100話 責任重大な公務
朝食の最初の会話は、お互いの近況報告だった。
ジャッドからは第14部隊の雰囲気や同期の皆のこと、国王や王妃からは情勢や場内の出来事が話題に出た。
その間アデルは耳を傾けながらも、テーブルマナーに気を遣うので精一杯になっていた。
本当はガツガツ食べたいところなのに。
「――最近は軍やグエッラのことに関する会議や公務が多くてな。
今日も城内でいくつか会議を開く予定だ」
「それは大変ですね。
やはり軍の再編と今後の方針に関することでしょうか?」
国王はフォークとナイフを器用に使いながら、「あぁ」と疲れた声で返事をした。
「テアトロの一件で何もかもが変わった。
其方も既に分かっているだろうが、我が軍は7割も兵を失った。
そのせいでチュテレールは今、敵国に攻められたら追い返せる力がない。
だから一刻も早く兵を増やし、軍を再編して指揮系統を復活させるしかないのだ」
「……」
ジャッドとアデルは思わず手を止めてしまった。
失われた兵の中には、優秀な指揮官も混ざっている。
ヴェベールがそうだ。
恐らく、元の軍事力を得るには何年もかかることだろう。
だが、それよりも……
「一番の懸念は、やはりグエッラですよね?
軍事大国として名を馳せている我々を大敗に導いて、今勢いを増しているはずです。
特に軍の半数を一瞬で葬ったあの新兵器……
アレをどうにかしないと、世界情勢自体が危ぶまれます」
「さすがジャッドだ。
だがそれに関する対策案はもういくつか官僚が考え出してくれた。
後はもっと詳細に議論を深めて、我が国の方針を決めるだけだ」
「……そのために私を呼んだのですか?」
国王は頷くと、ナプキンで口元を拭った。
彼は姿勢を正し、まっすぐジャッドを見る。
その姿は王の威厳と、自分の情けなさを自覚した哀れな大人の雰囲気が入り混じっていた。
「明後日から、その会議が始まる。
その時何人もの軍関係者が参加する予定だ。
そこで其方も同席し、軍人としての観点から我に助言をしてほしい。
信頼できる者からの視点を知りたいからな。
これはリュカやマエルでは務まらぬ、お願いできるだろうか?」
「……なるほど、そういうことでしたか」
ジャッドは顎に手を添えて考え込み始めた。
国王がジャッドを頼るのも納得だ。
何せこの国の将来に関わることだから、慎重に考えたいのだろう。
確かに、人格の問題以前に政治以外は素人同然のジャッドの兄姉には無理だ。
本当は政治の泥沼に関わりたくないから断りたい。
でも、そんな個人的なことで投げ出すような軽い話ではない。
悩むまでもなく、ここは一肌脱ぐほかないだろう。
ジャッドは腹を決め、国王に向かってほほ笑んだ。
「私でできることでしたら、全力で務めを果たしましょう。
会議の出席以外で、何か私にできることはありませんか?」
「すまない、本当に助かる。
そうだな……」
国王は近くに立っていた侍従を自分の元に呼び寄せた。
そして何か指示出しをしたかと思うと、侍従はどこかへと立ち去った。
「これまでの関連会議の議事録を其方の部屋に置くように手配しておいた。
簡単にで構わない、目を通してくれないか?」
「はい、もちろんです」
「それと今回の案件は、できるだけ個人の利権などを排除して判断したい。
既に会議に参加する者達はこの城に到着している。
彼らに会って意見を聞いてくれないだろうか?
そして、その腹の内も可能な限りで良いから探ってほしい。
誰の意見を参考にしてよいのか、ある程度目星をつけておきたい」
「善処いたしましょう」
ジャッドが返事すると、国王はほっと胸を撫でおろした。
王妃も少し安堵したような笑顔を見せている。
一方アデルはこれから忙しくなることを察して、とても複雑な顔をしていた。
「感謝する、其方が集中して仕事できるよう全力を尽くそう。
無論、襲撃者のことは任せてほしい。
出来る限り早く黒幕を見つけ出し、逮捕しよう。
……アデル、引き続き我が娘を守ってはくれないか?」
「はっ!」
アデルは席に着きながらも、手を頭に添えて敬礼した。
こうして朝食は終わり、ジャッドとアデルは国王と王妃に見守られながら食堂を後にした。
ジャッドの自室に戻ったアデルは、わざとらしい大きなため息を漏らした。
「はぁぁぁぁ……無茶にもほどがある。
議事録の確認と会議の出席までは理解できる。
貴様は国王からの信頼も厚いし、例の兵器の脅威を目の当たりにしているからな。
だが、出席者に探りを入れろとは……流石に荷が重いだろ」
ジャッドは苦笑いした。
机を見て見ると、国王が手配した書類の束が置かれていた。
多分30枚ほどあるだろう。
これは徹夜しないと駄目なのは明白だった。
「こういう時は効率よくなるように工夫するのよ?
ええと、参加予定の人物リストは……あぁ、これね。
全部で15人で、官僚と軍の関係者がメインね。
中にはお兄様やお姉様寄りの人もいるけど……ふふっ、やっぱりいた」
ジャッドは参加者の名前を指で追いながら確認していたが、あるところで止まった。
アデルが興味本位で覗き込むと、そこには彼でも知っている人物が書かれていた。
――カール・ガルニエ。
軍や国の情報をすべて取り仕切る情報官であり、ヴェロニックの師匠だ。
その下を見て見ると、テアトロの戦いに参加したレジェ大将とエーベル総司令官もいる。
2人とも、ジャッドが直接顔を合わせたことのある人物だ。
「なるほど……いい人選だな」
「ふふっ、そうでしょ?
ガルニエ情報官は立場上色々知っているというのもあるし、いつも客観的な立場から判断する人だから。
性格の相性とかは置いておいて、彼は中立で誰にも肩入れしない。
協力してくれるかは分からないけど、彼の話は信頼できるって断言できる。
もしダメだったとしても、レジェ大将とエーベル総司令官に聞けばいい」
ガルニエに今回の会議のことに関して、ジャッドが知りたいことは全部知っているだろう。
そうすればこの膨大な資料全部に目を通さなくて済む。
ついでに参加者の裏情報も得られれば御の字だ。
最も、全て彼が親切に話してくれればだが。
アデルはジャッドの頭の良さに思わず感心してしまった。
「それにもう1つ、彼に頼る利点がある」
アデルは首を傾げた。
ジャッドは何か企んでいるような悪い笑顔をしている。
そんな表情をアデルは見たことがなく、少し寒気がした。
しかし彼女の企みは、アデルの心を燻ぶるものだった。
アデルもジャッドと同じような顔をし、恐ろしい笑い方をする。
さっきまで感じていた護衛の面倒臭さが全部吹き飛んでしまうほど。
ジャッドがアデルに言った言葉はこうだ。
「――襲撃犯を見つける手がかりが得られるかもしれないでしょ?」




