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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第十一部 第五種接近遭遇と、銀河帝国「日本国」編

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第159話 外宇宙からの通信と、銀河帝国「日本国」という最悪の仮名

 紫がかった異星の空に、二つの月が淡く冷ややかな光を投げかけている。

 地球からはるか彼方、次元の壁を越えた先にある惑星『テラ・ノヴァ』。その広大な荒野の一部を切り拓いて作られた工藤創一の管理拠点——いや、今や一人の人間が管理する領域を完全に逸脱した、巨大な未来都市とも呼ぶべき前線基地の心臓部。

 無数に張り巡らされたパイプラインには未知の流体が脈動し、巨大な化学プラントのような建造物群が、昼夜を問わず低く重厚な駆動音を響かせている。空には、工藤の指示を完璧にトレースする自律型の作業ドローンが群れをなして飛び交い、瞬く間に新たな施設を組み上げていく。


 その中枢であるガラス張りの広大なオペレーションルームの中で、工藤創一は、地球のホームセンターで買ってきたような着古した作業着姿のまま、深く座り心地の良いエルゴノミクスチェアに身を沈めていた。

 彼の目の前には、空中に展開された半透明のホログラムディスプレイが幾重にも重なって浮かび上がっている。青白く脈動する炉心の構造図や、地球の物理法則では説明のつかない複雑な数式が乱舞する画面の横で……彼は、タブレット端末を片手に、のんびりと漫画アプリのページをスワイプしていた。


「鉄板の生産ラインは足りてるし、銅線もまあまあ安定してるな。うーん、次は宇宙船団向けの補給ラインでも増やすか……」


 創一は、片手間で工場ラインの稼働ログを視界の端に収めつつ、漫画の続きを読み進める。

 彼の感覚では、最近の地球側での大騒動——『がんしぼり君』という医療技術の投下や、『パックス・ファンド』による百兆円の経済的激震、さらには『核融合炉』や『宇宙輸送パッケージ』を巡る大国同士の暗闘——も、もはや「いつもの日常風景」になりつつあった。

 地球のニュースサイトを流し見しながら、「核融合炉の件、外で騒がれてるなぁ。フランスとかアメリカの人たち、ちゃんと教科書読んでくれてるかな」などと、どこか他人事のようにぼんやりと思う程度だ。


 彼にとって、真の興味はテクノロジーツリーの解放と、このテラ・ノヴァという広大なサンドボックスで新たなプラントを組み上げることにある。地球の政治家たちが胃を痛めていることなど、彼の作業プロセスにおいては些末なエラーログにも満たない。


 そんな平和な……少なくとも彼にとっては平和なルーチンワークの最中だった。

 不意に、オペレーションルームの空間が微かに歪み、タイトスカートのスーツ姿をした工場管理AI、イヴのホログラムが音もなく顕現した。


 彼女の表情はいつものように無機質であったが、その発せられた声には、極めて稀な、しかし確かな緊張を帯びた「硬さ」が含まれていた。


「マスター。報告があります」


 創一は、タブレットから目を離さずに、気だるげに返事をした。


「ん? また日下部さん案件? アメリカがどうとか、フランスがどうとか?」


「肯定します。極めて高確率で、日下部様案件です」


 イヴの即答に、創一は苦笑した。


「その分類やめない? 日下部さんに聞かれたらまた胃薬飲まれちゃうよ」


 だが、イヴは創一の軽口を完全に無視し、かつてない最高レベルの重要度を示す赤い警告枠を空中に展開させた。


「マスター。自動運行中のヤタガラス外宇宙船団より緊急通信。人工物と推定される宇宙船団と遭遇しました」


 ピタッ、と。

 創一が漫画をスワイプしていた指が止まった。

 彼はゆっくりと顔を上げ、空中に浮かび上がった赤いアラート画面と、イヴのホログラムを交互に見つめた。


「へー。宇宙船?」


 それは、驚愕というよりは、新しいおもちゃを見つけた子供のような、純粋な好奇心を含んだ声だった。


「肯定します。対象は自然天体ではありません。推進痕、軌道制御、熱源分布、外装構造、通信波形、すべて人工物と判断できます」


 イヴの周囲に、ヤタガラス外宇宙船団のセンサーが捉えたという、おぼろげな光学映像と電磁波の解析データが投影された。真っ暗な宇宙空間の背景に、明らかに幾何学的なデザインを持つ、複数の巨大な構造物のシルエットが浮かび上がっている。


「外宇宙って、ほんとに誰かいるんだなぁ」


 創一は、感心したようにぽつりと呟いた。


「今さらですか、マスター」


 イヴが冷徹に突っ込む。


「いや、KAMIとか賢者・猫とかいるし、異星人がいるとは思ってたけどさ。そういう超常的な存在じゃなくて、普通に物理的な『宇宙船』が出てくると、また別じゃん。SF映画みたいでちょっとテンション上がるっていうか」


 創一のその呑気な感想を遮るように、イヴはさらに重要な情報を付け加えた。


「対象船団は、現在こちらに向けて通信波と思われる信号を発信しています。敵対的行動は確認されていません」


「通信? 話しかけてきてるってこと?」


「推定では、交流または識別要求です。未知の言語アルゴリズムによるエンコードが施されていますが、一定のパターンを持つ知的な呼びかけであることは間違いありません」


 創一は、顎に手を当てて「うーん……」と少しだけ考え込んだ。

 地球外知的生命体とのファーストコンタクト。

 人類の歴史が始まって以来、最大のロマンであり、最大の恐怖でもあるその瞬間。普通の人間であれば、歓喜に震えるか、恐怖に腰を抜かすか、あるいは国家元首に泣きつく場面である。


 だが、数秒の沈黙の後、創一はあっさりと、極めて軽い口調で言った。


「面倒くさいことは日下部さんに相談かなー。イヴ、日下部さんにメールして」


 人類史上最大のイベントを、彼は「面倒くさいタスク」として、地球の官僚に丸投げしたのである。


「承知しました。件名はどうしますか」


「『外宇宙で知らない宇宙船と遭遇しました、どうします?』で」


 イヴのホログラムが、微かに明滅した。


「非推奨です。日下部様の心拍数に悪影響を与える可能性があります」


「もう手遅れじゃない? いつも胃痛いって言ってるし、今更宇宙人が増えたくらいで誤差でしょ」


「では、緊急度を最大に設定して送信します」


 イヴは無言でデータパケットを地球側のセキュア・ラインへと射出した。


 ◇


 三十分後。一人の男が転がり込むようにして姿を現した。


 内閣官房参事官、日下部である。

 服装はいつものように隙のない完璧なダークスーツだが、その表情は完全に「緊急事態レッドアラート」のそれであり、息は乱れ、額には汗が滲んでいた。普段の冷徹なエリート官僚の仮面は完全に剥がれ落ちている。


「工藤さん!?」


 日下部は、オペレーションルームに駆け込むなり、ソファで呑気に足を組んでいる創一に向かって叫んだ。


「あ、日下部さん。早かったですね」


 創一は、片手を上げて気軽に出迎えた。


「工藤さん!? メールを見ました。どういうことですか」


 日下部の声は、怒りとも絶望ともつかない、裏返る一歩手前の悲鳴のような響きを持っていた。


「いやー、俺もびっくりしたんですけどね。イヴ、説明してあげて」


「承知しました」


 イヴが再び空中に現れ、日下部に向けて理路整然と状況のブリーフィングを開始した。


「自動運行中のヤタガラス外宇宙船団が、外宇宙航行中に人工物と推定される宇宙船団と遭遇しました。相手は宇宙船と推定され、現在こちらに向けて通信波と思われる信号を発信しています。こちらはまだ応答していません。現時点での敵対行動はなし。相手は一定距離を保っており、先制照準や兵器ロックと見られる挙動は確認されていません。……ただし、技術レベルは決して低くないと推測されます」


 イヴの冷淡な合成音声による報告を聞きながら、日下部の顔面からは見る見るうちに血の気が引いていった。

 深海資源、核融合炉、医療用ナノマシン。これまでも数々の特大の爆弾を処理してきた日下部だが、今回ばかりはカテゴリーが根本から違う。

 これは、地球の国際政治や国家間の覇権争いなどという小さな箱庭の話ではない。


「ということです。どうします? とりあえず交流しますか?」


 創一が、まるで「近所に引っ越してきた人に挨拶にいくか」程度の軽さで尋ねた。


「軽い。あまりにも軽い」


 日下部は、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、胃のあたりを強く押さえて呻いた。


「でも向こう、話しかけてきてるっぽいですし。無視するのも悪いかなーって」


「それは分かります。分かりますが、これは人類史どころか、地球史上最大級のファーストコンタクト案件です」


 日下部は、血走った目で創一を睨みつけた。


「地球じゃなくてテラ・ノヴァ側ですけどね」


「そこが余計に難しいんです」


 日下部は深呼吸を繰り返し、暴走しそうになる思考を強制的に官僚としての「実務モード」へと切り替えた。パニックになっている暇はない。相手が何者であれ、対応のプロトコルを早急に構築しなければならないのだ。


「工藤さん。まず確認させてください。工藤さんに力を与えた存在……あの『KAMI』や『賢者・猫』と呼ばれる異星知性体。彼らとの関連性は?」


 日下部が、最も警戒すべき可能性を問う。もし相手がその上位存在の尖兵であるなら、外交などという概念すら通用しないかもしれない。


 創一は、顎を撫でて少し考えた。


「別だと思います」


「理由は?」


「俺に力を与えた存在なら、最初から日本語を理解してるはずですし、俺の持ってるテクノロジーの系統も知ってるはずです。ヤタガラスの船団を見たら、こっちが何者かある程度分かると思うんですよ。でも、向こうの通信は手探りっていうか、明らかに未知のものに遭遇したリアクションなんですよね」


「補足します」


 イヴが、データ解析の結果を提示する。


「対象船団の通信パターンは、既知のKAMI関連プロテクト反応、および賢者・猫関連の因果干渉痕跡とは一致しません。波長の特性、暗号化の手法、推進機関のエネルギースペクトル、いずれも我々のデータベースに存在する上位存在のシグネチャとは乖離しています」


「……その二つ、解析できるものなんですか?」


 日下部が、思わず眉をひそめて尋ねた。KAMIのプロテクトや因果干渉といった、神の領域の事象を『解析』できているという事実そのものが恐ろしい。


「禁則事項です」


 イヴは、ぴしゃりと冷たく返した。


「聞いた私が悪かったです」


 日下部は、素直に引き下がった。これ以上深入りしても、自分の精神が削られるだけだ。


「まあ、普通に知らない異星人って感じじゃないですかね」


 創一が気楽にまとめると、日下部は深い溜め息を吐いた。


「普通に知らない異星人、という言葉の圧がすごいですね」


 日下部は、手元の端末を取り出し、新たな思考のフェーズに入った。相手が神のような絶対的上位存在ではないのなら、物理的な「交渉」や「軍事的対峙」の可能性があるということだ。


「相手の技術レベルは?」


「現在解析中ですが、ヤタガラス外宇宙船団と同等、または一部領域で近似する水準と推定されます」


 イヴのその報告に、日下部の表情がサッと険しくなった。


「同等?」


「あ、すごいんだ」


 創一がのんきに感心する。


「肯定します。推進方式、船体構造、エネルギー反応、慣性制御と思われる挙動、いずれも地球側の現行技術を大幅に超越しています。我々の外宇宙船団のステルス網を突破し、相互に観測可能な距離まで接近できている時点で、彼らは星間航行能力を持つ高度な文明です」


「敵対した場合は?」


 日下部の声が、軍事・安全保障担当としての冷徹な響きを帯びる。


「不明です。我々の武装(指向性エネルギー兵器や重力制御兵器)がどの程度通用するかは、実際に交戦しなければ正確な確率は算出できません。……ただし、現時点で先制攻撃を行っていないこと、通信波を先に送信していること、一定距離を維持していることから、即時敵対種族である可能性は低いと推定します」


「ほら、そこまで悪い相手じゃなさそうですよ」


 創一が笑顔で言うと、日下部は容赦なく釘を刺した。


「工藤さん。宇宙文明が最初に撃ってこなかったから友好的、という判断は危険です。相手もこちらの戦力を見極めようとしているか、あるいは罠を張っているだけかもしれない。地球の歴史を見ても、笑顔で握手しながら背中にナイフを隠し持っている外交など日常茶飯事です」


「まあ、それはそうですね」


 創一は、あっさりと納得した。地球の泥臭い歴史については、日下部の方が専門家だ。


「判断の猶予はどれくらいありますか」


 日下部がイヴに問う。


「うーん、向こうが地球の人間と同じ時間感覚とは限らないですけど……」


「対象船団は、こちらの応答を待っているように見えます。現時点で接近速度は抑制されており、追跡・包囲軌道には入っていません。数時間から数十時間程度の猶予はあると推定します」


「数時間から数十時間で、銀河外交の基本方針を決めろと」


 日下部は、自らの肩にのしかかる絶望的なまでの重圧に、思わず天を仰いだ。


「大変ですね」


「あなたの案件です」


「俺、工場管理者なんですけど」


 創一の的外れな自己評価に、日下部は反論する気力すら湧かなかった。


「どちらにせよ、言語を理解しなければ交流はできません。相手の言語体系を解析し、翻訳するまでにどれくらいの時間がかかりますか? すぐには無理ですよね?」


 日下部が、最も現実的な物理的・時間的制約について尋ねた。未知の言語の解読など、地球の科学力では何年、何十年かかるか分からない。


 だが、創一は事もなげに言った。


「いえ、分かりますね」


「……今、何と?」


「テクノロジーツリーで、あらゆる種族の言語に対応する万能翻訳機みたいなのがあるんですよ。すでに研究済みです。多分それで分かります」


 日下部の動きが、再びピタリと停止した。


「万能翻訳機」


「はい」


「また聞いていないテクノロジーが出てきましたね」


 日下部の声のトーンが、極寒の吹雪のように冷え切った。


「補足します」


 イヴが、日下部の絶望をさらに深めるように解説を始める。


「正確には、言語構造、意味概念、文脈符号、非音声通信、電磁波・光信号・量子符号化通信などを解析し、相互理解可能な形式へ変換する『汎用異種知性体翻訳システム』です。これにより、相手がいかなる知覚体系を持つ生物であろうと、リアルタイムでの意思疎通が可能となります」


「説明されても胃が痛いだけですね」


 日下部は、ポケットから胃薬を取り出し、水も飲まずに噛み砕いた。

 この男の工場には、銀河外交に必要なツールすら、すでに「オプション装備」として揃っているのだ。


「便利ですよ?」


「便利という言葉で片付けていい技術ではありません。それが地球に持ち込まれれば、全てのスパイ活動や外交交渉の前提が崩壊します」


 日下部は、深呼吸をして己を取り戻した。

 ツールがあるなら、あとは「どう使うか」だ。


「こちらから応答するとして、何者として名乗るつもりですか」


 日下部が、外交において最も重要となる『主権の定義』について切り込んだ。


「銀河帝国『日本国』で良いですよね?」


 創一が、まるでゲームのギルド名を決めるような軽さで即答した。


「待ってください」


 日下部は、秒で制止した。


「駄目ですか?」


「駄目です、というより、総理と関係閣僚の承認なしに、銀河帝国を名乗らないでください」


「でも、なんか強そうじゃないですか。銀河帝国日本国。なろう系っぽくてカッコいいし、相手もビビって手を出してこないかもしれないですよ?」


「強そうだから名乗るものではありません。外交において『帝国』という呼称は、強烈な拡張主義と軍事的覇権を示唆します」


 日下部が頭を抱えていると、イヴが冷徹なロジックで日下部の主張を後押しした。


「銀河帝国を名乗る場合、相手文明から『領域支配型星間国家』と認識される可能性があります。これは、不必要な警戒を招き、先制攻撃の口実を与えかねない非推奨の名称です」


「ほら、イヴさんもそう言っています」


「じゃあ、テラ・ノヴァで繁栄した種族ってことにしましょう」


「日本国テラ・ノヴァ管理領とか、役所っぽくないですか?」


「役所っぽさは大事ですが、異星文明に通じるかは別問題です」


「相手文明が領土、主権、種族、国家、企業、集合知性、宗教体制のいずれを政治単位として認識しているか不明です。名称は慎重に選定すべきです」


 イヴの指摘は的を射ていた。地球の政治概念がそのまま宇宙に通じるとは限らない。


「その通りです」


 日下部が頷く。


「でも、最終的には日本が責任持つんですよね?」


「そうなります。ですが、地球の日本国と直接結びつけることは避ける必要があります」


「じゃあ表向きは、テラ・ノヴァを本拠にする日本国系文明?」


「そのあたりが落とし所かもしれません。ただし今ここで決める話ではありません」


 日下部は、ここで最も重要な、絶対に譲れない方針を創一に叩き込んだ。


「絶対に守るべき方針があります。……地球を明かさないことです」


「まあ、地球バレしたら面倒そうですよね。観光客とか来られても困るし」


「面倒では済みません。相手が友好的でも、地球はまだ防衛能力がありません。外交能力も、文明レベルも、相手に対して脆弱すぎます。もし地球の座標が割れれば、最悪の場合、我々は抵抗の余地なく植民地化されるか、滅ぼされます」


「地球文明は、現段階では星間接触に対する標準防衛・交渉・技術保全体制を保有していません」


 イヴが冷酷な事実を告げる。


「その通りです」


「ヤタガラスとかありますけど?」


「それはアンノウン由来の例外です。地球全体の文明レベルではありません。ヤタガラス一隻で地球を守り切れる保証はないのです」


 日下部は、創一に現実を突きつけた。

 地球が今、無事でいられるのは、創一というイレギュラーが存在し、テラ・ノヴァの技術が防波堤になっているからに過ぎない。地球人類そのものは、まだ銀河の荒波に出航できるほどの船を持っていないのだ。

 だからこそ、接触の主体は「地球の日本国」ではなく、「テラ・ノヴァを拠点とする未知の高度文明」として偽装しなければならない。


「現在、こちらから電波は出していないんですよね?」


「肯定します。ヤタガラス外宇宙船団は受信・観測のみを実施。能動通信、照準、接近、進路変更は行っていません」


「よし」


「無視してるみたいで失礼じゃないですか?」


「不用意に返事をする方が危険です。相手の言語や文化が分からない状態で適当な信号を送れば、それが宣戦布告と受け取られる可能性もあります」


「相手が怒ったら?」


「対象船団の通信強度に変化はありません。現時点では、応答待機と解釈されます」


「なら、少し待たせます。日本政府としての方針を決めます」


「相手、待ってくれますかね」


「宇宙文明が数時間待てないなら、そもそも外交できません。星間距離を越えてきている以上、彼らの時間感覚はもっと悠長なはずです」


「たしかに」


 日下部は、ここで自らの失策を率直に認め、深く頭を下げた。


「正直に言います。テラ・ノヴァ側で異星文明と遭遇する可能性を、我々は過小評価していました」


「まあ、俺もあんまり考えてなかったです」


「工藤さんはそうでしょうね」


「ひどい」


「事実です」


 日下部は、自省の念を込めて続ける。


「地球側の国際調整、中国、ロシア、核融合炉、医療用キット、火星有人飛行。そちらに意識を取られすぎました。ですが本来、テラ・ノヴァが外宇宙へ船団を出している以上、異星文明と遭遇する可能性は常にありました。これは、国家の安全保障を担う者として痛恨のミスです」


「じゃあ今から挽回ですね」


「はい。挽回します」


 日下部は、決して絶望に押し潰されることなく、実務家としての強靭な精神力で即座に暫定方針をまとめた。


「現時点では応答しない。観測のみ継続。相手艦隊の距離、挙動、通信パターンを記録。地球の存在は絶対秘匿。接触主体はテラ・ノヴァ側文明とする。日本国という名称の使用は保留。銀河帝国『日本国』は政府承認まで禁止。万能翻訳機による通信内容の解析を開始。相手の敵対兆候を厳重に監視。……そして、直ちに日本政府の緊急会議を招集します」


 創一は、そのリストを聞いて少しだけ首を傾げた。


「アメリカには知らせないんですか?」


「今すぐは知らせません。地球外文明接触の情報を出す範囲は、極限まで絞る必要があります。アメリカに知られれば、彼らは必ず主導権を握ろうとして介入してきます」


「ヘイズ大統領、怒りません?」


「怒るでしょうね」


「いいんですか?」


「今怒られるのと、銀河文明に地球の存在を知られるのでは、前者の方がましです」


「合理的判断です」


 イヴが、日下部の決断を支持した。


「ありがとうございます。胃は痛いですが」


 日下部は、再び胃のあたりを押さえた。


「でもまあ、相手も話しかけてきてるなら、そんな悪い人たちじゃないかもしれませんよ。テラ・ノヴァの文明として名乗って、適当に友好メッセージ送ればいいんじゃないですか?」


「適当という単語を銀河外交に使わないでください」


「じゃあ丁寧に」


「丁寧なら良いという話でもありません。文化が違えば、こちらにとっての丁寧な態度が、向こうにとっては最大の屈辱になることだってあり得ます」


「マスター。相手文明との初回通信文案を作成しますか」


 イヴが提案する。


「じゃあ、“こんにちは、こちら銀河帝国日本国です”で」


「禁止です」


「却下されました、マスター」


「早いなぁ」


 創一は、少し残念そうに肩をすくめた。


「日本政府として方針を決めます。議題は三つ。第一に、銀河帝国『日本国』を名乗る是非。第二に、テラ・ノヴァ側文明としての基本設定。第三に、異星文明に対する初回応答方針です」


「大変ですね」


「他人事みたいに言わないでください」


「俺、待機してればいいですか?」


「はい。とりあえず、反応はなし。能動通信はしない。相手を刺激しない。観測と解析だけ続けてください。……決して、勝手に返事をしないように」


「承知しました。ヤタガラス外宇宙船団へ、非応答待機、観測継続、敵対兆候監視を指示します」


「じゃあ、待機で」


「こちらは緊急会議を開きます。大至急、矢崎総理に報告しなければなりません」


「頑張ってください」


「工藤さんも当事者です」


「えー」


「えー、ではありません。次回の通信時には、必ず工藤さんにも同席していただきますからね」


 日下部は、逃げ腰の創一にしっかりと釘を刺し、足早にオペレーションルームを後にした。彼の背中は、これから始まる前代未聞の「銀河外交対応会議」への重圧で、いつも以上に重く沈んで見えた。


 ◇


 日下部が去り、広大なオペレーションルームには創一とイヴのホログラムだけが残された。


「銀河帝国日本国、駄目かなぁ。俺は結構気に入ってたんだけど」


「名称としては威圧的です」


「でも強そうじゃん。宇宙の海賊とかに舐められなくて済むし」


「外交上、強そうな名称は相手の警戒心を高め、不必要な軍事的緊張を招く可能性があります」


「じゃあ、日本国テラ・ノヴァ支部?」


「地球日本との接続を示唆するため非推奨です」


「うーん……難しいな、銀河外交」


 創一は、ホログラムの画面を指先で弾きながら、大きく背伸びをした。


「肯定します。マスターには不向きです」


「そこは否定してよ」


「否定材料が不足しています」


 イヴの無慈悲なツッコミに、創一は苦笑するしかなかった。


 その頃。

 テラ・ノヴァから遥か遠く離れた、漆黒の外宇宙。

 圧倒的な質量を持つヤタガラス外宇宙船団は、推進器の光を落とし、完全な静寂の中で虚空に浮かんでいた。

 そして、そのセンサーの先、一定の距離を置いて静止している未知の異星船団。幾何学的な構造を持つその巨大な艦列からは、規則正しい通信波が、まるで暗闇の中で灯りを点滅させるように、何度も何度も繰り返して発信され続けていた。


 まだ返事はない。

 だが、見えない糸はすでに張り詰め、接触のプロトコルは静かに動き出している。


 その日、テラ・ノヴァの外宇宙で、まだ名も決まらない国家が、初めて銀河の誰かに見つかった。

 後に銀河史において“日本国の第一接触”と呼ばれることになるその歴史的事件は、一人の工場長の「日下部さんに聞こう」という極めて無責任な丸投げから、ひっそりと幕を開けたのである。



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― 新着の感想 ―
翻訳機が無くてもどうにかなりそうだけど対話できないと大変だからなぁ誰かさんの胃が。例え身振り手振りでも伝わるわけじゃないからな、地球でも国際的に定められた手話なのにジャエスチャーがやばいの多いからな…
テラ・ノヴァが何処に有るか明言されてませんよね? 天の川銀河系内でしょうか??
日下部さんそろそろ一本いっときます? という幻聴が聞こえそう案件
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