08.馬子にも衣装
そして美味しい食事が終われば、侍女達が私の背後にずらりと並んでいて思わず圧倒される。
真ん中に立っていた薄紫色の髪をした侍女が一歩前に出た。昨日からお世話になっている人だ。
「この度、専属で付かせていただくことになったリリアナと申します。これからよろしくお願い致しますね。
それでは姫様、お召し物を着替えましょう。朝、お部屋にいらっしゃらなかったのでまだ朝の支度が出来ていませんことよ」
「リリアナか、よろしく頼む。す、すまない……」
そして昨日のお風呂の時のようにろくな抵抗も出来ずにリリアナを始めとする侍女たちによって部屋へドナドナされて行く。
衣装部屋のクローゼットに用意されていたのは、まるで店でも開くのか?と聞きたくなるほどの量のドレスやアクセサリーが並んでいた。
「ささ、お好きなものをお選びくださいまし」
「高価なものだろう。私には着る資格がない」
「優しい魔王陛下からのご好意ですわ」
「それでも私よりリリアナのような美しい人の方が似合うのではないだろうか」
「あらお上手ですこと。では似合いそうなものを選ばせていただきますわ」
ふふふと笑い、サラリと受け流されてしまいそのまま赤を基調としたAラインのドレスに着替えさせられる。最初にピンクを選ばれそうになって必死に抵抗した。しかしこのドレスも後ろにリボンが着いていたり大きめなフリルのため少し可愛らしいデザインになっている。
高級そうな……街に家が一軒建つのではないかと無いかと思う大きさの宝石のアクセサリーを着けてもらって、色んな意味の重さと緊張で固まってしまう。もし弁償とか言われたらどうすればいいのだろうか。出来ればルネディア国王に請求して欲しい。
それから丁寧に髪を梳かして貰って、香油を垂らされヘアアレンジまでして貰った。髪が絡まらないだろうかとハラハラして見つめていた。
不器用な私がやったら髪が大変なことになるだろう。
人生初めての化粧も施され、鏡に映る自分がどんどん変わっていく。母国の人間が今の私を見てもイザベラだと分からないのではないか。
「すごいな。まるで魔法みたいだ」
「姫様がお綺麗だから、磨けば磨くほど輝いたのですわ。
それでは魔王陛下に見せましょうか」
「え、どうしてだ?」
「御礼を伝えませんと」
どこかウキウキとしたようすのリリアナに首を傾げつつ、ここまで良くしてもらったのだからお礼に行かなければと納得する。
「魔王陛下は何処にいるんだ?」
「まぁまぁ、直ぐにここに来ると思うので姫様は座っててくださいまし」
「私が魔王陛下の元に行くのが筋なのでは……?」
私が困惑していれば、控えめなノック音が響いて扉が開かれる。そこにいたのは噂していた魔王陛下であった。こんなに顔を見合わせることが出来るなんて暇なのだろうか。
彼の赤い瞳が私の頭の先からつま先まで辿るのを感じて、どこかソワソワとしてしまう。
「ま、馬子にも衣装って感じね」
「私もそう思う!」
「そこで即肯定されると良心が痛むのよね」
「めんどくさいな……」
「心の声が漏れてるわよ」
正当な評価に私は胸を撫で下ろす。過度な賞賛は身体がくすぐったくなるので、正直に言って貰えた方がありがたい。
侍女たちの腕は確かだが、私は着飾っても私なのだから。
「改めて魔王陛下、こんな豪華な服やアクセサリーを用意してくれてありがとう。ドレスの類をあの一着しか持っていなかったから助かるよ」
「あのボロ布みたいなのしか持ってないの?アンタお姫さんなんでしょ?」
「費用は全部義姉達のドレスに回ってしまってな。末の姫なんてそんなものだ」
私用のものが用意されても切り刻まれたり汚されたり、虫や毒針が仕込まれていたりとバリエーション豊かな嫌がらせをされた。なので大抵は義姉からのお下がりを貰っていたのだが、センスの宜しくない義姉達でも着ないような奇抜なデザインか、既に流行遅れだったりするので社交の場で着るわけにもいかず。
そして私だけがどんどん身長を伸ばしていったのでお下がりが体に合わず、縫い直すことも少なくなかった。
私は不器用なので実際にやってたのはお兄様だが。それでも私も掃除や洗濯はやっていたが、裁縫と料理がからきし苦手でお兄様に頼りきりだったなと懐かしく思う。
「……その服と、そのクローゼットに入ってる服は全部あげるから、あのドレスは捨てておくわね」
「破格の対応だな。私は洗濯用にあと2着ぐらいあれば大丈夫だ。ありがとう」
「アンタのサイズを着る人は魔族にそうそういないから、肥やしになっても仕方ないし有難く貰っておきなさいよ」
「そういうことなら……」
大切なコートとマフラーは既に鞄にしまい込んでいるので、あのボロ布と称されたツギハギだらけのドレスを捨ててもらえるなんてむしろ有難い。
ここにあるドレスを全部貰えるとなっても、身体はひとつしかないので全部着るには何日かかるのだろうかと計算して心配してしまった。
どこか気まずそうに魔王様は咳払いをして、私に向き直す。
「まぁ、悪くはないに言い換えておくわね」
「気遣い感謝する。昔から私にこういう可愛らしい服は似合わなくてな」
「黙りなさい。過度な謙遜は不快よ」
そう言って苦笑すれば、鋭い言葉で切り裂かれて私は目を丸くする。
「だいたいアンタね、アタシよりずっと小さくてしかも女なんだから可愛くて似合うに決まってるでしょう」
2mはありそうな魔王様が一歩私の方へ近づけば、私は首を痛めそうになりながら見上げなくてはならない。
母国では男性でも彼ほど高い身長の人は全くと言っていいほど居らず、私がヒールを履けば同じぐらいになってしまっていた。
心臓がはねるような感覚がして、私は首を傾げる。そんな私に魔王様は指をさして言葉を続ける。
「アタシ達からみたら小動物みたいなものよ」
「は?小動物……?」
壁際でうんうんと頷いている使用人たちもいて首を傾げる。言われ慣れていない言葉のオンパレードに身体中がくすぐったかった。
用は済んだとばかりに立ち去ろうとした魔王様だが、思い出したかのように口を開く。
「そういえば言っておきたいことがあったから丁度良かった。
今朝、確認と話し合いのために使者をアンタの国に送ったから、とりあえず婚姻の件は保留ということで。状況が進展するまでは、この城の中なら自由にしてていいわよ」
そうなると、数日から数週間はかかるだろうか。
それまで私は魔王の婚約者でもない、隣国から押しかけてきたただの居候という中々宙ぶらりんな立場だ。それでも私を拘束や部屋に軟禁にしないのは対応として優しいなと思う。
「わかった。それなら体を鍛えていても構わないだろうか。騎士団とかの見学は可能か?」
「見学はいいけど、アンタのその身長じゃ入団するのは無理よ」
「えっ……? ちなみに女性は何cmからなんだ」
「185cmだけど」
私はショックを受ける。この私が高すぎて駄目なのではなく、低いから駄目と言われる日が来ようとは。項垂れていれば、呆れた声が降ってくる。
「ていうかアンタ身分的に隣国の姫君なんだから普通に止められるわよ」
「それ我が国でも兄に言われた……別に姫でも騎士になっていいだろ……」
「あぁ、そういえばそっちの国は沢山王子と姫が居たわね」
「まぁ私が兄と慕うのは双子の兄一人だけだがな」
「そう。王族って色々あるわよね」
性格の終わった義兄姉のことを思い出して苦い気持ちになる。私に関わることをしなかった、悪く言えば空気扱いだった第二王子はまだマシだったから、彼が王太子になってくれたらいいなと思う。人を虐げることが趣味な奴が人の上に立つなんて世も末だろう。
というより、嫌いな相手が国王になったらまた嫌がらせされそうで嫌だというのが実情だ。
「魔王陛下は兄弟はいないのか?」
「兄弟はもういないわ。魔王になる時、私が殺したのだから」
「そうか、こちらの国も色々あるのだな」
「怖がらないのね」
「我が国でも兄弟同士の暗殺なんて日常茶飯事だからな」
「そう。どこも変わらないわね」
どこか遠くを見て、そしてどこか悲しそうな表情で魔王様は仕事へと戻って行った。
昨日会ったばかりだから当たり前なのだが、私は彼のことをまだ何も知らないのだなと実感したのであった。