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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第九部 空の街ヤタガラスと、次の奇跡を探す世界編開始

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第131話 全部計算通りに見えるだけ

 首相官邸、地下五階。

 地上から隔絶されたこの『特別情報分析室』には、外界の喧騒は一切届かない。

 壁面に埋め込まれた吸音材が空気の振動を殺し、高出力のジャミング装置が発する、耳の奥に微かに残るような不可聴のハミングだけが室内に満ちていた。

 円卓を囲むのは、この国の舵取りを実質的に担う者たちだ。副島総理、日下部参事官を筆頭に、厚労、財務、経産、外務の各省から選び抜かれた精鋭、そして世論分析を担う内閣情報調査室の幹部。彼らの表情には一様に、深い疲労と、それ以上に重い「現実」が刻まれていた。


「——ジャミング、正常作動。周囲に物理的な接近もありません」


 日下部が手元の端末を操作し、淡々と宣言した。その声は、かつての絶望的な局面とは異なり、どこか実務的な落ち着きを帯びている。


「では、第一種から第三種までの先進微細医療技術、およびサウジアラビア政府系資本による『パックス・ファンド』の運用開始から一ヶ月。現状の棚卸しと定例確認を始めます」


 円卓の主座に座る副島総理が、深く椅子に背を預け、軽く顎を引いた。


「まずは、数字から聞こうか。どれほど社会に『刺さった』のか、な」


「承知いたしました。まずは財務省および基金窓口担当より、パックス・ファンドの初動報告を」


 促された財務省の担当者が、眼鏡のブリッジを押し上げ、タブレットに映し出された膨大なデータを読み上げ始めた。


「基金の受付開始から三十日。総合窓口への問い合わせ件数は、速報値で百四万二千三百件を超えました。単一の支援基金に対する初動としては、我が国の憲政史上、類を見ない数字です」


 会議室に、僅かなざわめきが広がった。百万人。それは単なる数字ではなく、この国で「詰んでいた」人々の数そのものだ。


「うち、一次審査へ回した具体的な申請件数は三十一万件。内訳は、医療費支援関連が二十二万件と突出しており、次いで就学・奨学金代替が二十七万件。住宅・地方再生関連が三十七万件、若年層の起業・事業再建が十八万件となっております。重複申請を含みますが、社会の各層から文字通り『殺到』している状況です」


 副島総理が、苦い笑みを浮かべて天井を仰いだ。


「百万人か……。国民がどこで足止めを食らい、どこで未来を諦めていたかが、丸見えだな。就学支援と住宅関連がこれほど多いとは。少子化対策基金を二十兆円積んだところで、目の前の金利という壁に絶望していた連中がいかに多かったか、ということか」


「はい。特に奨学金の無利子借り換え枠については、二十代から三十代の層から『救済だ』という悲鳴に近い反響が寄せられています。金利という概念そのものを一時的に凍結させた衝撃は、当初の予測を遥かに上回っています」


「次は厚労省だ」


 日下部が視線を転じる。厚労省から出席した審議官は、緊張した面持ちで背筋を伸ばした。


「第三種特定先進微細医療技術——通称『がんしぼり君』の運用報告です。実投与を開始した患者数は、一ヶ月で一万七千八百人に到達しました。現在、指定基幹病院での審査を通過し、待機状態にある患者が四万三千人。今年度内の累計到達予測は、控えめに見積もって八万人規模となります」


「一万七千……」


 外務省の担当者が、唸るように呟いた。


「ただの新薬導入じゃない。全国の拠点で、これだけの人数が既にナノマシンを体内に受け入れているのか」


「さらに、全国四十七都道府県の指定基幹病院の整備が完了し、基金による補助スキームが完全に浸透した後の中期予測では、常時二十五万人規模の運用を想定しております」


 厚労省の審議官が、言葉を選びながら付け加えた。


「もはや『限定導入』という詭弁が通用する数字ではありません。実態としては、我が国のガン治療の基幹を成す、巨大な社会インフラの入口に立っています」


 会議室を沈黙が支配した。

 一ヶ月。たった一ヶ月で、この国は「治らないはずの病」を管理下に置き、「逃げられないはずの金利」を無効化した。


「……大成功、と言っていいのだろうな」


 副島総理が、自分自身に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「各地で現場の混乱はある。手続きの不備も、病院の窓口での怒号も聞いている。だが、爆発的な暴動も、大規模なシステム停止も起きていない。制度は回り始め、社会は、少なくともその希望を食い繋いでいる。そうだな、日下部くん」


「左様でございます」


 日下部が、淡々と分析を付け加える。


「現場の悲鳴は、あくまで『多忙』と『混乱』によるものです。制度に対する根本的な拒絶や、不信による反発は、今のところ統計的に抑え込まれています。理由は大きく四つ。一つは、中東基金が予想以上に早く、不満の受け皿として機能したこと。二つ目は、『がんしぼり君』が完治を謳わず、あくまで『管理・延命』という現実的な立ち位置を取ったことで、過剰な期待と絶望の揺り戻しを回避できたこと」


 日下部はタブレットの画面をスワイプした。


「三つ目は、全国同時整備により、地方格差への不満を事前に封じ込めたこと。そして四つ目——これが最も皮肉な点ですが、ネット上の世論が、当事者たちの投稿によって劇的に反転したことです。初期の冷笑や陰謀論は、今や『実益』の前に霧散しつつあります」


「希望を見せる速度と、絶望を制度で受け止める速度が、ぎりぎりで釣り合った……というわけか」


 副島総理の言葉に、内閣情報調査室の分析担当が挙手した。


「その世論についてですが、非常に興味深い、あるいは不気味な傾向が出ております。資料の六ページ目をご覧ください。陰謀論的な言説、特に『日本政府・超天才黒幕説』が、もはや揺るぎない主流派として定着しています」


 スクリーンに、ネット掲示板やSNSから抽出されたワードクラウドが表示される。

『完璧な二段ロケット』『サウジとの密約』『命と金のハック』『全ては副島のシナリオ』——。


「ネット上の有識者(自称を含む)たちの間では、今回の流れは完全にこう総括されています。『日本政府は、がんしぼり君による高額医療の絶望をわざと先に作り出し、その不満が爆発する瞬間に、用意していた中東基金をぶつけて国民の資産を合法的に管理下に置いた。この完璧なタイミングは、数年前から緻密に設計されていたものだ』と」


 副島総理が、呆れたように失笑した。


「……まあ、外から見ればそう見えるだろうな。あんなに綺麗にアメとムチが飛んできたんだ。私が国民の一人だとしても、この政府には悪魔のような策士がいると疑うだろう」


「世論はさらに、日米同時導入や、サウジ皇太子の来日、北方領土の返還すらも、全てはこの『医療・金融支配』を完成させるための布石だったと結論づけています」


 分析担当が、乾いた声で続けた。


「もはや、『アンノウン(匿名の天才)』という存在すらも、政府が地下に囲い込んでいる計算機の一部だと囁かれています。皮肉なことに、政府が有能であればあるほど、国民は安心し、同時に畏怖を深めている。今の支持率は、その『恐怖を伴う信頼』に支えられています」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、日下部が、今日一番の「心底嫌そうな顔」をして、深く溜め息をついた。


「……完全に偶然です」


 その一言で、会議室の空気が微かに揺れた。


「実態を言えば、全ては行き当たりばったりの後付けです。工藤氏から突発的に投げ込まれたオーパーツを、我々が死に物狂いで制度という名のパッチで塞いできただけです。中東基金にしても、月見学の折にたまたまヤタガラスを見せたら、向こうの皇太子が勝手に感動して金を置いていったに過ぎない」


 日下部は、自分の胃のあたりを軽く押さえた。


「我々がタイミングを設計したのではない。工藤氏の気まぐれに、この国の官僚機構が全力で振り回され、地面に叩きつけられる寸前でなんとか体勢を立て直した結果が、外からは『完璧な二段ロケット』に見えているだけです。我々は社会設計の天才集団ではなく、未曾有の災害の後始末を続けている清掃員に近い」


「中東も、本当にたまたまでしたからね……」


 副島総理も、自嘲気味に同調した。


「たまたま月でヤタガラスが飛んでいて、たまたま気に入られて、たまたま基金の提案が来たのが、がんしぼり君の制度化と重なった。外から見れば神がかり的な一手に見えるでしょうが、中ではただの綱渡りだ。閣議決定だって、資料の誤字を直したのは発表の十五分前だったというのに」


「結果論としては、天才的に見えます。そして国家としては、その誤解を利用する他ありません」


 経産省の担当者が口を開いた。


「実は、あまりにも『政府の陰謀だ』という論調が強くなりすぎたため、我々の広報チームがいくつか否定工作を試みました」


 会議室の空気が、少しだけ滑稽なものへと和らいだ。


「工作の内容は?」


「はい。SNSや掲示板で、『いや、これは単なる偶然の積み重ねだろう』『政府にそんな能力はないはずだ』『中東との接続は後付けに見える』といった、極めて常識的で真実に近い論調を薄く流しました。工藤氏という個人の突発性を匂わせる書き込みも混ぜました。しかし、結果は惨敗です」


「惨敗?」


「はい。真実を語ろうとしたそれらのアカウントは、即座に『日本の国家戦略を認めたくない反日パヨク』『政府の有能さを隠蔽しようとする工作員』扱いされ、ネットの自警団によって完全に叩き潰されました」


 会議室に、耐えきれないといった風の、乾いた笑いが漏れた。

 副島総理も、額を押さえて肩を揺らした。


「真実を言うと反日になる……か。この国のインターネットは、一体どうなっているんだ」


「今の国民は、『強い日本』を求めています。そして、このオーバーテクノロジーの連発を、『偶然の産物』だと認めることは、彼らにとってのプライドが許さないのでしょう。彼らは、自分たちの国が、世界をチェス盤のように弄ぶ悪魔的な天才であってほしいと願っている。だから、真実(あてずっぽうの連続)よりも、心地よい陰謀(完璧な計画)を信じる。……もはや、止める術はありません」


 日下部が、話を現実の運営へと引き戻した。


「陰謀論の中身は間違っています。ですが、国民や諸外国から『日本政府は全てを掌握している』と誤解されること自体は、今のところ強力な外交カードとして機能しています。実際、アメリカも中国も、この『一見完璧なタイミングの連発』に、底知れぬ恐怖を感じて慎重になっています。……偶然であれ何であれ、成功は成功として使い切るしかありません」


「そうだな」


 副島総理の目が、政治家のそれに戻った。


「計画だったかどうかは、歴史が勝手に決めればいい。我々は、この偶然がもたらした『猶予』を使って、社会を次の段階へ進める。……日下部くん、現場の『小さな地獄』はどうなっている?」


 成功の光に隠れた、影の部分。厚労省の担当者が、再び声を沈めた。


「大きな暴動はありません。ですが、全国の指定基幹病院では、職員のメンタルが限界に来ています。がんしぼり君を待ちきれない患者家族による怒号。基金の申請書類の不備で融資が遅れ、その間に病状が悪化し、『お前たちが殺したんだ』と詰め寄られる医師たち。家を売るか、娘の学費を削るか、親の延命を選ぶかという、修羅場のような家族会議が、今この瞬間も全国の相談窓口で繰り広げられています」


「小さな地獄、か」


「はい。大きな混乱がないのは、その現場の人々が、文字通り身を削って防波堤になっているからです。基金申請書類の不備も、サウジ側のシステムとの連携ミスで大量発生しており、その事務処理のために不眠不休で働いている自治体職員も数知れません。彼らの忍耐が切れた時が、本当の危機の始まりです」


 副島総理は、重く頷いた。


「希望だけを出して、窓口で潰すのが一番まずい。制度を厚くしましょう。がんしぼり君の補助審査を簡素化し、窓口には追加の人員を。地方の導入補助も前倒しで進める。国民に、『届き始めている感覚』を失わせてはならない。多少の事務ミスには目を瞑れ。金なら、中東から届いた百兆円がある」


「承知いたしました」


 会議は、次の具体的な施策の策定へと移っていった。

 医療費補助の適正化、中東資本による「善意のイメージ」の維持、そしてアメリカとの技術供与における優先順位の調整。

 一見、完璧な国家戦略が組み上がっていくように見えるが、参加者の誰もが知っている。

 この全ての前提は、異星にいるたった一人の男が、「次はこれを送ります」と言い出すかどうかにかかっていることを。


「……ところで」


 会議が一段落した頃、誰かがぽつりと呟いた。


「工藤氏は今、何をされているのですか?」


 その問いに、会議室の温度が数度下がったような錯覚を覚えた。

 日下部が、本日何度目か分からない、そして最も深い絶望を湛えた溜め息を吐いた。


「……分かりません。昨日、ヤタガラスのメンテナンス状況について短いメールがあったきりです」


「がんしぼり君の次を、もう考えている可能性は?」


「否定できません。あるいは、全く関係のない、例えば宇宙エレベーターだの、大陸間瞬間移動ゲートだのといった、さらに社会を根底からひっくり返すような札を、明日にも投げてくるかもしれない。彼にとっては趣味の工場のアップデートでも、こちらにとっては国家存亡の危機、あるいはチャンスという名の劇薬です。それが半年後なのか、三分後なのかも、我々には知る術がない」


 副島総理が、こめかみを押さえて苦笑した。


「やっぱり、全然『計算通り』じゃないじゃないですか」


「だから、最初から申し上げているでしょう。我々は、ただ振り回されているだけだと」


 日下部が淡々と返す言葉に、今度は誰からも笑いは漏れなかった。


 会議の終わり、副島総理は立ち上がり、列席した者たちの顔を一人ずつ見回した。

 地上では、人々が「日本の新しい夜明け」を信じ、有能な政府が描き出した完璧な未来図に酔いしれている。

 ならば、その期待に応えるのが、この地下に集まった敗北者たちの責務だ。


「偶然でここまで来た。だが国家は、偶然で動いていると認めるわけにはいかない。国民には、希望が届く制度を。諸外国には、冷酷で完璧な計画を。そして歴史には——我々が、この激動の時代を乗りこなしたという『嘘(物語)』を残しましょう」


 総理は、出口へ向かいながら、最後にこう付け加えた。


「……そして、工藤氏には。日下部くん、伝えておいてくれ」


「何をでしょうか?」


「どうか次は、もう少しだけ、事前連絡を。……私の寿命も、がんしぼり君でなんとかなるレベルを超えそうだとね」


 会議室に、今度こそ本物の、しかしひどく乾いた笑いが起こった。

 日下部は、ただ無言で頭を下げた。


 彼らは知っている。

 次の瞬間、端末が鳴れば、また新しい「奇跡」という名の「災厄」が届く。

 その時、国家はまた、冷徹な計画だったという顔をして、必死に泥を啜りながら走り出すのだ。

 それが、一人の天才に振り回される、現代という名の喜劇の本質であった。




 第九部 空の街ヤタガラスと、次の奇跡を探す世界編完結

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
ホントに総理と日下部君と官僚団が不憫で不憫でwww まぁ国民の為にも頑張ってね
そういえば核融合の話はどこに行ったんだろう?
創一にそんな事を言うと、「じゃあ不死の薬出しますよ」って爆弾を投げ返して来るぞ・・・。
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