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小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけます(-_-)


Instagram:@kasahana_tosho

 一体この会話は、何のための話なのか。宿題を休みの最終日にやることと余裕を持って家事をやることの何が関係あるというのか。


「いや、旦那がね」

「旦那?」


 菜穂子の旦那と言えば、確か大企業勤めで若くして係長を任された将来有望な男だったはずだ。義実家が名家で、菜穂子はそんな旦那の家に嫁ぐ形で結婚したのだ。


 金持ちの男と結婚したと言う話を菜穂子から聞いた時、全く羨ましく感じなかったことを思い出す。名家の長男と結婚したら、義実家との関係で色々と苦労するに違いないと思ったからだ。墓だとか、土地だとか、相続だとか。考えるだけで頭が痛くなる。


「いつまでも7月21日なんだなって話」そう菜穂子が言う。


「全然意味わかんない」

「終業式が終わって、夏休み1日目」

「わくわくどきどき。これからいっぱい遊ぶぞー!ってこと?」

「今までの私の話、聞いてた?」


 そうでなければなんなのか。私にとっての夏休み1日目は、これから何して遊ぼうか、誰と遊ぼうか、遠出の計画、楽しいことを考えるので忙しい日だった。


 いつまでも7月21日気分の旦那。菜穂子の旦那も、宿題は沢山遊び終えた8月31日に慌ててやるタイプなのだろうか。


「何?旦那が皿洗いしてくれないって話?」これまでの話から推理して、私は思いついたことを口にする。「それとも皿洗いをしてくれる旦那の気分は、いつもわくわくるんるん7月21日って話?」


「何か全然違うんだけど」

「じゃあ何よ」

「私にとっては、家事っていつも8月31日なわけよ。おしりが迫っているのに、まだやらなくちゃいけないことが沢山残ってる。だから、7月21日であっても早めに宿題をやろうって思うのよ」

「うん」

「でも旦那にとっては、いつまでも7月21日。まだまだ余裕があって、遊んでても大丈夫」


 言いたいことは何となくわからなくはない。けれど私は恋人と同棲をしたことも友人とルームシェアをしたこともないから、これはあくまで想像でしかない。


 菜穂子にしてみれば、夏休み初日の7月21日から宿題を始めておくことで、後々の楽を得たり、トラブルに備えておきたいのだろう。それは、家事、育児、仕事を両立していく菜穂子が先を見通す力を発揮しているからとも言える。それなのに、菜穂子の旦那は目の前にある家事しか見えていない。先を見通して、宿題を早めにやろうとは思わない。後でやる。やるけれど、今すぐにはやろうとしない。後でやれば大丈夫だと思っている。


 確かに、7月21日はそう思いがちだ。今すぐに宿題をやらずとも、まだまだ夏休みは沢山あると思っている。だから、遊ぶ。遊んでからやる。先に宿題をしてから遊ぼうなどという思考回路にはならない。


「え?何これ、愚痴?」

「え?何、悪い?」


 パンをちぎりながら菜穂子が私を睨みつけてくる。だから半ば笑いながら、私は答える。「それなら普通に愚痴ってよ」


「だって」

「しかもなんで7月21日なのよ。例え、もっと他にあったでしょ」

「今、夏休み期間でしょ?学生多いなって思ったから」

「この時間にいる学生は、宿題に追われる小中高校生じゃなくて、たぶんお気楽大学生なのよ…」


 時刻はそろそろ夜の8時半を迎えようとしている。お洒落なカフェでまったりと夕食を取っていた私達も、ラストオーダーですと声を掛けてくる店員の姿を見て、慌てて食後のスイーツを平らげる。


 私が伝票を持って立ち上がると、菜穂子が「私の分いくら?」と聞いてくる。私は「別にいいよ。奢るよ。4年分の誕生日プレゼントってことで」と応える。元々そのつもりだったのだ。


 「ありがとう」と菜穂子が照れくさそうに笑う。私はそんな彼女の笑顔がたまらなく好きなのだ。


「あー、なんかカラオケにでも行きたいな。美聡、まだ時間大丈夫?」


 デパートから外に出ると、空は当然だが真っ暗になっていた。デパートに足を踏み入れた時は、まだあんなに明るかったはずなのに、やはり菜穂子と一緒にいると、時間の経つ速度が全く違う。


 洋服、コスメ、雑貨。沢山の買い物袋を持った手を持ち上げて、菜穂子は背伸びをする。


「私は全然だけど、オチビさんは大丈夫なの?」

「今日は義実家の方に預けてきてるから」


 こういう話を聞くと、愚痴を言っていても何だかんだで仲の良い夫婦なんだろうなと思う。義実家との関係も、私はどう考えても遠慮したいと思ってしまうが、菜穂子のことだから、そこそこ上手くやっているのだろう。


 幸せな結婚生活が送れているようで、何よりだ。4年前、突然「妊娠したから結婚する」と報告を受けた時はどうなることかと思ったが、度々会う彼女は、色々あれど充実しているように見える。菜穂子が幸せそうにしているだけで、私も嬉しく思うのだ。


「ねぇ、美聡」カラオケ店に向かって歩いていると、また菜穂子が私に聞いてくる。「お年玉って、貯めておくタイプ?」


 あぁ、けれど、まだまだ4年間で溜まりに溜まった愚痴が続く夜になりそうだ。



 ※ ※ ※

次回投稿は6/1(日)

を予定しております。

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