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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第五部 灰色の軍団と神の火編

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第57話 模倣の代償と灰色の悪夢

 東京都千代田区永田町、首相官邸。

 地下5階にある特別情報分析室の重厚な扉が閉ざされ、電子ロックが掛かる乾いた音が響いた。

 円卓を囲むのは、副島内閣総理大臣をはじめとする国家の中枢メンバー。

 そして、その中心に立つのは、いつものように疲労の色を隠せない内閣官房参事官、日下部である。


 彼は手元のコンソールを操作し、慣れた手つきでスイッチを入れた。


「『位相干渉装置(Jammer)』起動」


 ブゥン……。

 空間が歪むような重低音と共に、テラ・ノヴァ由来のジャミング波が展開される。

 これでこの部屋は、物理的にも情報的にも世界から切り離された、完全なる密室となった。

 CIAの盗聴器も、中国のレーザーマイクも、そして(皮肉なことに)日本自身が運用している『広域監視システム』でさえも、この部屋の中を覗くことはできない。


「ジャミング、正常に作動中。

 ……では、定例報告ではありませんが、緊急の技術報告を行います」


 日下部は深く息を吐き出し、スクリーンに一枚の映像を投影した。

 それは、先日、医療刑務所の特別室で撮影された映像だ。

 死刑囚402番の折れた腕が、のた打ち回るような激痛と共に、わずか3分で完治する一部始終。


 何度見ても背筋が寒くなる光景だ。

 だが、今日の閣僚たちの反応は、恐怖よりも興奮が勝っていた。


「……これが例の『自作ナノマシン』か」


 防衛大臣が身を乗り出し、食い入るように画面を見つめた。


「凄まじいな。

 オリジナルの『医療用キット』に比べれば時間はかかっているし、患者も痛がってはいるが……。

 それでも現代医療の常識からすれば魔法だ。

 全治三ヶ月の複雑骨折が、カップラーメンを作る間に治るのだからな」


「ええ。

 ですが、大臣。重要なのは『治った』という事実だけではありません」


 日下部は眼鏡の位置を直し、言葉に力を込めた。


「重要なのは、これが『ブラックボックス』ではないということです。

 賢者だか神だか分からない存在からの贈り物でもない。

 工藤創一氏が設計図を引き、材料を投入し、彼自身の管理下にある機械で製造した『工業製品』だという点です」


 その言葉が、会議室に重く響いた。


 これまでは、「医療用キット」は神からの授かり物だった。

 だが、これは違う。

 設計図があり、製造ラインがあり、コスト計算ができる。

 つまり——「技術」なのだ。


「魔法が、魔法でなくなる時です」


 日下部は静かに宣言した。


「人類はついに、ナノマシンという『神の御業』を、自らの手で再現する入り口に立ちました。

 もちろん、まだ工藤氏という特異点を介してではありますが……。

 これは産業革命にも匹敵する、歴史的な転換点です」


「うおおおお……!」


 経済産業大臣が、抑えきれない歓喜の声を上げた。


「凄いじゃないか……!

 再現可能な技術! 量産可能な奇跡!

 これなら輸出もできる、産業化もできる!

 『メイド・イン・ジャパン』のナノマシンが、世界を席巻する日が来るのか!」


「名称は『バンドエイドMK1(仮)』とのことですが、性能は折り紙付きです。

 外傷治療に特化しており、病気や若返りといった副作用リスクがない分、扱いやすい。

 さらに工藤氏によれば、次期バージョンの『MK2』では、ナノマシンによる神経ブロック機能——つまり『痛覚遮断機能』を追加する予定だそうです」


「痛くないのか!」


 防衛大臣が膝を打つ。


「素晴らしい!

 戦場での応急処置に最適だ。

 モルヒネも要らず、止血と接合と鎮痛を同時に行う。

 これを全自衛官の個人携行救急セット(IFAK)に入れれば、生存率は劇的に向上するぞ!

 ぜひ実戦投入したい!」


 閣僚たちの鼻息は荒い。

 不老不死という劇薬は扱いが難しかったが、この「超高性能な傷薬」なら現実的なラインで国益に直結する。

 だが、そこで官房長官が冷静な視点を投げかけた。


「……待て。

 喜ぶのは早計だ。

 工藤氏が設計したと言ったな?

 そして、それを製造する機械……『ナノ工作機械(Nano Fabricator)』だったか?

 それは誰でも使えるものなのか?」


 鋭い指摘だ。

 日下部は表情を引き締めた。


「そこが最大の問題点であり、ボトルネックです。

 このナノマシンを作るには、テラ・ノヴァにある特殊な工作機械が必要です。

 そして、その機械を動かすには、原子レベルでの精密なプログラミングと、素材の特性を完全に理解した設計図が必要です」


 日下部は一枚の警告図を表示させた。

 そこには、無数のナノマシンが暴走し、周囲の物質を食い荒らして増殖するシミュレーション映像——『グレイ・グー(灰色のアメーバ)』の悪夢が描かれている。


「危険性は極大です。

 もし設計を一つ間違えれば、ナノマシンは『治療』ではなく『分解』を開始します。

 あるいは制御を失って自己増殖を始めれば、周囲の有機物を全て食らい尽くすまで止まらない『捕食者』になりかねない。

 ……いわゆる、グレイ・グーのシナリオです」


 会議室が水を打ったように静まり返る。

 便利な道具の裏には、常に破滅的なリスクが潜んでいる。


「ですから、自由自在な設計はNGです。

 素人が適当にパラメータをいじって作れるような代物ではありません。

 現状において、この工作機械を安全に、かつ正確に使いこなせるのは……世界でただ一人。

 工藤創一氏のみです」


「……やはり彼か」


 総理が深く溜め息をついた。


「結局のところ、ブラックボックスの中身が『機械』から『人間』に移っただけではないか。

 彼がいなければ何も作れない状況は、変わらん」


「はい。ですが、進歩ではあります。

 少なくとも『未知の宇宙人頼み』から、『話の通じる日本人頼み』にはなりましたから」


 日下部は苦笑した。

 もっとも、その日本人が最近、常識の枠を飛び越えつつあるのが悩みの種だが。


「ところで、日下部くん」


 内閣情報官が疑念を口にした。


「その工藤氏だが……。

 最近、少々『優秀すぎる』のではないか?

 元々は、ただのシステムエンジニアだったはずだ。

 それが数学の未解決問題を一晩で解いたり、ナノマシンの設計図を引いたり……。

 いくら現場で経験を積んだとはいえ、人間の学習能力の限界を超えているように思えるが?」


 その問いに、日下部の心臓がドクリと跳ねた。

 痛いところを突かれた。

 『医療用キットMK2』による超天才化。

 それを隠し通すための嘘を、彼は瞬時に組み立てなければならなかった。


「……あー、それにつきましては」


 日下部は表情を崩さず、もっともらしい顔で答えた。


「本人に確認したところ、どうやらテラ・ノヴァのシステム——特に『研究(Research)』を進める過程で、知識のインストールが行われているようです」


「インストール?」


「ええ。

 新しい技術を解禁するたびに、その概念や理論が脳内に直接ダウンロードされる仕組みのようでして。

 ゲームで言うところの『スキル習得』に近い感覚だとか。

 それに伴い、眠っていた潜在能力が開花した……ということのようです」


 半分は真実(研究による知識習得)だが、核心部分(MK2による肉体改造)は隠した。

 嘘をつくときは、真実を混ぜるのが鉄則だ。


「なるほど……。マトリックスのようなものか」


 情報官は納得したように頷いた。


「まあ、彼がとんでもない存在であることは今更だ。

 テラ・ノヴァに選ばれた時点で、常人ではないのだろう。

 彼が味方である限り、その能力の源泉が何であれ、深く追求する必要はあるまい」


 総理が助け舟を出してくれたおかげで、日下部は内心で冷や汗を拭った。

 工藤創一が「人間を辞めている」という事実がバレれば、彼を危険視する声が高まり、プロジェクト自体が瓦解しかねない。

 彼を「便利な天才」という枠に留めておくことが、今の最優先事項だ。


「さて、話を戻しましょう」


 日下部は話題を外交へと転じた。


「この『自作ナノマシン』と『ナノ工作機械』……。

 これを、どう使うかです」


「アメリカへの対応だな」


 外務大臣が言った。


「彼らは依然として、日本の技術の裏側を探ろうと躍起になっています。

 『スマートダスト』の件で一度は煙に巻きましたが、いずれボロが出る。

 ここらでもう一つ大きな『餌』を与えて、彼らの目をテラ・ノヴァから逸らす必要があります」


「同感です。

 そこで提案なのですが……。

 この『ナノ工作機械』の存在を、アメリカに限定的に公開してはどうでしょう?」


 日下部の提案に、会議室がざわついた。


「公開だと?

 虎の子の技術を見せるのか?」


「全てではありません。

 『日本はナノマシンを製造するための特殊な3Dプリンタを開発した』というストーリーを流すのです。

 実物は見せられませんが、その機械で作った『バンドエイドMK1(およびMK2)』をサンプルとして提供する」


 日下部は悪戯っぽく笑った。


「こう説明するのです。

 『この機械は、とある日本の天才科学者が設計した一点物ワンオフであり、量産はできない。

 そして操作には特殊な才能が必要で、アメリカには扱えないかもしれないが……成果物なら分けてあげられる』と」


「……なるほど。

 『魔法』ではなく、『超高度な工作機械』の産物だと思わせるわけか」


 官房長官がニヤリとした。


「そうすれば、彼らの関心は『異世界へのゲート』ではなく、『その機械と天才科学者』に向く。

 テラ・ノヴァの存在を隠すための、完璧な目隠し(ブラインド)になる」


「はい。

 どうせ彼らは、『日本のどこかに秘密工場がある』と思い込んでいます。

 その想像を補強してやるのです。

 『やはり日本は、ハードウェアの製造技術でブレイクスルーを起こしていたのか!』と、納得してくれるでしょう」


「だが、現物を渡すリスクはあるぞ」


 防衛大臣が懸念を示す。


「劣化版とはいえ、ナノマシンだ。

 解析されて技術を盗まれる恐れはないか?」


「それについては、むしろ『実験』してもらった方が好都合です」


 日下部は冷徹に計算していた。


「この『バンドエイド』は、まだ臨床データが圧倒的に不足しています。

 死刑囚1人の腕が治っただけです。

 副作用があるかもしれないし、長期的な予後も不明だ。

 そんな未完成品を、自衛隊員や日本国民にばら撒くわけにはいきません」


「……つまり、アメリカに人体実験を代行させるのか?」


「人聞きが悪いですね。

 『共同研究』ですよ」


 日下部は肩をすくめた。


「アメリカ軍は世界中で戦っています。

 負傷兵は無数にいる。

 彼らに『実験用のサンプル』として提供すれば、喜んで使ってくれるでしょう。

 『医療用キットほどの万能薬ではないが、外傷なら瞬時に治る』と言えば、彼らは飛びつきます」


「……毒見役か」


 総理が呟いた。


「もし副作用が出ても、アメリカ兵なら政治的ダメージは少ない。

 逆に効果が実証されれば、そのデータをもとに日本国内での承認を進めればいい。

 ……合理的だが、悪魔的だな」


「国益のためです。

 それに、アメリカにとっても悪い話ではありません。

 死ぬはずだった兵士が助かるのですから」


 日下部は、一片の良心の呵責もなく言い切った。

 工藤創一が無邪気に作ったおもちゃを、最大限に利用する。

 それが大人の仕事だ。


「よし、方針は決まった」


 副島総理が力強く宣言した。


「1.アメリカに対し『ナノ工作機械』の存在を示唆し、テラ・ノヴァへの関心を逸らす。

 2.『バンドエイドMK2(痛覚遮断版)』を、日米の2ヶ国で『実験的』に運用開始する。

 3.その臨床データを収集し、安全性が確認された段階で、自衛隊および国内医療への本格導入を検討する」


 総理は環視した。


「これは日本が、世界の医療技術の覇権を握るための第一歩だ。

 抜かりなく進めてくれ」


「はっ!」


 全員が敬礼する。

 会議室の空気が、陰謀の熱気から実行への決意へと変わる。


 日下部は手元の資料を閉じながら、内心で安堵していた。

 これでしばらくは、アメリカの干渉も、中国の工作もかわせる。

 工藤創一の暴走が生み出した「劣化コピー」が、まさかこれほど便利な外交カードになるとは。

 まさに怪我の功名だ。


「……さて。

 工藤さんに伝えないといけませんね。

 『もっと沢山作ってください。世界中が実験台になりたがっていますよ』と」


 日下部は胃薬の袋をゴミ箱に捨てた。

 今日は薬を飲まなくても、ぐっすり眠れそうだ。


          ◇


 そしてテラ・ノヴァ。

 工藤創一は、増設された組立機の前で、大量に生産されるインジェクターを箱詰めしていた。


「忙しいなぁ!

 まさか、こんなに注文が来るとは!

 鉄と銅が足りなくなるぞ!」


 彼は嬉しい悲鳴を上げていた。

 自分の作ったものが、世界中で役に立っている(実験されているとは知らずに)。

 エンジニアとして、これ以上の喜びはない。


「よし、次は『MK3』の設計だ!

 今度は『酸素補給機能』をつけて、もっと便利にしてやるぞ!」


 イヴが冷ややかにツッコミを入れる。


『マスター。

 その前に、日下部様から「胃薬の生産ライン」の構築を依頼されていますが』


「え? 胃薬?

 なんで?」


『……地球側のストレス係数が、限界に近いようです』


 世界は回る。

 ナノマシンの輝きと、官僚の胃痛と、工場長の無邪気な野望を乗せて。

 魔法が技術になり、技術が政治になる。

 その混沌とした螺旋階段を、人類は一歩ずつ、しかし確実に登り始めていた。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
日下部は胃はもう限界なので外傷だけでなく内臓の炎症や潰瘍の治療ができる薬が急ぎ必要ですねぇ
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