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2026/1/8 全体的な構成を見直し修整を行なっております。
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そして私は今日も、この笑顔の仮面を被って生きていく。
一重の瞼も低い鼻も角張った輪郭も貧相な胸も、金さえ払えば全て理想に近付いていく。
だから、私は全て金で美しくしてきた。
生まれ持ったそのままの部分など、ほぼない。
でもそれでいい。それが、いい。
私の体は、容姿は、商品だ。美しくなければ意味がない。
「麗那ちゃん」
顔を上げると、そこには顔面に五百万円の数字を掲げた男が立っていた。
「庄司さんっ」
「いやぁ、ごめんね。こんな早い時間から」
「全然ですよぉ。映画デートしてから一緒にお店に行けるなんて、嬉しすぎですもん」
庄司は私がまだ売れないキャバクラ嬢だった時からずっと指名をしてくれている客だ。そして五百万円は、先月の私の誕生日にこの男が注ぎ込んでくれた金。
だから、私はこの男に二度と頭が上がらない。
笑顔が貼り付いたこの仮面を、私はこの男の前で脱ぐことはできない。
「昼間の麗那ちゃんも可愛いけど、やっぱりキャバ嬢としての方が華があって、僕は好きだなぁ」
デートを終え店に着くと、庄司はそう言って得意げに鼻を鳴らした。
まるで、自分がここまで「麗那」というキャバクラ嬢を育て上げたとでも言いたげだ。
もちろんその通りなのだが。
昼間のデートの時の清楚な格好とは打って変わって、薄いピンク色のドレスに身を包んで、私は彼の隣に座る。
庄司はまず初めに私の好きなお酒を頼んでくれる。それで乾杯をして、今日見た映画の感想を語り合う。
ーー酔いも少し回ってきた頃だろうか。ボーイが遠慮がちにそっと耳打ちをしてくる。
どうやら、面倒な常連客が来たらしい。しかも私を指名して。
庄司の方をちらりと見る。何かを察したように、彼は笑って「早く行ってきな」と声を掛けてくれる。
「庄司さん…ごめんね」
しょうがないから、と言う彼の顔は、笑顔だけれど寂しそうに見えた。
またどこかで埋め合わせしなければ。アフターや同伴で許してくれるだろうか。
「遅いよ、麗那」
高級スーツに身を包んだ男が、大声で私を呼ぶ。
「佐々木さん。ごめんなさい。お待たせしました」
傲慢さを隠そうともしない、面倒な常連客。
「どうしようかな。麗那は一旦、裁矢さんの横に座ってもらっていい?」
佐々木はそう言って、空いた座席を顎で指し示す。
言われるがままに私は腰を下ろすと、「裁矢さん」と呼ばれていた男性と目が合った。
「麗那です。はじめまして」
私は名刺を取り出して挨拶をする。笑顔を向けると裁矢の視線は少し泳いで、気まずそうな表情を浮かべていた。
「裁矢と、申します」
手渡した名刺を丁寧に机の上に置いて、裁矢は自分の名刺を取り出しながらそう言う。
彼の名刺を受け取って、私はその小さな用紙に視線を落とす。
大手ハウスメーカーの営業部。肩書は、次長。最後に「裁矢賢一郎」という名をなぞるように見て、私は顔を上げる。
すらりとした体格で、手足が長い。おそらく身長が高いのだろう。それでいて肩幅があって筋肉質に見える。
真面目で誠実そうな雰囲気が漂っていて、容姿も良い。きっと女性にモテる。
キャバクラに通い詰めるようなタイプの人間には到底見えない。
ちらりと視線を裁矢の左手の薬指にやる。
やはり結婚指輪をしている。こういう場だからと言って外すこともしていない。
おそらく、佐々木に無理やり連れてこられたのだろう。
「裁矢さんは、普段はウイスキーを呑まれるんですか?」
何であれ、私は自分の仕事をするまでだ。
机の上にあったウイスキーのボトルを手に取って、私は裁矢に問う。
「…そう、ですね。お酒は好きで、よく家で晩酌をします」
「奥様と?」
裁矢が少し驚いた顔をする。私が結婚指輪に視線を向けると、彼は苦笑いを見せる。
「いえ、基本的には一人で。つまみは作ってもらいますが」
苦笑いの意味は何だろう。妻帯者でありながらこのような場所に来てしまったことへの罪悪感からだろうか。
「家では何を呑まれるんですか?」
「最近はアイラ系が多いですね」
「わぁお。あの個性をクセになるって思える人って、本当にウイスキーがお好きなんだなぁって思います。ちなみに、ラフロイグ派ですか?それともボウモア派?」
「さすが、お詳しいですね。どちらかと言えばラフロイグです。クセが強い方が好みで」
「あら、残念。私はボウモア派です。ラフロイグって好き嫌いがはっきり分かれるウイスキーですよね。裁矢さんは、そういう評価が割れるものに惹かれるタイプだったり?」
「確かに、そうかもしれません。他人の好みにあまり振り回されたくない、というか」
この男は、見た目は物腰の柔らかい雰囲気だが、意外と「クセのある」性格なのかもしれないとふと思う。
けれどそれを決して表には出すことはない。
「お酒って、その人の考え方が見えますよね。スッキリしてるのが好きとか、あえて飲みにくいものを好むとか。どういう自分でいたいかが、そこに表れてる気がします」
「それは面白い見方ですね。何か、私の心の中を見透かされているみたいで恥ずかしいですね」
「私の勝手なイメージですけどね。でもやっぱり、アイラ系を選ぶ方って、強い信念がある方が多い気がします」
「…麗那さんとお話していると、まるで私のことをとても良く理解してくれているかのような気分になりますね。さすがと言いますか…。お酒にも詳しいですし」
「そんな風に感じでいただけるなんて、とても嬉しいです。私もこういう仕事なので、お酒には詳しくないと」
「妻は酒に疎いので、余計に魅力的に見えてしまうのかもしれませんね」
ここで先ほど自分で避けた妻の話を持ち出すのか。
何回か瞬きをして、裁矢の顔をじっと見つめる。
目の前の女に心が揺らいでしまったが故の言葉には到底見えない。
どちらかと言うと、身内を下げて相手を褒めるような、そんな感覚。
物腰柔らかな優しそうな雰囲気は、この男の仮面なのだろうか。
私と同じ。私もずっと、「麗那」としての仮面を被って生きている。
そもそもこの世に仮面を被らずに生きられる人間などいるのだろうか。皆誰しも、表と裏がある。本音と建前がある。それが客や取引相手ともなれば、決してその仮面が外れることなどない。
ちらりと横目で庄司の卓を見る。他の嬢を呼ぶこともなく、1人で酒を飲んでいる。私が佐々木のところへ行こうとした時、彼は言葉では快く見送ってくれたけれど、本音は引き留めたかったのだと思う。
それもある意味で、庄司が「聞き分けの良い客」としての仮面を被った結果なのだろう。
「…結婚生活は、楽しいですか?」
気付けばそんな言葉を裁矢に投げかけていた。
今まで結婚に憧れを抱いたことがあるわけでも、今すぐ誰かと結婚したいわけでもない。
ただ純粋に、結婚という道を選びそれを今も続けられることに深い興味を感じたのだ。
「楽しい、と思うことはもうあまりないかもしれませんね。今は自分の人生の一部ですから」
「それでも、裁矢さんにとって、家庭は失いたくなくて大切なものなんですよね。裁矢さん、本当はここへ来たくて来たわけじゃないんでしょう?」
耳打ちをするように、私は小さな声でそう言う。申し訳なさそうに笑う裁矢は、言葉で否定することはないが、態度が私の言葉を肯定している。
「私の偏った考えかもしれませんが、こういう場所に自ら足を踏み入れる方は、皆さんどこかに強い渇きを感じている方達です。何かが足りてない。ご家庭があっても、お金を持っていても、その足りない何かを必死で埋めようとしている。でも裁矢さんは、そういう意味でここに来たわけじゃない。きっと私の知らない世界を知っている人だって、ついそう思ってしまって」
「…そうですね。確かに、当たり前になってしまっていて普段は気付きもしませんが、仕事もあって、家族があって、安定があって、それを守りたいと思う感情もある。それって満ち足りていて、幸せなことですね」
家族があって安定があって、そこには幸せがある。裁矢と私とでは全く違う人生を歩んでいる。
当たり前のような幸せと引き換えに、美貌と大金を手にしてきたのが私の選んだ人生だ。
私はきっと、今更これを手放して裁矢と同じような人生を歩むことなどできない。
限界など、とっくに見えているのに。
「だから、妻に不満ばかり言ってては駄目ですね」
おどけたように裁矢がそう言って笑った。
「奥様と喧嘩したんですか?」
「いえ、喧嘩ってほどでは。いつもの愚痴の言い合いと言いますか。ただ、妻はいつも正しい事ばかり言うので、私も大人気なく突っぱねてしまって」
なるほど。だから先ほど、妻の話を持ち出した時に裁矢は苦笑いをしたのか。
日々の些細な喧嘩。けれどそんな喧嘩中に仕事とは言えキャバクラに訪れたことは、彼にとっては葛藤があっただろう。
その後も裁矢との何気ない日常の会話が続く。気付けば1時間以上経っていて、私は慌てて佐々木に断りを入れて庄司のところへ戻る。
卓に誰1人嬢がいないまま時間延長をしていた庄司に、私は深く頭を下げる。
「庄司さん、ごめんなさい。今日は同伴もしてくれたのに、全然時間取れなくて」
「全然。麗那ちゃんが頑張ってる姿を見ながらお酒を嗜んでたから」
無意識に庄司の左手の薬指に目がいく。これは確実に、先ほど裁矢と話していたせいだ。
庄司が結婚していないのは知っている。これほど私に会いにきて私に金を使って、結婚する余裕もないだろう。
けれどいつか、それは突然やってくる。
そんなものは嫌だと、何故か心が強く揺さぶられる。そんなこと、これまで一度も考えたことなどなかったのに。
どう転がっても、庄司と私の関係は客と嬢だ。裁矢夫妻のように仮面を脱いで自分の思いをぶつけ合えるような関係になる日など訪れやしない。
そもそも私がこの男に抱いている感情は恋ではない。
こんな風に考えてしまうのは、ただ、長年ずっと私を支えてくれていたこの男であれば、私のこの仮面の裏も認めてくれるのではないかという淡い期待を抱いてしまうせいだ。
「…麗那ちゃんは結婚に興味あるの?」
庄司のそんな言葉に、私はきっと随分と間抜けな顔をしていただろう。
「いや、ちょっと聞き耳立てちゃったというか、向こうの卓で何の話をしていたのか、ボーイくんから無理矢理聞き出しちゃったんだけど」
「あれは、なんというか、話の流れで。私は結婚とかあんまり」
「でも、気にはなってるんだ」
「結婚、というか、今あるこの環境が永遠のものだとは思わないから。それこそ、庄司さんが結婚して、もう私なんかに興味がなくなってしまったら、私は売り上げの多くを失うことになるし」
「僕は結婚なんてしないよ」
「どうかな。人の気持ちなんて変わるものだよ」
「僕は麗那ちゃんがキャバ嬢で居続けようがキャバ嬢をやめようが、ずっと麗那ちゃんを好きな自信があるけどね」
「可愛さや美しさを武器にし続けるのは、限界があるって話よ」
「そのために僕がお金を稼いでる」あまりにあっさりと庄司がそう言う。「麗那ちゃんが麗那ちゃんであり続けられるなら、僕はいくらで頑張れるよ」
それはプロポーズににも似た言葉だった。一生幸せにすると、そんな風に言われている気分だ。
直接的な言葉より、覚悟と責任を感じる。この男に縋ってもバチは当たらないのではないかと、脳が錯覚していく。
互いに手を重ねて見つめ合えば、何やらやたらと庄司が魅力的に見えた気がした。
次回投稿は7/12(土)
を予定しております。




