第102話: わたしたちはいったい何を相手に戦っているの?そして、あなた達は何をそんなに取り乱しているの?
「ギィヤアァァァ……痛い!痛いぃぃーーー!!」
インキュベーションセンターKANEIJIの敷地内にある、Homines creavit corp.のラボから、獣の咆哮のようなものが聞こえ、わたしとレイジはすぐそこに向かった。
セキュリティゲートを抜けてスタッフに聞くと、声は陸戦用ドローン遠隔操縦用のVRポッドから聞こえてきたらしく、急いでそこに行くと……
「こ、これはいったいどういうことだ……」
レイジが見た先には、ポッドから這い出して白目を剝きながら涙を流しているアーロンがいた。
彼は、うわ言の様に自分の両親や、学生時代の教師、友人たちへの不満や、罵詈雑言を繰り返している。
VRポッドに記録された陸戦用ドローンのログを分析しているスタッフが、分析データを見せた。
「ポッドに搭乗していたパイロットのうち、6名が類似の症状を示しています。4名は、どうも機体が破壊された時点でパージされたためか、特に異常はないのですが……」
「機体が破壊?どういうことだ?……それに類似の症状って……6名ともこんな風に錯乱した状態ってことかい?」
レイジが尋ねると、スタッフは、前半の疑問には答えず、後半の質問にのみ答える。
「陸戦用ドローンにインストールされていた各パイロットのアバターが、非常に強力なハッキングを受け消去されたようで……おそらくですが、アバターと意識がシンクロしていたことで、消去された際の衝撃をまともに受けたのではないかと思われます。」
アバターというのは、ドローンに搭載されたスタンドアロン型のAIに植え付けた疑似人格のことだ。
わたしたちが開発した陸戦用ドローンは強力だけど、全ての情報を遠隔でやり取りして操縦していると、どうしても機体のレスポンスが遅れる。
それを解消するため、パイロット本人の人格を模倣したアバターを搭載し、遠隔でやり取りするデータを抑えてレスポンスを早くするとともに、パイロットの負荷を減らしているのだけど……
「脳量子通信を介してアバターと深くシンクロしていることが仇になった、というわけか……でも、変じゃないか?陸戦用ドローンとは、通常の回線によるハッキングを受けないように脳量子通信のみでコミュニケートしているんだぜ?どんな手段でハッキングされたっていうんだい?まさか有線?」
レイジがスタッフに尋ねると、スタッフはログを再確認しながら、
「レシーバーに大量の脳量子の流入を検知しました。というか……アバターそのものが脳量子のデータストームによって攻撃された、と解釈した方が良さそうです。」
その瞬間、レイジが信じられない、という表情をする。
「ちょっと待ってくれ……脳量子通信は我々だけの技術だ!まさかそれを、『神仏習合ファウンデーション』なんていう得体のしれない宗教団体が持ってるっていうのかい?……そんなバカな!」
こんな風に取り乱しているレイジを見たことがない。
たしかに、脳量子通信は『金烏玉兎集』に記述された古代の呪術を応用したもので、それが出来たのは、ひとえにレイジが天才だからであって、他にそんなことを思いつくエンジニアがいるとも思えない。
「いや、ちょっと待って下さい……何か、異なるパターンの脳量子通信データが記録されています……これは……音声のようですね……再生します。」
スタッフがデータを音声に変換し再生した瞬間……たちまちレイジの眼が釣り上がる。
『ガム新さん、総司さん!……いけねぇだ!……駅前の戦い……使い切っちまったべ!……』
「ま、まさかアイツが……ぎ、銀次郎……銀次郎ぉぉ―――!!」
こんなレイジは見たことがない……いつでも冷静沈着で、どんなに不可思議に見える現象、複雑な状況でも、科学と人間心理に対する洞察で解き明かしてきた。それが彼なのに……
「まただ!……またあの化け物が出てきやがった!どこまで俺の邪魔をするんだ!?……秋田のド田舎の、そのうえ日本人でもロシア人でもないハーフ野郎のくせに!……」
「レイジ、どうしたの?落ち着いて!……そんな、ハーフ野郎なんて……」
こんなヘイトクライム、彼の口から言ってほしくない。
ジュニアハイスクールの時、ヒンディーの子からも、ヨーロッパ系の子からも、さんざん言われたことを思い出す……『ハーフ野郎』って。
そう言うと、彼はハッとしてわたしを振り返り、謝った。
「ごめん……君のこと言ったわけじゃ……許してくれ……」
「どうしたの?あなたらしくないわよ。」
わたしがそういうと、彼は気持ちを落ち着かせるように深呼吸する。
「まずは、アーロンたちを治療するのが優先だ。彼らをメディカルルームへ。」
◆
メディカルルームに連れてこられたアーロンたち、陸戦用ドローンのパイロットは、相変わらず錯乱して意味不明なことを叫んでいた。
「くそぅ……ちくしょう!母さんはなんでアベルばっかり可愛がるんだ!……父さん!俺を置いていかないでくれ!アベル……アベル!お前のせいだ!お前さえいなければ……!何がシナゴーグでいちばん優秀だ!あぁ……貴様が羊の世話をしながら楽しそうに歌っている……『主は我が牧者、乏しきことあらじ……』だって?……神を!神を独占しやがって……!」
涙を流しながら狂乱し続けるアーロンに当惑しつつ、レイジがこちらを振り向く。
「メグ、彼は何を言っているんだ?……神を独占?そんなに大事なことなのかい?……」
「あっ、そうね……レイジがステイツにいたのは大学時代だけだから、あまりピンとこないのかもしれないけど……アーロンって、イスラエル出身じゃない?たぶんだけど、ご両親が敬虔なユダヤ教徒だったんじゃないかしら?……確かに家族構成を資料で見たときは、弟さんがいるって書いてたわね。本人からはそんな話聞いたことないけれど。」
「ユダヤ人ってのは、みんな熱心に……そのぅ、なんだっけ?シナゴーグに通っているのかい?」
「それは人それぞれなんじゃないかしら?わたしはシスコ出身だから、そんなにガチガチの超正統派の人なんていなかったけど、わたしのユダヤ人の友達とか、土曜日にシナゴーグに行った後でも、普通にサーフィンしたりしてたわよ。」
「なるほど……まぁともかく、アーロンは信仰に熱心な家に育った、ってことかな。東京出身の僕には理解しにくいけど……あ、でも君の実家にも祭壇とかあったよね?」
彼にそう言われて、思わず顔が綻んでしまう。覚えていてくれたんだ……ママに挨拶した時、レイジったら固まってたっけ。
「ふふ……そうね、お祖母ちゃんがインドのヴァーラーナシー出身だから、シヴァ神の祭壇に毎日お祈りしてたわ。お供えをするのがわたしの係で、ミルクを欠かしてよく怒られていたけど。」
わたしがそういうと、レイジがいくらか柔らかい表情になる。良かった、いつもの彼だ。
「……どうも、目の間にいる僕たちのことが認識できていないみたいだ。幻覚でも見ているのかな?それに、さっきからしきりに胸を掻きむしって痛がっている。外傷があるようには見えないけど……」
医師も、外傷もないし、内臓や肋骨にダメージを受けた様子もないと言う。
「まるで、魂そのものが切られたみたいね……例えだけど……」
わたしがそういうと、レイジも頷く。
「まぁ、ちょっと非科学的ではあるけど、データストームによってセルフイメージが破壊されたと考えると、あり得ないことではないかも。しかしそうなると、なかなか治療法がないような……」
レイジがそう言ったとき、メディカルルームのドアが突然ひらいた。
「あれ?アーロンおじさん、どうしちゃったの?すっごく泣いているね。」
入ってきたのは永琉だった。彼(と呼ぶのが良いのかどうかわからないけど)は、メディカルルームのドアに寄りかかって、すこし楽し気な笑みを浮かべてベッドの上のアーロンを見下ろしている。
「あ、あれ?……永琉、セキュリティはどうしたの?あなたにパスは渡していなかったはずだけど……」
わたしが尋ねると、彼は愛らしく小首を傾げた。
「セキュリティ?なんか、お願いしたら通してくれたけど?」
あら?そうなのね……Homines creavit corp.って、PMCを抱えているからセキュリティは結構厳重なんだけど……ここではそこまで厳しくないのかしら?
「メグ、細かいことは、今は置いておこう。今回のミッションは僕らのイシューではないけど、脳量子アバターを介したデータフィードバックで我々のクライアントである彼がこんな風になってしまったとなると……Homines creavit corp.からの支払いが滞るかもしれない。」
たしかに、納品して早々初期不良ってなると、ウチの責任も問われかねない。いやでも……
そんなとき、レイジのスマホからコール音がした。
「うわ……また阿部川さんか……もしもし……え?何ですって!アーロンたちが八幡宮を襲撃?それでその時の模様が全世界に配信されているだって!?……はい、はい、え?至急オンライン会議?いやちょっとアーロンが……まぁ、そうですね……分かりました。では15分後に。」
「最悪だ……」頭を抱えるレイジに、どうしたの?と訊くと、
「アーロンが、真昼間にPMCの1個小隊と、パワードスーツ10機を動員して八幡宮を襲撃したらしい……しかも毒ガスを使おうとしたとか……狂ってる!ヤツは異常だ!!アイツの国ならいくら殺しても揉み消せるのかもしれないけど、ここは日本だぜ!?……信じられない……しかも、その様子を撮影されて、全世界に動画配信されているなんて!……その動画がフェイクかどうかはAIですぐ判定できる……フェイクでないと判定されたら……」
わたしは、頭を抱える彼をハグして落ち着かせると、とりあえず自分たちのオフィスに戻って阿部川氏とのミーティングに備えることにして、メディカルルームから出て行く。
そのままラボの玄関を出ようとして、ふとアーロンたちの呻き声が止んでることに気が付いた。
「あら、鎮静剤でも打ったのかしら?」
そう言うと、レイジがわたしを急かす。
「メグ、とりあえず彼らのことはメディカルスタッフに任せておこう。いまは眼のまえの事態を収拾しないと。」
このとき、わたしは何かを忘れているように思ったけど、そのことを考えようとすると、頭に靄がかかったようになる。
もうだいぶ遅いし、疲れているのかも知れない。
とにかく今は、阿部川さんから言われるであろう面倒ごとを処理して、レイジも少し休ませてあげないと。
第102話、最後までお読みいただきありがとうございます!
さてさて、前話で夏菜子が「パワードスーツに、アーロンって悪もんが乗ってへんで?」と言っていましたが、その答え合わせでした。
要は、半次郎さんに因縁つけとったんは、アーロン本人やのうてAIアバターやったっちゅうことやね!
電池にするための人間を載せときながら、自分は安全なところにおるて、なんちゅう卑怯もんや。
そやけど、悪の栄える試しなし!アーロンは精神を破壊されて錯乱状態!もちろん、ハッキングでやられたんではありません。読者のみなさんはご存じでしょうが、神剣 天叢雲剣で、悪い心をバッサリ切られたんです!
ほんでもって、アレ君の声を聴いてブチ切れする礼二、あれ?コイツってアレ君のマブダチちゃうん?
と思ってたら、知らんまに人造生命体、永琉が入ってきて、阿部川さんはカンカンで……
ちゅうか、このオッサンなんやねん、なんもせんのに文句ばっかし言うてから。
え? なんか忘れてる?知りまへんがな、ワテ忙しおまんねん!!
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