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1-1

2026/1/2 全体的な構成を見直し微修整を行なっております。


小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますm(_ _)m


Instagram:@kasahana_tosho


 《1》


  ※ ※ ※


「夏休みの宿題って、いつやるタイプ?」


 レストランでパスタをくるくると巻いていると、私の目の前に座る菜穂子(なおこ)が突然そう言った。


 私と菜穂子とは中学生からの付き合いだ。その歴はもう十年以上になる。


 四年前、菜穂子が結婚し出産してからは、以前のように会えなくなってしまっていたのだが、今日だけは久々に二人で夜まで遊びを楽しんでいた。


「何の話?」

「だから、美聡って夏休みの宿題、いつやるタイプ?」


 私と言えば、そんな菜穂子が経験している人生とは程遠いところにいた。


 彼氏がいたことは何回かあれど、出産子育ては勿論、結婚もしたことがない。実のところ、他人と一緒に住んだ経験もない。


 だから、菜穂子の突然のその質問に、私はいまいち頭の整理が追いつかなかった。


 菜穂子の子どもは確かまだ三歳になったばかり。彼女が仕事に復帰してからというもの、子どもは保育園に預けているようだが、齢三歳の児童に宿題を出す保育園が、果たして世の中にあるのだろうか。


「どうだったかな。でも、八月三十一日に全部慌ててやるタイプだったかも」

「やっぱり?私もそうだった。そういえば夏休みって、今八月二十五日くらいまでらしいよ」

「え?それ、一周回って三十一日までになったんじゃないの?」

「え?そうなの?」

「いや、知らんよ」


 巻き終えたパスタを私は口に運ぶ。それで結局、何の話がしたかったんだと、心の中で呟く。


「じゃあさ、家事は?」


 また突拍子もないことを菜穂子は言う。


「は?」

「家事は、いつやるタイプ?」


 ますます菜穂子が何の話をしたいのかがわからなくなる。どうやら、子どもの宿題の話をしたいわけではないらしい。


「家事って、例えば何よ」

「じゃあ、皿洗い」

「皿洗い?」

「うん」

「食後とか」

「すぐ?」

「割とすぐ」

「どうして?」


 どうして?それは、何故食後にすぐ皿洗いをするのかという話だろうか?


 そんなこと、深く考えたこともない。


 食事を終えた後、すっきりした机でお茶を飲みたいからだろうか。置きっぱなしにしてカピカピになった茶碗を洗うのが面倒だからとも言える。


「宿題は後回しなのに、どうして皿洗いはすぐやるの?」

「だって後が大変じゃん」

「宿題だって、計画的にやらないと後が大変だよ」


 確かに菜穂子の言う通りだ。


 学生の頃、毎度のこどく宿題を休みの最終日に必死になってやっていたのに、今やそんな面影はない。


 宿題も皿洗いも、面倒なことに変わりはないはずなのに。


「というかさ、それ、後天的に学んだからじゃない?」


 私の言葉に菜穂子は首を傾げる。カットフルーツが入った透明なティーカップに紅茶を注いで一口飲んだ後に、彼女は口を開く。「どういうこと?」


「だからさ、学生の時に宿題を後回しにして辛かった経験をしたから、今は後回しにしないというか」

「なるほど?」

「掃除もさ、やりたくないけどやるのよ。例のGの人を見たくないから」

「例のGの人と戦ってきた歴史が、今、活かされているのね」

「そうやって、学生から積み重ねてきた経験が、今の面倒だけどやる私を生成したのよ、たぶん」


 まぁ、私自身はゴキブリと戦ってきてはいないけれど。


 実家にいた頃にゴキブリと対峙してきたのは家族だ。


「まぁあと、先を見通す力?っていうのが培われた?的な?」強いて言えばね、と私は言葉を付け加える。


「先を見通す力か…でもそれも、結局は今までの経験の上に成り立ってるよね」

「で、何の話なの?これ」


 結局、私の思考はそこに戻る。


 一体この会話の着地点はどこなのか。宿題を休みの最終日にやることと余裕を持って家事をやることの何が関係あると言うのか。


「いや、旦那がね」

「旦那?」


 菜穂子の旦那と言えば、確か大企業勤めで若くして係長を任された将来有望な男だったはずだ。義実家が名家で、菜穂子はそんな旦那の家に嫁ぐ形で結婚したのだ。


 金持ちの男と結婚したと言う話を菜穂子から聞いた時、全く羨ましく感じなかったことを思い出す。


 名家の長男と結婚したら、義実家との関係で色々と苦労するに違いないと思ったからだ。


「いつまでも七月二十一日なんだなって話」


 そう菜穂子が言う。


「全然意味わかんない」

「終業式が終わって、夏休み一日目」

「わくわくどきどき。これからいっぱい遊ぶぞー!ってこと?」

「今までの私の話、聞いてた?」


 そうでなければなんなのか。私にとっての夏休み一日目は、これから何して遊ぼうか、誰と遊ぼうか、遠出の計画、楽しいことを考えるので忙しい日だった。


「何?旦那が皿洗いしてくれないって話?」


 これまでの話から推理して、私は思いついたことを口にする。


「何か全然違うんだけど」

「じゃあ何よ」

「私にとっては、家事っていつも八月三十一日なわけよ。おしりが迫っているのに、まだやらなくちゃいけないことが沢山残ってる」

「うん」

「でも旦那にとっては、まだまだ余裕があって、遊んでても大丈夫」


 言いたいことはわからなくもない。


 菜穂子にしてみれば、夏休み初日の七月二十一日から宿題を始めておくことで、後々の楽を得たり、トラブルに備えておきたいのだろう。


「え?何これ、愚痴?」

「え?何、悪い?」


 パンをちぎりながら菜穂子が私を睨みつけてくる。だから半ば笑いながら、私は答える。


「それなら普通に愚痴ってよ」

「だって」

「しかもなんで七月二十一日なのよ。例え、もっと他にあったでしょ」

「今、夏休み期間でしょ?学生多いなって思ったから」

「この時間にいる学生は、宿題に追われる中学高校生じゃなくて、たぶんお気楽大学生なのよ…」


 時刻はそろそろ夜の八時半を迎えようとしている。


 洒落た店でまったりと夕食を取っていた私達も、ラストオーダーですと声を掛けてくる店員の姿を見て、慌てて食後のスイーツを平らげる。


 私が伝票を持って立ち上がると、菜穂子が「私の分いくら?」と聞いてくる。私は「別にいいよ。奢るよ。四年分の誕生日プレゼントってことで」と応える。元々そのつもりだったのだ。


 「ありがとう」と菜穂子が照れくさそうに笑う。私はそんな彼女の笑顔が昔からたまらなく好きなのだ。


「あー、なんかカラオケにでも行きたいな。美聡、まだ時間大丈夫?」


 デパートから外に出ると、空は当然だが真っ暗になっていた。デパートに足を踏み入れた時は、まだあんなに明るかったはずなのに、やはり菜穂子と一緒にいると、時間の経つ速度が全く違う。


 洋服、コスメ、雑貨。沢山の買い物袋を持った手を持ち上げて、菜穂子は背伸びをする。


「私は全然だけど、オチビさんは大丈夫なの?」

「今日は義実家の方に預けてきてるから」


 こういう話を聞くと、愚痴を言っていても何だかんだで仲の良い夫婦なんだろうなと思う。義実家との関係も、菜穂子のことだからそこそこ上手くやっているのだろう。


 菜穂子が幸せそうにしているだけで、私も嬉しく思うのだ。


「ねぇ、美聡」


 カラオケ店に向かって歩いていると、また菜穂子が私に聞いてくる。


「お年玉って、貯めておくタイプ?」


 あぁ、けれど、まだまだ四年間で溜まりに溜まった愚痴が続く夜になりそうだ。


  ※ ※ ※

次回投稿は5/28(水)

を予定しております。

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