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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第十部 列に並ぶ列強と、配られる奇跡編

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第153話 十五年先のスパコンと、四か月充電不要の義足

 アメリカ合衆国ワシントンD.C.。

 ホワイトハウスの地下深くに位置する大統領直轄の危機管理センター(PEOC)、通称「セキュア・ルーム」。

 外部のあらゆる電磁波、音声、物理的振動を完全に遮断するこの絶対的な密室には、常に無機質で凍てつくような空気が循環している。


 円卓の上座に座る第48代アメリカ合衆国大統領、キャサリン・ヘイズは、手元に置かれた分厚いレポートの束を指先で弾き、小さく息を吐き出した。


「……今月は、アンノウン機関からの公式報告はなかったはずよね」


 ヘイズが、円卓の向かいに座るCIA長官エレノア・バーンズに確認する。


「はい。表向きの報告はありません。今後、アンノウン機関の公式報告は不定期になる見込みです」


 エレノアが、氷のように冷たく、感情の読めない声で答えた。


「ただし、裏では止まっていません。むしろ、かなり進んでいます」


 ソファに優雅に脚を組んで座るタイタン・グループの総帥、ノア・マクドウェルが、楽しげに口角を上げた。


「でしょうね。静かな時ほど、ろくでもない進捗があるものよ」


 ヘイズは、重い足取りで歩くように、会議の口火を切った。

 配られた資料のタイトルは、『アンノウン関連技術進捗報告:核融合炉・宇宙開発・機能回復型義肢』。

 どれ一つ取っても、大統領の寿命を確実に削り取る劇薬である。


 ◇


「まずは、核融合炉の進捗から報告します」


 エネルギー省から出向しているトップクラスの核融合炉科学者が、立ち上がって説明を始めた。彼は、疲労の色が濃い顔をしているが、その瞳には未知への探求心がギラギラと燃え盛っている。


「アメリカ側は、先日提供された『13m級教育用核融合炉』の基礎教科書群の理解までは、比較的スムーズに進みました」


 科学者は、そこで言葉を区切り、苦い顔をした。


「しかし、それを基に、13m級核融合炉の全体挙動を再現する『数理モデルの構築』において、完全に難航していました」


「数理モデルね。科学者じゃないから、正直ピンと来ないのだけど」


 ヘイズが、説明を求めるように科学者を見た。


「簡単に言えば、核融合炉という嵐を、コンピューターの中に正確に再現する作業です」


 ノアが、横から分かりやすく補足した。


「燃料、熱、磁場、材料、安全停止系。その全部を同時に、ミリ秒単位の精度で計算し続けなければならない。炉の中でプラズマがどう暴れるか、完璧なシミュレーションを行うということです」


「しかも、一つの計算が合っても駄目なのです」


 科学者が、悲痛な声で続ける。


「炉全体として安定するか、異常時に止められるか、安全系が破綻しないかを検証する必要があります。炉内反応の非線形性が強すぎ、熱制御モデルが複雑で、既存の核融合炉シミュレーションの延長では全く精度が足りませんでした。アンノウン式の制御思想を地球側の数式に落とし込む作業は、我々の演算資源スーパーコンピューターの限界を試すものでした」


「つまり、真面目にやると時間がかかる」


「はい。アメリカ側の演算資源で正攻法を取れば、数ヶ月は見込む必要がありました」


 ヘイズは、腕を組んで深く頷いた。


「それが、自前での限界だったのね」


「はい」


 エレノアが、手元の端末を操作し、メインスクリーンに新たな資料を投影した。


『日本側13m級教育炉モデル:受領版』


「……ですが、日本側、つまりアンノウン機関は、我々より大幅に先行していました」


 科学者は、悔しさと畏敬が入り混じった声で言った。


「日本側はすでにモデル構築を終えています。現在はモデル内部でチェックを回している段階です」


 ヘイズの眉がピクリと動く。


「私たちは?」


「自前モデルの構築を続けるより、日本側モデルを受け取って検証した方が早いと判断しました」


「つまり、自分たちのモデルを捨てたのね」


 ヘイズの直截な指摘に、科学者は少しだけ顔をしかめた。


「主系統を差し替えた、という表現が適切かと」


「捨てましたね」


 ノアが、容赦なく断言した。


「……実務上は、そうです」


 科学者が、力なく認めた。


「フランスも同様です。独自モデル構築を継続しつつ、主たる検証作業は日本側モデルへ移行しています」


 エレノアが、欧州の状況を付け加える。


 ヘイズは、深く息を吐き出した。


「日本が異常なのは今さらだけど、そこまで差がついた理由は?」


 アメリカとフランスは、世界最高峰のスーパーコンピューター群を保有している。いくら日本の科学者が優秀でも、計算速度の物理的な壁を越えられるはずがない。


「演算資源です」


 科学者が、信じられないものを見るような目で答えた。


「アメリカ側は、最近、日本側から一部の処理能力をクラウド経由で借りています。その処理速度が……異常でした」


「どれくらい?」


「我々が数週間単位で見積もった処理が、比較にならない速度で返ってきました。体感ではありません。ログ上の処理時間が異常なのです」


 会議室が少し静かになる。


「控えめに見ても、現行の地球上のトップクラスのスパコンの百倍を上回る処理性能を持つ演算資源が使われている可能性があります」


 ヘイズは、その数字を反芻するように呟いた。


「百倍」


「はい。しかも、これは恐らく制限下です。計算資源の上限が変動なしで毎回同じです」


 ノアが、楽しげに付け加えた。


「制限して百倍?」


 ヘイズが、信じられないというようにノアを見た。


「日本側は詳細を明かしていません。ただ、演算資源の提供元はアンノウン由来と見るべきです」


 エレノアが、冷徹な情報分析の結果を述べる。


「アンノウンは核融合炉だけじゃなく、スパコンまで自作するのね」


 ヘイズは、もはや呆れるしかなかった。


「万能の魔法使いですから」


 ノアが、嬉しそうに言う。


「便利な言葉ね、魔法使い」


 ヘイズは、ノアを軽く睨みつけた後、現実に立ち返った。


「現行のスパコンがそこまで進化するのに、どれくらい必要なの?」


「超楽観なら八年程度。現実的には十五年前後。保守的に見るなら二十年以上です」


 ノアが即答する。


「十五年先のスパコン」


「はい。しかも、これは国家プロジェクトと半導体産業を順調に進めた場合の話です。現実には電力、冷却、コスト、半導体供給網、ソフトウェア最適化、すべてが壁になります」


「その演算資源を、アンノウン機関は核融合炉モデルの構築に使っています。結果、日本側は我々より大きく先行しました」


 科学者が、敗北宣言のように締めくくった。


「アンノウンが作った十五年先のスパコンで、アンノウンが設計した核融合炉を計算しているわけね」


 ヘイズは、自分たちが相手にしているもののスケール感を改めて突きつけられた。


「構図としては、そうです」


 ノアが頷く。


「核融合炉は順調でいいのよね? 日本が異常なのは今さらだし」


 ヘイズが、疲れ切った声で確認する。


「大統領、完全に麻痺していますが、まあ良いでしょう」


 エレノアが、氷のような声で同意した。


「麻痺しないと、この職務はやっていられないわ」


 ヘイズは、自嘲気味に笑った。


 ◇


「核融合炉の今後の方針について確認します」


 エネルギー省の担当が、居住まいを正して説明を始めた。


「アメリカは日本モデルを主系統として検証を進めます。自前モデルは比較検証用として残します。フランスも同様の方針です。日本側モデルと我々の実験設計を照合し、実証の確度を高めます」


「EUへの対応は?」


 ヘイズが、国際政治の火種について尋ねる。


「フランスのITER関連施設の実証準備も継続します。日米仏で定期的に成果報告を行いますが、実験データの無制限共有はしません」


 エレノアが、冷徹な外交方針を述べる。


「EUへの生データ提供は拒否します。EUには安全評価や環境影響など、限定情報だけを検討材料として渡します」


「EU議会はまだやり合っているのよね」


 ヘイズは、欧州の泥沼の議論を思い出し、少しだけ顔をしかめた。


「はい。フランスのITER関連施設をめぐり、EU議会は共同管理を求めています」


「こちらとしては?」


「EU全体に核融合炉データが広がる状況は避けたい。成果の定期報告までは許容できますが、実験データの受け渡しは反対です」


 ノアが、アメリカの国益を代弁する。


「フランスもその線です。成果概要は出すが、技術中核と実験データは渡さない方針で固まっています」


「EU議会だから、時間はかかるでしょうね」


 ヘイズが、民主主義の鈍重さを指摘する。


「ええ。彼らが会議している間に、実験が進む可能性があります」


 ノアが、皮肉っぽく笑った。


「皮肉ね」


「欧州らしいとも言えます」


 ノアは、肩をすくめた。


 ◇


「次は宇宙開発の進捗です」


 NASA長官が、少し明るい表情で立ち上がった。彼の目には、宇宙への純粋なロマンが輝いている。


『新型推進剤運用計画:月面有人探索/無人火星探索』


 スクリーンに、新たな計画書のタイトルが表示された。


「NASAとJAXAが共同で、月面有人探索を計画しています」


 NASA長官は、興奮を抑えきれない様子で語り始めた。


「日本から提供された新型推進剤と慣性ダンパーにより、これまでの常識を覆す高速航行が可能となります。計算上、月まで約42分で到達可能です」


「……月まで42分」


 ヘイズは、その数字を聞いても、あまり驚かなかった。


「はい。さらに、無人火星探索も計画中です。火星まで約5日で到達可能です。物資輸送コストが激減し、宇宙探査の常識が根本から変わります」


 NASA長官は、目を輝かせている。


「月面有人探索については、JAXAと具体的なミッション設計に入っています。無人火星探索も、現実的な計画として検討可能になりました」


「火星まで5日」


 ヘイズは、淡々と確認する。


「はい。従来の惑星間航行とは別物です」


「予算内で頑張ればいいんじゃない?」


 ヘイズの冷淡な反応に、NASA長官は少し固まった。


「……はい。予算内で、最大限の成果を目指します」


 ノアが、横から口を挟んだ。


「大統領、宇宙関連は反応が薄いですね」


「ロマンは分かるわよ。月面も火星も、子どもの頃なら興奮したと思う」


 ヘイズは、少しだけ遠い目をした後、すぐに現実に戻った。


「でも今のアメリカは、医療インフラ、老朽化した橋、電力網、保険制度、退役軍人医療、地方病院の閉鎖、積み重なった問題だらけよ。大統領としては、火星より地上が先に見える」


「現実主義ですね」


「大統領じゃなかったら、素直に喜んでいたかもね」


 ヘイズは、自らの立場を冷徹に自覚していた。


「民間側では、スペースXがかなり強く動いています」


 エレノアが、別の資料を提示する。


「スペースX側は、火星有人基地を本気で掲げる方向です。新型推進剤の実用化により、輸送時間と補給概念が激変したことで、民間投資家も反応し、宇宙関連株が動いています。宇宙保険、宇宙建設、月面資源関連企業も浮き足立っています」


「好きにしたら?」


 ヘイズは、興味なさそうに言った。

 NASA長官が、また少し固まる。


「大統領、薄い」


 ノアが、苦笑しながら指摘する。


「民間企業が夢を見るのは自由よ。国として必要な安全審査と予算管理を通すなら、止める理由はないわ」


「ただ、民間の火星基地構想が先走ると、国際法や惑星保護、火星資源権の議論が一気に燃えます」


 エレノアが、法的なリスクを懸念する。


「また仕事が増えるのね」


「はい」


「宇宙ロマンって、だいたい書類を増やすのね」


 ヘイズは、頭痛の種が増えることを予感し、深く溜め息をついた。


 ◇


「次の報告です」


 科学技術担当が、資料のページをめくった。


『機能回復型人工義手・人工義足:アメリカ側初期装着報告』


「日本から、機能回復型人工義手と人工義足のサンプルが届きました」


 その言葉に、会議室の空気が少し変わった。


「対象者は、アメリカ傷痍軍人会と退役軍人省を通じて選ばれた患者です。条件は、戦傷または任務中の事故で四肢を失った退役軍人であり、神経接続に適合しやすい症例。長期メンテナンスと検査に同意し、軍事利用ではなく医療目的での使用に限定されています。出力は常人範囲に制限されています」


 保健福祉省担当が、手術の結果を報告する。


「装着手術は問題なく完了しました。初期稼働も安定しています」


 ヘイズの目の色が少し変わった。


「患者は?」


「触覚、温度感覚、圧覚の再現に成功しています。患者本人は、生身に近い感覚だと証言しています」


 会議室に、どよめきが走った。


「温度も?」


 ヘイズが、驚きを隠せずに身を乗り出す。


「はい。温かい、冷たい、圧力、質感。すべて生身とほぼ同等の感覚として認識しています」


「医療としては、核融合炉より分かりやすく人を泣かせる技術ですね」


 ノアが、静かに言った。


「ええ。これは強いわ」


 ヘイズは、この技術がもたらすであろう社会的、そして政治的なインパクトの大きさを瞬時に理解した。


「メンテナンスは3か月に1回。それで日常生活に戻れる」


「はい。初期症例としては極めて良好です」


「ただし、日本側はあくまで医療目的、機能回復型としての提供を強調しています。出力は常人範囲に制限されています」


 エレノアが、日本側の意向を念押しする。


「常人の筋力を再現するだけでも、既存義肢とは別次元です」


 ノアが、技術の凄まじさを指摘する。


「傷痍軍人会は?」


 ヘイズが、最も警戒すべき政治的圧力について尋ねる。


「猛烈にプッシュしています」


 退役軍人省担当が、苦り切った顔で答えた。


「でしょうね」


 ヘイズは、予想通りの展開に深く頷いた。


「“いくらでも出すから、この技術を普及させるべきだ”という声が出ています」


「傷痍軍人会は、こちらとしても非常に気を使う組織よ」


「票、世論、倫理、軍への敬意。全部持っていますからね」


 ノアが、彼らの持つ政治的影響力の大きさを解説する。


「そして実際に、彼らの主張は正しい。戦場で手足を失った人が、生身に近い感覚を取り戻せるなら、国家として無視できない」


「問題は、導入速度と技術管理です」


 エレノアが、現実的な課題を突きつける。


「ええ。良い技術だからこそ、政治的圧力が危険になる」


 ヘイズは、国内政治の火種になりかねないこの問題に、頭を抱えた。


 ◇


「すでにアメリカ軍が、傷痍軍人会の医療枠を通じて、人工義手義足の技術解析可能性を検討しています」


 エレノアが、さらに頭痛の種を投下した。


「でしょうね」


 ヘイズは、軍の強欲さを知っているだけに、驚かなかった。


 国防総省関係者が、やや前のめりになって説明を始める。


「触覚や温度感覚の完全再現は難しいとしても、反応速度、駆動制御、バランス補正、出力系の一部は、既存技術でも解析できる可能性があります」


「リバースエンジニアリングですね」


 ノアが、彼らの意図を端的に言い表す。


「医療技術の理解です」


 国防総省関係者が、慌てて言い繕う。


「言い換えが上手ね」


 ヘイズは、冷たく言い放った。


「日本側は、制御中核と製造工程の解析を禁じています。契約上、破壊的解析も許可されていません」


 エレノアが、契約の縛りを強調する。


「非破壊検査の範囲であれば」


 国防総省関係者が食い下がる。


「そこから先に行かないように」


 ヘイズが、鋭い視線で国防総省関係者を睨みつけた。

 関係者は、口を噤んで引き下がった。


「軍は浮かれています。無理もありません。触覚や温度は無理でも、反応速度とパワー制御だけで、既存義肢技術は飛躍します」


 ノアが、軍の心理を代弁する。


「だから頭が痛いのよ」


 ヘイズは、暴走しがちな軍をどう手綱を握るか、頭を悩ませていた。


「問題は、義手義足本体だけではありません」


 科学技術担当が、さらに分厚い資料をめくった。


「まだあるの?」


 ヘイズが、心底嫌そうに言う。


「内部の電源ユニットです」


 会議室が、嫌な静けさに包まれた。


「推定ですが、義肢に搭載されている小型バッテリーは、既存民生用バッテリーの少なくとも数百倍、条件によっては1000倍級のエネルギー密度を持つ可能性があります」


「……義手のバッテリーが?」


 ヘイズが、言葉を失う。


「はい。アンノウン基準では、恐らく補助部品です」


 ノアが、またしても楽しそうに言う。


「常人の筋力を再現するレベルに制限しているため、通常使用なら4か月程度、充電なしで稼働可能と見られます」


「4か月、充電なし」


 ヘイズは、その数字の異常さを反芻した。


「耐水仕様のため、通常のシャワーや雨程度では問題ありません」


 エレノアが、さらに性能の良さを付け加える。


「さらっと超テクノロジーを出さないでほしいわ」


 ヘイズは、もはや怒る気力すら失せていた。


「アンノウン側にとっては、義肢を動かすための電池です」


 ノアが、彼らの常識のずれを指摘する。


「こちらにとっては、電力革命の種よ」


 ヘイズは、このバッテリー技術がもたらす影響の大きさを瞬時に理解した。


 EV、軍用ドローン、携帯電子機器、宇宙機、災害用電源、医療機器、無人潜航機、歩兵装備、電力貯蔵システム、ロボット、航空機。

 あらゆる分野で、このバッテリー技術は革命を起こす。


「もしこのバッテリーを解析・量産できれば、義肢どころではありません。エネルギー貯蔵技術全体が変わります」


 エネルギー省担当が、興奮を隠しきれない様子で言う。


「当然、軍も欲しがる」


 ヘイズが、国防総省関係者を見る。


「すでに関心はあります」


「正直ね」


 ヘイズは、軍の欲望の深さにため息をついた。


「日本側は、義肢を医療技術として提供しました。そこに搭載されたバッテリーを目的外に解析し始めると、信頼関係が壊れます」


 エレノアが、外交的リスクを警告する。


「ただ、軍や産業界から見れば、目の前に宝石箱が置かれている状態です」


 ノアが、誘惑の強さを語る。


「鍵がかかっている宝石箱ね」


「ええ。開けたら日本が怒る宝石箱です」


 ノアは、ニヤリと笑った。


 ◇


 ヘイズは、深く息を吐き、今日の報告を整理し始めた。


「核融合炉は、日本モデルで進める。プライドより速度と安全を優先。日本・フランスとの連携継続。EUへの実験データ拡散は認めない。成果概要と安全情報の共有に留める」


 ヘイズの言葉に、エネルギー省担当とエレノアが頷く。


「宇宙。NASAとJAXAの月面有人探索は予算内で推進。無人火星探索も検討。スペースXの火星有人基地構想は安全審査と法整備を条件に静観。宇宙関連法制の準備を進める」


 ヘイズは、NASA長官を見た。


「火星に行くのは結構。ただし、地上の道路と病院を忘れないで」


 NASA長官は、少しだけ神妙な顔で頷いた。


「人工義手義足。傷痍軍人向け医療として優先検討。日本との協力枠拡大を希望。軍事強化用途にはしない。リバースエンジニアリングは契約範囲内に制限。バッテリー解析は慎重。傷痍軍人会への説明を丁寧に行う」


 ヘイズは、国防総省関係者を鋭く睨みつけた。


「この技術は、戦争で失われた身体を取り戻すために使う。兵士を強くするためではない」


「軍はその線を踏み越えたがるでしょう」


 ノアが、冷ややかに警告する。


「踏み越えたら、私が踏み返す」


 ヘイズの目に、大統領としての強い意志が宿る。


「発言としては強いですが、実務上はかなり難しいです」


 エレノアが、現実的な困難さを指摘する。


「だからあなたたちがいるのよ」


 ヘイズは、二人のディープステートに全幅の信頼と、重い責任を負わせた。


 会議の最後、ヘイズは資料の束をパタンと閉じた。


「核融合炉のためのスパコンが十五年先。義足のためのバッテリーが千倍。火星まで五日。全部、主役じゃない顔で出てくる」


「アンノウン技術の恐ろしさは、主目的だけではありません。副産物も文明の階段を飛ばします」


 ノアが、アンノウンの真の恐ろしさを語る。


「そして階段を飛ばされた側は、制度と法律を後から作ることになります」


 エレノアが、官僚としての苦悩を口にする。


「いつも通りね」


 ヘイズが、自嘲気味に笑う。


「いつも通りです」


 ノアも、同調して微笑んだ。


「日本に返答して。核融合炉モデルの提供に感謝。義手義足の初期症例は良好。傷痍軍人向け協力枠を正式に協議したい。バッテリーと制御中核については、契約範囲を守ると伝えて」


「了解しました」


 エレノアが、短い返事をする。


「そして軍には、勝手に宝石箱を開けるなと伝えて」


「かなり強めに?」


 ノアが、楽しげに問う。


「かなり強めに」


 ヘイズは、力強く言い切った。


 会議室から、参加者たちが次々と退室していく。

 誰もいなくなったセキュア・ルームで、ヘイズは一人、天井を仰ぎ見た。


「大統領じゃなかったら、火星まで五日に素直に喜べたのにね」


「辞任しますか?」


 扉のところで立ち止まったノアが、悪戯っぽく尋ねる。


「冗談でも言わないで」


 ヘイズは、深く、本当に深いため息をついてから、再び立ち上がった。

 彼女の戦いは、まだ始まったばかりなのだ。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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