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第67話: 三つ数えたらアホになる?ギャグかと思ったらホンマの話で、しかも国の事業でやってるとか。

 おっちゃんの言葉に、鎌足さんが驚いた。

「邪心?邪心とはどういうことです?吾があ奴らから聞いたのは、人の心を集めて大きな意志のうねりとする、ということで……」


「鎌足はん、あんさんは、それがどういう仕組みか知ってはりまっか?」真魚さんが訊くと、鎌足さんも不比等さんも首を振る。

「たしか、インターネットで集めた人の考えを収斂して疑似人格を作る、と聞きましたが?」不比等さんがそういうと、真魚さんが訊く。


「不比等はん、ホンマにそんなことが出来ると思いまっか?人格って、なんでんねん?オレら仏でさえ、その真の答えにたどり着いてまへんねんで?ホンマにそれが出来るんやったら、輪廻転生なんちゅうような、魂のリサイクルなんかせんでええと思いまへんか?」

 真魚さんがそういうと、不比等さんはギクッとした顔になった。


「よう考えて見なはれ。命は輪廻転生すると、前世の記憶はなくなってイチからやり直しや。その人それぞれの、ものの考え方の癖も人格も消えてなくなる。せやけど(カルマ)は消えへん。そしてそれは輪廻を繰り返すたびに積み重なってあるいは功徳となり、あるいは罪となる。それを俺らは『魂魄』という。せやけどなぁ、西洋の哲学者とかが言いますやん。『我れ思うゆえに我れ有り』って。なんやねん『思うが我』って。オレら仏教者からしたら、そんなもんお笑い草や。ほったら、禅を組んで思考が消えたら、(われ)()うなるんかいな?太子よ、オレの言うてる意味、分かるやんな?」

 真魚さんがそういうと、みんなシーンってなって、おっちゃんの言葉を待った。


「はは、真魚そんなキツイ言い方せんでええやろ。『思てる我』っていうんは、ただのエゴや。ホンマの我、ちゅうんは思考の波が一切消えた時に、その無の状態を観察している存在のことや。そうでなかったら輪廻できへんやろ。」

「な、太子様。であれば、お前様はあの議員どもが連れてきた神もどきは、いったんなんだと仰るのです?」


「おいおい鎌足よ。いやしくも天児屋根命(あめのこねやのみこと)以来の祭祀の一族がそれ言うてどないすんねん?分かっとるやろ?直霊(なおひ)の無いもんになんぼ人間の思いをくっつけたかて、それはワシらがいうところの生霊、ただの念の塊、いうたら藁人形や。」

 おっちゃんがそういうと、鎌足さんは「あっ」と言って頭を抱えた。


「馬鹿な……なぜ吾は気づかんかった?当たり前のことであろうに……人間がネット上に垂れ流した愚痴、不平不満など、そもそも穢れそのもの……それをいくら集めても人間になるどころか、ただの呪いにしかなりはせぬ……」


 ここで、不比等さんが口を挟んだ。

「し、しかし太子様。人々の雑多な思いを集めただけでは、いくら数が多かろうと一個の意思をもった何かになる前に霧散しましょう?しかし麻呂が見たものは、明らかに人のように振舞っておりましたぞ?」


「不比等さん、これさ見れ。」アレ君が、不比等さんにPCのディスプレイを見せる。

「これは……!」不比等さんと鎌足さんは、それを覗き込むと、すっごい厳しい顔つきになった。


「これさ、人の想いをネット上から抽出して、収斂する仕組み……オラさ、これを『デジタル蟲毒』っていうべ。確かに、人の想いさいぐら集めても、それは雲みてえなもんで、すぐ散り散りになるべ……だども。」

 アレ君がマウスを操作すると、いろんな嫌な思いや言葉、胸が悪くなるようなイメージが集まっていって、何か良く分からない、どす黒くて不愉快で、キモくて汚い何かになった。


「おなじ方向性の考えさ、互いに惹かれあってひどつになる……負の感情を集めで束ねるのが、このデジタル蟲毒の真骨頂だべ……」


「ま、待たれよ!アレクセイ殿!しかしそれで出来るのは、ただの怨念の塊、藁人形であろう!なにゆえそれが坤の神などと……」けど、おっちゃんが不比等さんの言葉を遮る。

「そやから言うたやんけ。人間どもは、薄汚い欲望と悪意が『闇』やと思いこんどるんや。まぁ信心を失ったアホどもの考えそうなことやで。」


「な……何故そのような?闇、坤とは大地と大海の御稜威(みいつ)ですぞ?言わば、女人が子を孕むこと、大地が実りをもたらすこと、大海が命を育むことを言うなれば、貪欲と悪意が坤ですと?」


「そやから、『(とん)(じん)()で三つ数えたらアホになる』ちゅうことやんか?信心が()うなってな。アメリカの学者さんでな、ケンなんちゃら、っていう人がおんねんけど、その先生が言うてはったで。

『我々の世界は人の心と物理現実の相互作用で構築される』ってな。

 そやけど、人間がその原則を忘れて、目に見える世界のみが現実やと思い出したら何が起きると思う?」


 鎌足さんが、ため息をつきながら答える。

「太子様、それは船乗りが紫微星(しびせい)(北極星の古い言い方)を見ずに大海に漕ぎ出すようなもの。行く宛てもわからず彷徨(さまよ)い、果ては畜生道か餓鬼道か、はたまた地獄に堕ちるだけにござりましょう…?もしや!」

 ハッとした鎌足さんに、おっちゃんが大きく頷く。


「せや。この世の民全てが羅針盤を失って彷徨ってる今の世相で、悪意を振りまく呪い人形が現れてみい。人間どもは簡単に魔道に堕ちて、この世が地獄そのものになる。そのとき起きるのはなんや?」


 おっちゃんの言葉に、不比等さんがガタガタと震えた……

「堕天……そして、そこからの救済としての、胎蔵界曼陀羅の反転と、魔神の降臨……」


「不比等さん、落ち着いて!」そう言いながら、姫が不比等さんの皿に焼けた肉をポンポン入れてビールを継ぐ!?

「さぁ、飲んで飲んで!わたくし、そんな化け物をお婿さんになんてしないし、さっき言ったでしょ!?作り物のキモイ神もどきは焼き払うって!」

 そう言われて、不比等さんはハッと我に返った。


「そ、そうでした……見苦しきところお見せし、相済みませぬ。ま、そうですな……敵について正確な情報お伝えするのが先ず肝要かと……お父上、よろしいでしょうか?」

 不比等さんが鎌足さんに訊くと、鎌足さんも頷く。


「この際、洗いざらいお聞きいただくべきことじゃ。もとより、吾ら中臣はおひいさまが主君、言わずしてなんの忠良ぞ。」


「承知しました……それで、どこまでお話ししたか。ああ、『神国日本の新しい姿について考える会』の議員どもが、人造の神もどきを連れて来て……あ、そう言えば妙な男がおりましたな。少々お待ちを…」

 不比等さんはそういうと、一枚の名刺をだした。


「これは……『みらいのち(株)』って、なんじゃこれ?なんかえっらい胡散臭い社名やな……」

 おっちゃんの言葉に鎌足さんが反応する。


「ふむ…なんでも、東京のスタートアップ企業だとか申しておりましたが……この名刺の男はそこのCEOなどと申しておりました。」


「ほぅ……なぁ、アレ坊よ。この会社について調べられるか?」

「え?わがったべ、もちろん……!!」おっちゃんから渡された名刺を見た途端、アレ君が固まった。


「お、おいどないしてんアレ坊?なんかケッタイなことでも書いとるんか?」真魚さんがアレ君の肩をゆすると、アレ君が呆然とした顔で応える。


日枝(ひえだ)礼二……こいづ……オラのダチだべ……」


「友達?どういうこと?」ウチが訊くと、アレ君は名刺を何度も見返しながら答えた。

「オラ淡路島さ来る前、東京にある外資系のIT企業で働いてたべ。こいづはその時の同期で……一緒にシステムの開発したり、セキュリティの仕事さしてただども……ちょっと調べて見るべ……」


 アレ君はPCに向かってキーボードを操作してたけど、しばらくして真魚さんの方を向いた。

「資本金、社員数はおがしくねえべ……業務内容は……『データの解析・モデル構築、データ基盤の整備』これもアイツの経歴さ考えたらおがしくね。住所は、インキュベーションセンター KANEIJってなっでるけど……なんだべ?この写真は、真魚さん、分がっか?」


 インキュベーションセンター KANEIJに飛ぶリンクがあって、そこを開くとセンターの紹介ページがあったけど、その中に、センターの庭にある大きな石の写真があった。

 それは、幾つかの大きな石を組み合わせて作られてて、ぱっと見た感じ、岩でできた扉みたいやった。

 その扉には、しめ縄が巻いてあって、星形の呪符が貼ってあった。

 とたんに、真魚さんの眼が厳しい顔つきになる。


「ビンゴやな……それにしてもエグイことを考えよるもんやな……」

「真魚さん、なしただ?」アレ君の問いに、真魚さんが全員の方を見て静かに、そやけど、はっきりした声で言う。


「この国は悪魔に魂を売っとる。この岩戸は江戸、いや穢土(えど)の裏鬼門を封じる要石、そんであの呪符は鬼道から瘴気を汲み上げるためのもんや……インキュベーションセンターとか言うたか?たぶんやけど、この施設全体が魔道の研究施設とちゃうか?」


「ふむ……そうか……っちゅううことは、アレ坊のツレだけやのうて、神もどきを創る罰当たりにいろんな連中が関わっとるっちゅうことやな?アレ坊、自凝島(おのころしま)で襲ってきた連中、なんやったかな?たしか…Homines Creavit corp.やったっけ?そいつらは入ってへんのか?」

 おっちゃんが訊くと、アレ君は再び調べ始めて……無言で頷いた。


「太子様、ここには入ってねえみでぇだども……式鬼(しき)がなんか拾ってきたべさ、見れ。」

 PCの画面には、なんか外国っぽい街の写真が次々に出てくる。その中に、たくさんの丸印が線で繋がった、ケッタイなロゴが入った会社の写真があって……


「Homines Creavit corp.……驚いたべ。イスラエルのユニコーン企業だっぺよ。ほんで……真魚さん、このロゴさなんだべ?」

 アレ君が指示したものを見て、真魚さんの顔が蒼白になった。


「これは……クリフォト……『逆さまの樹』やないか!……アレ坊、こら悪魔崇拝そのもんやぞ……鎌足はん、これはマジでやばすぎまっせ!その~なんや、『神国日本のなんちゃら』っていう議員さんらは、こんなんが関わっとるって知ってまんのか!?」


「い、いや……このようなもの、全く聞かされてもおらぬが……確か、イスラエルはIT先進国で、再生医療のスタートアップもあってどうのこうのと……空海殿、これは斯様におぞましきものなのですか?」

 鎌足さんが訊くと、真魚さんは気持ちを落ち着かせるように、ビールを一口飲んだ。


「ふう……いや、すんません……せやけど、これはアカン、マジもんや。アホの火遊びでは済まへん。鎌足はん、皆も聞いてくれ。」


お読みいただきありがとうございます!

今回、おっちゃんが言っていた「ケンなんちゃら先生」アメリカの社会学者、ケン・ウィルバーの話について、少しだけ。


ウィルバー先生は、世界を個人の心、社会の文化、科学や物質、制度や文明という四つの領域に分けて考えました。 しかし、物質的なものばかりに捉われると、いつしか内面領域が貧しくなり、心が病むようになります。これを「フラットランド」と言うんですね。


さて、これが起きるとどうなるんでしょう?

物質、金銭、承認だけを飽くことなく求め(貪)、 それが手に入らないと他者に怒りや悪意をぶつけ(瞋)、 果ては、思い遣りや誠実さを忘れる(痴)……仏教では、これを「三毒(貪・瞋・痴)」と呼びます。


おっちゃんはこれを、「三つ数えたらアホになる」と言ってましたが、実際に「フラットランドと化した世界で三毒に呑まれ、心を見失う」ということでした。

ある意味、現代社会の病理を突いたガチの仏教哲学だったというわけですね(笑)。


さて、この「三つ数えてアホになる」ことを、国を挙げてやっているというヤバイお話、どうなるんでしょう?次回、真魚さんが「逆さまの樹」について熱弁します。お楽しみに!

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