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そして私は今日も、この笑顔の仮面を被って生きていく。
一重の瞼も低い鼻も角張った輪郭も貧相な胸も、金さえ払えば全て理想に近付いていく。
だから、私は全て金で美しくしてきた。
生まれ持ったそのままの部分など、ほぼない。
でもそれでいい。それが、いい。私の体は、容姿は、商品だ。美しくなければ意味がない。
今日もその作られた顔に化粧を施していく。美しい顔を更に洗練させていく。
一張羅に身を包み、髪をセットし、最後に口紅を塗る。
時刻は14時少し前。これから気が遠くなるくらい長い時間、私は私でない、別の誰かの仮面を被る。
この赤い艷やかな口紅は、そんな私でない別の誰かになるためのスイッチなのだ。
ヒールの音を強く鳴らして自らを鼓舞し、約束の場所へと急ぐ。
冬でも日差しが強い。暑さこそ感じないが、その眩しさはまるで私の存在を酷く否定しているように感じる。
日陰になっているショッピングモールの柱に背中を預け、私は携帯を取り出す。
「麗那ちゃん」
メッセージを送ろうとする前に、そんな男の声が聞こえた。
顔を上げる。顔面に五百万円の数字を掲げた男が、目の前に立っている。
「庄司さんっ」
「いやぁ、ごめんね。こんな早い時間から」
「全然ですよぉ。デートしてから一緒にお店に行けるなんて、嬉しすぎですもん」
「チケットはもう買ってあるから、早速行こうか。麗那ちゃんは、ポップコーンは塩派?キャラメル派?」
「ハーフ&ハーフにして、庄司さんと分けっこしたいなぁ」
「勿論」
五百万円は、先月の私の誕生日にこの男が注ぎ込んでくれた金だ。
だから、私はこの男に二度と頭が上がらないし、一人の人間としての感情を撒き散らすことも一切叶わない。
一生笑顔が貼り付いたこの仮面を、私はこの男の前で脱ぐことなどできない。
唯一救いがあるとすれば、この男は稀に見る良客であるということだろうか。
金払いは良いのに、しつこい誘いや連絡はない。仕事の愚痴や自分の自慢は多いけれど、客と嬢の境目はしっかりと理解している。時折こうして同伴デートやアフターに誘われるが、それだけだ。
あくまで私の売上に貢献しようとしてくれる。彼女にしたいだとか、結婚しようだとか、そんな妄想じみたことは決して言わない。
だから尚更、私はこの男に飽きられるその最後の一秒まで、「麗那」としての仮面を脱ぐことは許されない。
恋人のような距離で歩いて、映画を見て、お茶を飲んで、けれど決して恋人にはなり得ない。
庄司とともに店について、私は急いで着替えを済ませる。先に席で待っていた彼のもとに、高いヒールの音を鳴らして登場する。
「昼間の麗那ちゃんも可愛いけど、やっぱりキャバ嬢としての方が華があって、僕は好きだなぁ」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らす庄司は、自分がここまで「麗那」というキャバクラ嬢を育て上げたとでも言いたげだ。
あながちそれは間違ってはいないのだが。
私がまだ大して可愛くもなくて、売上も殆どなかった時から、この男は私にお金を落とし続けてくれている。
最初は一ヶ月に一回、数万円。その内一ヶ月に二回、三回。気付けば毎週のように来ていて、一度に使う額も増えていった。
私がこの男のおかげで美しさもスキルも磨きを掛けていきキャバクラ嬢として成功していく裏側で、この男も仕事で成功していく。
何かあったのかと聞くと、「麗那ちゃんを応援したいって思うと、僕も自然と頑張れるんだ」と彼は答えた。
庄司の好みである薄いピンク色のドレスに身を包んで、私は彼の隣に座る。最初はたどたどしかったお酒を注ぐという行為も、気付けばすっかり板に付いている。
庄司はまず初めに私の好きなお酒を頼んでくれる。それで乾杯をして、今日見た映画の感想を語り合う。
カフェでも散々話したはずなのに、俳優の演技力から映画内では語られなかった物語の考察まで、2人で語り尽くす。
あのラストの展開なら、続編出るかな?あるかもしれない。じゃあ公開したら絶対に一緒に観に行こうね。
なんて、そんな未来の約束を交わしながら。
酔いも少し回ってきた頃、ボーイが遠慮がちに私達の席に近付いてきて、そっと耳打ちをする。
どうやら、面倒な客が来たらしい。
取引先の接待のためによくこの店を利用している常連客だ。出入り禁止にするほどではないが、酒が回ってくると取引先の相手を持ち上げるために男尊女卑な発言が多くなるし、ついつい嬢の胸や足に手が伸びてくる。
それでも気前よく金は使ってくれるし、接待のために連れてきてくれた取引先の相手をリピーターにしてくれるし、店側もはっきりと断れないのが現状だ。
そしてどうやら、その客に私は好かれているらしい。
庄司の方をちらりと見る。何かを察したように、彼は笑って「早く行ってきな」と声を掛けてくれる。
「本当は麗那ちゃんとずっと一緒にいたいけど、こればかりはしょうがないからね」
「庄司さん…ごめんね」
この仕事に就いてからというもの、庄司には助けられてばかりいる。お店で楽しくお酒を飲むだけでは返せないほどの借りが彼にはあるような気がしてしまう。
しょうがないから、と言う彼の顔は、笑顔だけれど寂しそうに見えた。
またどこかで埋め合わせしなければ。アフターや同伴で許してくれるだろうか。
「遅いよ、麗那。早く早く。こっち」
いつでも私服の庄司とは違って高級そうなスーツに身を包んだ男が、大声で私を呼ぶ。
庄司は正直、見た目だけではあまり仕事ができそうには見えない。いつもくたびれたTシャツとチノパンを着ていて、髭も剃ってはいるが綺麗に整えられてはいない。眼鏡はいつも指紋がついているし、お腹も不健康そうに前に飛び出している。
けれどそれは、彼があまり自分の見た目に興味がないからだ。自分の容姿にお金をかけようという価値観がそもそもない。
それでも彼は、今や年収二千万円を超えるシステムエンジニアだ。長年フリーランスとして仕事をしてきて、今や国内だけではなく海外の依頼も請け負うのだという。
所謂、「その筋では有名人」というやつ。
次回投稿は7/12(土)
を予定しております。