99話 拍子抜けな朝
翌日の朝まで、とても平和だった。
アデルは刀を手離さずに仮眠を取っていた。
でも相当疲れていたようでいつの間にか寝落ちてしまったらしい。
気付いたら外が明るくなっていた。
「――!? しまった!」
意識は留めておくつもりだったのに、慣れない寝床だからと完全に油断していた。
アデルの背筋が一気に寒くなり、反射的に飛び起きた。
だが、ジャッドの様子を見て全部馬鹿らしくなってしまった。
彼女はキングサイズのベッドから滑り落ちたまま、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。
しかも両手足を広げ、よだれを垂らした状態で。
髪の毛もぼさぼさで、服も少し着崩れている。
「――」
呑気というべきか、気を許し過ぎというべきか。
命を狙われているという以前に、王女とは思えないほどの寝相の悪さだ。
アデルは絶句せざるを得なかった。
すると、扉から小さなノック音が聞こえた。
「おはようございます、ジャッド様。
侍女のアルマです」
アルマと名乗る女性は、返事を待たずに堂々と部屋に入ってきた。
きれいな茶髪の三つ編みに、控えめのフリルが付いたメイド服。
正直言って地味だが、気品が漂っているように見える。
彼女はアデルに気づくと、膝を曲げて挨拶をしてくれた。
「お勤め、ご苦労様です。
これからジャッド様のお着替えを致しますので、少し外していただいても?」
「あ、あぁ」
アデルは少し戸惑いながらも、ソファから離れて外に出ようとした。
だがどうしてもあることが気になり、一旦立ち止まった。
そしてジャッドを起こそうとするアルマの方を向く。
「1つ聞きたいのだが」
「なんでしょう?」
「……朝はいつもこんな感じなのか?」
「左様でございます。
酷い時は向こうのベランダまで転がってしまうこともありまして。
……あ、こう見えて目覚めはよいのでご安心を」
アルマはそう言いながら、ジャッドの肩を優しく揺さぶった。
直後ジャッドは唸りながら、うっすらと目を開けた。
どうやら本当に寝相だけが悪いらしい。
彼女は寝ぼけながらよだれを袖で拭き、朝が来たことをゆっくりと確認した。
その時、ジャッドはアデルと目が合った。
すると一気に目が覚めたようで、自分がどうなっているのかを理解したらしい。
彼女は目を見開いて顔を真っ赤にし、羞恥を見られた女の子らしい反応を見せた。
「――いやあぁぁぁぁぁ!!!」
ジャッドは布団を手繰り寄せ、顔を隠して蹲ってしまった。
アルマとアデルが驚いて固まっていると、外にいた騎士達が何事かと大慌てで入ってきた。
昨日の襲撃者が現れたと思ったらしい。
でもアルマが事情を説明すると、拍子抜けな顔をして持ち場へと戻っていった。
アデルもアルマとジャッドに外へ追い出されてしまった。
その時のアルマはいたって冷静だったが、ジャッドは枕を投げるほど完全に取り乱していた。
全く何もしていないのに……年頃の女の子の扱いには困る。
アデルがやれやれと呆れ返っていると、昨日話した隊長が怖い顔でアデルに歩み寄った。
「随分と楽しい朝を迎えられたようですね。
あなたの口から事の次第を詳しく伺っても?」
結局、気遣いがなってないだの男として最低だの説教を食らう羽目になった。
着替えが済んだジャッドは、国王に朝食を誘われて食堂に向かっていた。
本当は夕食で顔を合わせる予定だったが、昨夜は襲撃のせいでそれどころではなかった。
そのため急遽朝に変更になったというわけだ。
「ううっ……もうお嫁に行けない……」
ジャッドは寝相のことをまだ引きずっているらしく、両手で顔を隠しアデルと一切目を合わせようとしない。
耳もリンゴのように赤く染まっている。
彼女の隣を歩くアデルは、下らなすぎて溜息をついた。
「いい加減諦めろ。
そもそも俺を部屋に誘った時点で、こうなることは分かりきっていただろうが」
「だって……意識して寝れば、少しはマシになると思って……
そのために熟睡しないように、頑張ったのに……」
「馬鹿か」
今の彼女には、いつもの凛々しさや威厳は全く感じられない。
ごくごく普通の女の子、そのものだ。
アデルに気を許しているというのもあるが、それほどにショックだったのだろう。
一体どうすればいいのか、アデルには一切分からなかった。
でもおかげでしっかりと休めたし、昨夜より自然と肩を楽にできる。
そのため万全というほどでもないが、体は快調だ。
これなら1週間犯人が捕まらなくても体力は持つだろう。
アデルがそんなことを考えていると、いつの間にか食堂についていた。
扉の前に立っていた侍従は、2人を目視すると深々とお辞儀をした。
「お待ちしておりました、ジャッド様。
国王陛下と王妃は既にいらしております。
中へどうぞ」
彼は頭を上げた後、ドアを開け中に入るように誘導してくれた。
ジャッドは女の子から王女に切り替えるため、自分の頬を軽く叩いた。
その間アデルから視線を感じたが、わざと無視していつもの凛々しい姿を作る。
そして、食堂の中へと足を踏み入れた。
広くて鮮やかな空間に、きれいな食卓用の長い机。
正面にはジャッドの両親――国王と王妃が向かい合うように座っていた。
彼らがジャッドの方を振り向くと、同時に優しい笑顔を投げかけてくれた。
「久しいな、ジャッド。
昨夜は大丈夫だったか?」
「お久しぶりです、お父様。
はい、皆が私を守ってくださいましたので。
お父様こそお元気そうで何よりです。
もちろん、お母様も」
ジャッドは両親に軍人が行う敬礼をした。
アデルもジャッドと同じく2人に敬意を示す。
そしてジャッドが腕を下ろすのを確認したあと、彼も手を太ももの横に添えた。
「急に遠方から呼び出して悪かった。
しかもそのせいで襲撃に合わせてしまうなんて、面目ない」
「いえ、お気になさらないでください。
私が王家の血を引いている以上、誰かに狙われるのは宿命です。
だからこそ、私の側にはアデルが居るのですよ?」
「…………そうか。
主犯を捜すよう手配はしているが、何か困ったことがあればいつでも言いなさい。
父として、其方を全力で守ると誓おう」
「ありがとうございます、お父様」
ジャッドは深々と頭を下げた。
それを見て国王と王妃は複雑な顔をしたが、少し間を置いてから彼女に席に座るように促した。
ジャッドは軽く会釈すると、侍従が引いてくれた椅子に向かって歩き出した。
そして座ろうとした時、その場に王と妃しかいないことに気付いた。
「お兄様とお姉様は?」
「誘ったのだけれど、会いたくないそうよ。
全く、困った2人だわ」
王妃はやれやれと右頬に手を添えて溜息を漏らした。
ジャッドは兄のリュカと姉のマエルとはかなり仲が悪く、幼い頃虐められていたほどだ。
そのため、ジャッドは彼らがいないことに驚きはしなかった。
むしろ、安堵している。
「まぁ、元々食事に誘ったのは呼び出した件について詳しく話すためだしな。
居なくとも問題ないだろう。
代わりにと言っては何だが……
アデル、良かったら一緒に食べないか?」
「――はい?」
ジャッドの後ろで待機していたアデルは、予想だにしていなかった提案に目を丸くした。
しばらく聞き間違えかと思いきょとんとしていたが、国王と王妃の表情から間違いではないと察したようだ。
アデルは困ったように下を向いた。
「お言葉ですが、私はあくまでもジャッド様の護衛です。
ご一緒するのはいささか身分不相応かと」
(あ、アデルが敬語を使った!?)
ジャッドは思わず勢いよく後ろを振り返った。
国王の前だから当然のことではあるが、ジャッドでもここまで遜った彼を見たことがなかった。
そんなアデルは、なんとなく小馬鹿にされてたのを感じ取ったらしい。
ほんの一瞬だけ、ジャッドを睨んだような気がした。
国王と王妃はそんな2人のやり取りに一切気付かず、くすくすと笑い始めた。
「昨夜のことは聞いた。
其方が1人で大勢の賊を始末したのだろう?
これはその礼だと思ってくれればいい」
「そうよ、遠慮しないで頂戴。
あなたもまだ朝食を摂っていないのでしょう?」
「そこまで仰るなら……お言葉に甘えさせていただきます」
アデルは遠慮気味に、侍従が用意してくれた席に腰を下ろした。
少し時間を置いた後、出来立ての温かい食事が次々と運ばれてきた。
コーンスープにパン、サラダ、目玉焼き……デザートにプリンまである。
アデルは数えきれない品目の料理を前にして、王家と一緒に朝食を食べた。




