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東を見下ろし、まっすぐこちらを見る彼女を睨みつける。
精神鑑定の後?そんなものは絶対にあってはならない。
医者によって病名がつけられれば、菜穂子の声は全て記号になっていく。彼女の言葉も動機も、診断結果の中に埋もれていく。
あの女は病気だから、と片付けられていく。
そうなってしまっては、菜穂子の言葉は対等な人としての価値を失っていくのだ。
それに、もし菜穂子に責任能力がないと判断されれば、彼女はもう二度と自らの罪と向き合うことができなくなる。
自らが犯した罪の重さを知ることなく、犯したことの代償を払うことなくただの過去になっていく。
そんなことは、絶対にあってはならない。
「お前はそれで納得しているのか」
東から視線を反らし、審馬は四方の方へと振り向く。
少なくとも昔の四方であれば、面倒事などさっさと片付けてしまおうとする上層部のやり方を簡単に受け入れはしなかった。
自分なりにでも着地点を見つけて、上層部と戦っていこうとしていた。
「納得も何も、上の判断に従うしかないだろ」
四方の言葉に、審馬は隠すことなく舌打ちをする。
「くだらねぇ上層部の犬になりやがって」
そう吐き捨てて、審馬は監視室を出ようとする。背後から四方に呼び止められて、けれど振り返らずに審馬は答える。
「送検するのは構わない。でも鑑定留置はギリギリまで引っ張れ。その間に、俺が絶対にあの女の本性を引き摺り出してやる」
監視室の扉の前に立ちはだかる東を押し退けて、審馬はドアノブに手を掛ける。
「いくら裁矢菜穂子が美人だからって、執着し過ぎですよ。女好きにも程があるでしょう。相手は犯罪者ですよ?気持ちが悪い」
東のその言葉は、審馬に対してというよりは四方に吐いた愚痴のようなものだったのだろう。
「確かに審馬はどうしようもなく女にだらなしない奴だが…裁矢菜穂子に執着するのは、多分、そういうことじゃないんだよ」
「どういう意味ですか?」
「東は審馬が本庁出なのは」
「聞いたことはありましたが、係長が言うなら本当なんですね」
「それなら、あいつが本庁にいた時…」
「四方」くだらない。聞いていられなくて、審馬は振り返りざまに四方を睨みつける。「余計こと言ってんじゃねぇよ」
監視室を出て、すぐ隣の取調室に入る。審馬の乱入に中にいた刑事が怪訝な顔を見せて、けれど構わず「どけ」と椅子を無理矢理奪い取る。
菜穂子と机を挟んで正面から向き合う。視線を逸らすことなく真っすぐこちらを見つめる彼女の瞳には、罪悪感も闘志も復讐心も感じられない。
機械的で強い感情などない、して当たり前とでも言うような正義感。
「裁矢。次期にあんたに殺人容疑で逮捕状が下りる。あんたがいくら殺していないと言ってもだ」
おとぎ話にでも出てきそうなあの趣味の悪い見た目の家で起きた殺人事件。一家3人が殺された。
最初に殺されたのは長男である晴翔。睡眠薬と精神安定剤が混ぜられた酒を飲み、急性薬物中毒に陥った。
何故、息子を殺さなければならなかったのだろう。裁矢家にとっては唯一の子どもで、その存在は何よりも大切だったはず。
いや、違ったのだろうか。菜穂子にとって息子は、命を懸けてでも守りたい存在にはなり得なかったのだろうか。
親だから子どもに自分の全てを捧げることができるなどというのは、確かに理想論かもしれない。
審馬にとってはそうだった。子どもの命と刑事としての自分を天秤に掛けて、後者を選んだのだから。
「他の刑事さんもおっしゃっていましたが、殺すとは、随分と物騒な話ですね」
瞬きを一つした菜穂子が、そう呟くように言う。
「そうだな。あんたがしたことだ」
「あの人達は裁かれたのです。殺されたわけではありません」
「裁矢。お前が、『裁いた』んだな」
菜穂子が「殺人」を頑なに認めないのは、そこに殺人としての意識がないからなのかもしれないと考える。
「殺人」ではなく、「裁き」。他人から見ればどちらであろうと同じだが、菜穂子にとっては大きな意味の違いがある。
「私は、判決を下しました」
菜穂子が少し目を伏せて答える。
「判決を下した」だけで、「裁いた」つもりはない、と。
机の上に置かれていたバインダーをちらりと覗く。
菜穂子は城の中に閉じ込められた世間知らずの専業主婦にしては、かなり学歴が高い。誰もが知っている有名大学の法学部を卒業後、法科大学院に進学している。おまけに法科大学院在学中に司法試験の予備試験に合格しているようだ。
法律の専門家。知識だけを問うたら、きっと審馬より彼女の方が詳しいかもしれない。
けれど、彼女は司法の道に進むことなく法科大学院を中退、パートタイムでいくつかの仕事の経験を経て、専業主婦になっている。
法科大学院を中退せざるを得なかったのは、他でもない、晴翔の妊娠によってだ。
つまりは、専門家は専門家でも実に中途半端で、本物の正義になろうとしてなれなかったならず者というわけだ。
「…じゃあ聞くが、あんたが下した判決は何だ。被害者達の罪状は何で、どんな判決を下されたんだ」
菜穂子の長い睫毛がゆっくりと上を向く。その大きな瞳で審馬の姿を捉えて、口を開く。
「被告人裁矢晴翔に対する罪状は、傷害罪、暴行罪、強要罪および自殺教唆罪。被告人裁矢賢一郎に対する罪状は、保護責任者遺棄罪、暴行罪、準監禁罪および強制性交等罪。被告人裁矢加津子に対する罪状は、名誉毀損罪、強要罪および準監禁罪と認定。以上を踏まえ、被告人3名に対し、死刑を言い渡しました」
次回投稿は7/2(水)
を予定しております。