナノマシン設計図は俺が書きましたけど、実際に製造してるのは『ナノ工作機械』……つまり、あのキューブから出てきた謎のプリンタなんです。

 地球の工場じゃ、この精度のナノマシンは作れません。

 だから結局、生産はテラ・ノヴァでしかできないんです』


「そうですか。

 ……それは、ある意味で朗報ですね」


 日下部は安堵した。

 もし地球の工場で量産可能だったら、今度こそ世界経済が崩壊していた。

 テラ・ノヴァというボトルネックがある限り、この技術は日本政府の管理下に置ける。


「この『外傷用キット』……。

 オリジナルのような若返り効果がない分、扱いやすいかもしれません。

 軍事用、あるいは災害救助用として、限定的な使用を検討しましょう」


『ええ、お願いします!

 あ、でも材料費は請求しますからね?

 鉄と銅とプラスチック代!』


「もちろんです。

 格安ですよ、そんな奇跡が買えるなら」


 日下部はモニターを切った。

 ガラスの向こうでは、気絶から目覚めた死刑囚が自分の治った腕を見て呆然としている。

 彼はこれから「貴重な実験動物」として、一生この施設から出ることはないだろう。

 だが、その犠牲の上に、日本の医療技術はまた一つ、禁断の階段を登ってしまった。


 日下部は胃薬の瓶を振った。

 空だ。

 また補充しなければならない。

 天才の気まぐれに付き合う代償は、彼の胃粘膜を確実に蝕んでいた。


「……次はなんだ?

 人工臓器か?

 それとも、脳のバックアップか?」


 彼は呟き、薄暗い廊下へと消えていった。

 工場の煙は、地球の倫理を覆い隠すように、ますます濃くなっていく。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
次は日下部さんに飲ませて胃痛とおさらばだww
 現実的なナノマシンがそこまでの治療を行うならエネルギーは本人の物になるからマウスだとエネルギー不足で途中で死ぬ可能性がある、無線な外部バッテリーとか作れば別だけど今回は無さそうだし、あと小動物だと痛…
テストするなら普通にマウスからじゃあかんかったんやろうか?
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