その4
「ねぇ、やっぱりやめたほうが」
「何言ってるの?もうすぐ着くじゃない」
馬車の中で真っ青な顔をしているグリータスに私は強気で言った。
「最後はあなたも納得してここにいるわけでしょ?嫌ならいいのよ、私が兄様に……」
「うわぁぁぁぁ!!ごめん、なんでもない!」
そうよ、やっと説得してクロじゃなくて彼をパートナーにできたのに、こんなところで白紙に戻されても困る。彼にもそろそろ腹をくくってもらわなければ。
(悪いのは何度言っても聞かない父様たちなんだから)
まだ少し残っている罪悪感を打ち消すために、私は何度この言葉を心の中で呟いたか分からない。それでも、すでに後には引けない。パーティ会場である王宮はすぐ先だった。
♢♦♢
「この手は使いたくなかったんだけれど、しかたないわ」
誰に訴えても変わらないこの現状に、自分でなんとかするしかないと本気で思った私は、屋敷の隣にある森の湖に飛び込んだ。すぐにドレスが重くなってゆき、体が下へ下へと吸い込まれてゆく。息が限界になってきたところで体が浮上し、着いた先は……。
「ア、アマーリエお嬢様!?」
美しい花々が咲き誇る、立派な庭園だ。噴水から出てきながら、驚いて鋏を落としてしまった庭師へ告げる。
「ごきげんよう。久しぶりね、シリア。……ミレイアとグリータスに手紙の返事が来ないから会いに来たってことを伝えて」
2人に会えたのは、すっ飛んできた侍女にお風呂に入れられ身支度を整えてからだった。
「アマーリエ!」
「ミレイア、グリータス。久しぶり、元気そうね」
「あぁ、アマーリエも元気そうでよかった……って、ご機嫌斜めだな」
「何通も手紙を出しても返事がこないんだもの。寂しくてきちゃったわ」
「悪い。パーティーまで外出と手紙のやり取りが禁止になったんだ。私が逃げ出さないようにな」
言いながら豪快に笑うミレイアは侯爵家の令嬢でありながら、仕草や口調など令嬢らしからぬ令嬢だった。社交界も興味ないどころか面倒くさいと常々から公言していたので、ミレイアたちの両親が彼女が逃げ出さないように図ったのだろう。
「まぁ、そうだったの。じゃああなたはどうだったのかしら……ねぇ、グリータス?」
私はミレイアの後ろで縮こまっているグリータスに、にっこり笑いかけた。すると彼は「ヒィ!」とみっともない声を上げて飛び退った。
「なぁにその反応は。よくも私の必死な手紙を無視してくれたわね。グリータス」
「ご、ごめん!!」
「ごめんですって?謝るくらいならどうして……」
「まぁまぁ。落ち着けアマーリエ。グリータスだってわざと無視してたってわけじゃないんだから。それにしても本当に久しぶりだな、噴水のところから移動するなんて。それほど切羽詰まってたってわけか」
そう、私の屋敷内にある湖と従兄弟であるミレイア、グリータスの屋敷の噴水間でなぜか行き来ができるのだ。それを知ったのはずっと幼い頃。一緒に遊んでいたグリータスが湖に落ちたときだった。私とミレイアが助けようと水の中へと飛び込み、気づいたら3人一緒に噴水の中にいた。もしものときに使おうと私たち3人だけの秘密にしており、滅多なことでは使わない約束だった。
「庭師と侍女たちには口止めしてきたよ。父上たちが外交で隣国へ行っててよかった。もし2人がいたらさすがに隠しきれない」
「ありがとう、社交界デビューのときのパートナーが見つからなくて焦っていたのよ。ミレイア、グリータス。頼れるのはもうあなたたちしかいないのよ!!」
私が必死に訴えかけると、ミレイアたちは不思議そうな顔をしていた。
「アマーリエのパートナーはもういるって聞いたけど」
「周りが勝手に精霊を私のパートナーにしてるのよ!」
「自分の精霊がパートナーになりうるならよくないか?後のしがらみもないだろう」
「そうかもしれないけれど!!でももっとこう……」
「なるほど、いつもの乙女病か。叔母様が劇的な恋をしたからって社交界に夢見ているんだな」
「ち、違うわ!!そんなんじゃ」
うろたえる私を気にせず、ミレイアはぼんっと手を叩いた。
「だったらグリータスをパートナーにして行けばいい」
「ミレイア!」
グリータスが非難めいた声を上げた。なによ、私が相手じゃ不足なわけ?私がじっと睨むと彼は慌てて視線をそらした。
「でもミレイア、あなたのパートナーはどうするの?私はてっきりグリータスをパートナーにすると思っていたのだけれど」
「私は大丈夫だ。あてがあるから」
ミレイアは嘘を言っているようには見えない。ミレイアたちに誰か一緒に行ってくれそうな人がいないか頼もうとおもっていたのに。まぁ、頼りないグリータスがパートナーであることは不安でしかないけれど、背に腹は代えられない。
「なら……」
「まってよ!叔父様たちには精霊をパートナーにって言われているんだろ?勝手なことをしたら怒られるんじゃ……」
「家同士のつり合いも親族だからとれているし、問題にならないから大丈夫でしょう。私の話を全然聞いてくれないお父様たちも悪いのよ。子供だからって説明すらしてくれないんだから」
「僕は了解してな」
「……もしパートナーになってくれたら、ウィオラとのお茶会に偶然を装って参加させてあげるわ」
「なっ!!」
この臆病な従弟がウィオラに気があることはとっくに知っていた。今回の社交界のパートナーに誘おうとしていたことも。もっとも勇気がなかったのと姉のことがあったので誘うには至らなかったみたいだが。
「今回は遠戚の方がパートナーって言っていたけれど、今後はどうかしらね?ウィオラはそれはもう美人だし、学園に入ったらそうそう機会も──」
「わ、わかったよ!!アマーリエのパートナーやるよ!!」
「本当!?ありがとうグリータス!助かるわ!!」
「……約束だからね。アマーリエの手紙のことも、いやで無視してたわけじゃないからね」
ああでもとぶつぶつ言っているグリータスが本当は優しいことは、私は分っている。ウィオラのことを出さなくても最終的にはしぶしぶ了解したであろうことも。
「話はまとまったな!!じゃあ、アマーリエは社交界当日はこっそり屋敷を抜けてこっちで一緒に支度をしよう。一緒に馬車に乗り込んで行ってしまえば問題ない」
「当日着るドレスは事前に贈り物として届けておけばいいかしら」
細々としたことを決めてしまえば、あとは怪しまれずにすぐに帰らなければならない。また濡れなくてはならないのは大変だが、それよりも心が軽くて気分は晴れやかだった。
「じゃあ当日ね」
「あぁ、くれぐれもばれないようにしよう。アマーリエ、…………王子さまはどんなことをしてもアマーリエを見つけるよ」
「ミレイア、今なんて」
噴水へ入る寸前だったのでミレイアはなんて言っていたのか分からなかった。そして戻った湖には屋敷にいるはずのクロがもいて、無表情ながらにも、もの言いたげにこちらを見ていた。
「………………」
「……何よ」
今更何を言ったって、私はもうクロと仲良くなんかできないんだから。