◆009◆ボタンの先の世界
案の定。そんな言葉が良く似合う。
モクジが放った最初の一撃、二撃までは奇襲の効果もあってゴブリンに直撃したが、あっという間に囲まれて、危機的な状況に陥っていた。
「予定は変わったが、良い囮になったな」
【鉄の剣】を持ったゴブリンの一体を、テツヒトは背後から【木の棒】で急所を貫いた。
「グウえぇ」と、ゴブリンは声を上げると、エフェクトを撒き散らし砕け、それに気を取らていた、もう一体の【鉄の剣】を構えたゴブリンを、モクジは【木の棒】で、その隙にしっかりと仕留めて見せた。
「どーだ!!」
撒き散らされるエフェクトに混ざって、テツヒトが次々にゴブリンを仕留めて行く。
【レベル5】
【レベル6】
【レベル7】
【レベル8】
モクジが一言『どーだ!!』と、言っている間にテツヒトは全てのゴブリンを仕留めて一気にレベルを上げた。
それに伴って、エヌのレベルも上がる。
「マジかよ! おまえ達ズルくねーか?」
「ズルくありませんよ。私もちゃんと貢献したでしょ?」
テツヒトは、この世界に来る事を承諾した時は、こんなにも呑気なところとは思っても見なかった。
自分と一回りも歳が離れている、少年や少女が楽しそうにモンスターを狩る様な。そんなゲームみたいなところは想像していなかった。
自分が向かう所は常に戦場なのだと、そう思っていたからこそ、二人の事を尊く思い。
「おまえ達だけは、絶対に俺が守ってやるよ」
「—— 何か言ったか?」
テツヒトは、生意気なモクジの頭を叩き「なんでも無い、気にするな——」そう言って、笑って見せた。
「楽しそうな所すいません! 次来ます!」
「数は?」
「15、16、18…… 30体以上です!」
「行けるか? モクジ?」
「当然!」
——————
笑いながら【1stステージ 迷宮】を攻略している三人だったが。そんな事、この三人だから出来る事で。
天性の戦闘センスを発揮する—— モクジ。
耐えて堪えてスキルを鍛え上げた—— エヌ。
最強の傭兵で世界の真実を知る—— テツヒト。
この三人以外の者達は、どの様にして次のセーフポイントへと辿り着くのか。
それは、テツヒトが最初に感じていた、戦場のイメージと大差は無く。
モクジの死を見送ったケイトは、何もしないジルを連れて苦戦していた。
モクジは—— 死んだ後、どうなったのか。
どうして、ジルは戦えるのに戦わない。
どこで間違ったのか。
ここは、どこで、何なのか。
ケイトが知りたかった事、手に入れたかった物は、皮肉にも見殺しにした事で、モクジが手に入れていた。
「ちょっと! あんた口ばっかりで、全然役に立たないじゃ無い!」
ケイトは、ジルに対して、口ばかりと言われる様な、何かを言ったつもりは無く。
ポップアップしたスライムは自分で倒してくれ—— ゴブリンの攻撃がそっちに向かったら自分で対処してくれ。ゴブリン以上の脅威が現れたら逃げるから付いて来てくれ—— と。必要最低限の事をジルに頼んだだけなのだが。
「ねぇ、聞いてるの? 何か言いなさいよ!」
「ごめん——」
「何よ! 謝れば済むと思ってるの!?」
モクジが死んで以降、ジルのヒステリーは極まって来ていた。
本人達は気付いていなかったが、新たなスキル【激昂Lv1】を手に入れる程に。
この世界に来た者達は、記憶を消さない限りは—— 200秒のカウントを見送らない限りは、死に対して感覚が鈍化して行く。
何度も死を味わったケイトであれば尚更だ。
しかし、ジルにはその経験が無く。
「だからか……」
その考えが浮かんだケイトは、静かにジルに剣を向ける。
その剣は、ゴブリンとの死闘の最中手に入れた【木の剣】だった。
ジルは、ずっとその剣が自分の物だと主張していたが、実際にはケイトのアイテム欄にドロップアイテムとして現れた為に、ジルの主張は通らずに。
「一回死んでみると良いよ。いっその事ボタンを見送って、そのチートスキルも消えたら良いのに」
「やっぱり! そうやってみんなを殺すんだ!」
「良いから…… 黙っててくれないか?」
ケイトは【木の剣】の重さを確認する様に、何度か振ると、ジルに向けて上段から振り下ろす。
「—— ッたいに、許さない……」
【木の剣】は、ジルがガードした左腕を掠めて赤いエフェクトを放っている。宛ら大量の出血を伴っている様に。
ジルは、傷付いた腕を気にする様子も無く、ケイトに対して真っ直ぐに構える。
その仕草は、どこで覚えたのか、全く隙を感じさせない様で。
それでも、武器の優位性を過信して、ケイトが上下左右から連続して攻撃するが、その全てがジルの掌を介して逸らされる。
「やっぱり…… こんなのチートだよ……」
逸らした、後に【木の剣】に対して、ジルが連続して打撃を与えると耐久値は削られ、あっという間にエフェクトを伴って消失する。
それでも、昂った気持ちが収まらないジルは、ケイトの腹部を殴打して、顔面に蹴りを浴びせ。その動作を、何度も何度も繰り返して、行動不能状態となったケイトは地面に転がる。
「【木の剣】を素手で…… チートだよ、こんなの……」
ケイトは泣いているのか—— 神に嘆いているのか、掠れる声で、自身のHPが残り僅かな事を感じながら瞳を閉じた。
歩み寄るジルの足音が、真っ白な地面を通して聞こえる。
「少しは他人ひとの痛みが分かった?」
力強く身体を起こされ「これで、仲直りね——」と、一方的に告げられて。
「はい、コレ食べて。美味しいよ——」と、渡されたのは【おにぎり】だった。
ジルの生態を理解出来ないケイトは、受け取った【おにぎり】を数秒見つめて、口に運んだ。
「美味しい……」
「でしょ? モクジが、それ食べたらHP回復するから持って行けって。最初意味分かんなかったけど、どう?」
「確かに——」
全身の傷が白く淡い光を放って消えて行く。
他人など理解出来ないし、ましてや目の前のジルという少女は、人の設定では収まらずに、何か違う恐ろしい者の様な気がして。
それでも、なんだか少しだけ自分が認められた様な気がして【おにぎり】は、しょっぱくて。
「モクジは死んで無いって、本当なんだよね?」
「うん。そのうち会えると思う……」
「だったら行くわよ! あとね、私が戦わないのは君の邪魔をしない為だからね。理解してね——」
「成る程、合理的だ……」
道中、モクジとの会話をジルの口から聞かされる。何も考えて無いと思っていたモクジは、色々と確認しながら、先の事を考えていた。
ただ、その考えのプロセスが、ケイトの合理的な考え方とは異なり、希望的観測や感覚で占められていて。
「モクジの事が嫌いだったかもだけどさ、話さないと分からない事って多いんだからね」
「ごめん……」
加えて、ジルが前に出て戦わなかったのは、ケイトに戦いの経験値を積んで欲しかったからで。訳の分からない世界で、記憶も無くて、初めて見るスライムに怯えて見せたジルだったが、ジルの本質は戦闘狂と言っても過言では無く。最初の戦闘を経て以降、何かを思い出した様に、戦いたくてウズウズしていた。何度もケイトに口出しをしたかったのだが、レベルやスキルの事が分からないジルは、ケイトの戦い方を観察していて。その結果フラストレーションは溜まり。
「君がピンチになったら、私がいつでも助けてあげるから、いつでも言いなさいよ——」と、いつもと言い方は変わらなかったが、全てを話して、戦ってスッキリしたのか、満面の笑みを浮かべていた。
「何かあったらお願いするよ……」
「君!」
「何…… ですか?」
「敬語とかいらないから、素直になった方が良いわよ」
不覚にもケイゴはその時、ジルの笑顔や仕草、声や髪の煌めきに至るまで、可愛いと思ってしまった。
『何だこの気持ちは——』
抑えきれない、信じたく無い気持ちと対峙している中で、遂にその場所に辿り着く。
【ゴブリン駐屯地キャンプ】
真っ白な通路の先に、違和感極まり無い広大なスペース。
セーフポイントと同じ様に、土や木々に囲まれた場所の入り口には【ゴブリン駐屯地】の立看板が置かれていて。それにも関わらず、それらしき場所は見当たらずに。遠くに続く、広大な原野が見えるだけで。
「ここから来てたんだな」
「どう言う事? 私に分かる様に説明して」
「ゴブリンは、スライム達と違ってポップアップする事は無かった。だったら、どこから来てるかって考えてたんだ」
「それが、ここって事ね」
ジルにとって、ケイトの存在は生意気な弟の様に書き変わっていた。
「賢いじゃない」
そう言って、後ろから抱き締めると、力に任せて頭をワシワシと撫でてみせて。
「それだけじゃ無い。ここにはきっと——」
「「武器がある——」」
「って事ね!」
ケイトの表情は、撫でられて満更でも無い様子で照れてみせて。もしかしたら、本当にここに来る前は家族だったのでは無いかと思う程に懐かしい感覚がしていて。
「向こうから来てくれたじゃ無い!」
「ジルは下がってて。僕がやるから」
セーフポイントの警護に当たっていたのか—— そもそもセーフポイントの中にゴブリンが居るのだから、セーフでも何でも無いのだが。不気味な猪の姿の獣に跨ったゴブリンが三体。二人に気付いて、凄い速度で近付いて来ていた。




