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呪文の依頼

 そもそも、恋愛向けの呪文など、得意ではなかった。

 元々、得意なのは体調管理に精神安定、睡眠促進、ヘルスケア系の呪文こそ得意とする分野であり、村のじいさんの腰が痛いだの、子供の夜泣きがすごいだの、まあ失恋で夜も寝られないような小心者に睡眠を促すことはあったが、基本、人様の色恋沙汰に関わるのは好まない。

 人のことに関わるくらいなら、自分の方を何とかしたほうがいいような現状なんだから。

 彼女いない歴七年…。ずいぶん時間が経った。

 若い頃は、王都の片隅で師匠にしごかれながらも、仕事に魔法に恋に楽しく忙しく過ごしていたもんだ。

 その後、師匠の元を離れ、一度は隣の国の王城で働いてみたこともあったが、性に合わず、その後はぶらぶらと旅をしながら住みやすそうな所を探し、ようやく自分の分にあった小さい村の片隅で、気に入った土地に自分の庵を構え、それなりに薬を作り、魔法で治癒をし、呪文を売る毎日。

 片田舎では若い者はこぞって都会に行ってしまい、老人率が高い。

 気がつけば、平均年齢の高いこの村で頼りにされ、なんとなく居着いてしまった。

 この村には若者向けの刺激はないが、薬草はある。

 この森の薬草の豊かさ、それがここに居着いた一番の理由だった。

 王都には年に一回程度しか行かなくなったが、自分が思っていた以上に未練はなかった。


 三ヶ月ほど前、久々に王都の師匠の所に立ち寄ったら、弟弟子がどこかの令嬢にえらくしつこく責め立てられていた。聞けば、頼んでいた恋の呪文がさっぱり効かない。ぼったくりか、詐欺か、所詮魔法なんてそんなものなのか、もう一度ちゃんとしたのをよこせ、と、魔法使いの店の前で大声で罵倒していた。

 いや、おまえのそういう態度が、相手の心を萎えさせるんだろう、と思いはしたが、口に出しては言わなかった。

 弟弟子の小遣い稼ぎの呪文ごとき、どの程度効くかは知らないが、どんなのを書いたのかもう一度書かせて見たら、まあ、誤字脱字が多すぎ。術式も粗があって中抜け多いし。そりゃ効かない訳だ。

 ご要望は、偶然の出会いを装って、意中の男にばったり会う。向こうが加害者になる。お詫びついでにご飯かお茶でも…

 …これ、魔法使ってやることか?

 しかし、魔法を詐欺と言われると、同門として腹が立つ。

 男の名前は、ティモシー?

 では、術を書く。


 術

  ティモシーが術者にぶつかる

  ティモシーが空腹になる

  ティモシーが賠償に応じる気持ちを芽生えさせる

  ティモシーが食後3分後に軽く動悸を起こし、1分後に収まる


 …ついでに、


  術者はティモシーに従順な言葉しか吐けない

 術了


 呪文を書いた紙を、本人が専用のろうそくの炎で燃やす。術の使い方は、それだけだ。

 燃やすまでの有効期間三日間、発動後の魔法の効能1週間程度の魔法の呪文を渡したところ、怪しみながらも、その日の夜、早速燃やしたらしい。

 

 弟弟子からの近況報告によると、翌日の昼、学校の帰りにターゲット、ティモシーは廊下を走っていて女にぶつかり、女は尻餅をついた。謝った途端、ティモシーは何故か空腹を感じ、よかったら一緒に、とそのまま女をお茶に誘った。…そうだ。

 そこから恋に発展するかどうかは本人次第ながらも、何やらうまくいっているらしい。

 追加した、従順な言葉の魔法が効いているんだろう。弟弟子に言ってたような人を罵倒する言葉を吐いていたら、多少かわいかろうと、誰も言い寄ってこないだろうな。

 魔法の動悸にだまされて、恋のドキドキを味わったなら、これ幸い。

 お礼と言って、追加料金をもらったらしいが、手紙には自慢気に書いてあっても、もらった追加料金は同封されていなかった。


 その噂がじわじわと広まり、師匠の店に時々若い女が現れるようになったが、弟弟子達ではどうにもならなかったらしく、前回の魔法使いを出せ、と言われたらしい。

 師匠は俺の居場所を教え、弟弟子がそれをちらつかせて小銭を稼いでると聞いた。

 こちとら、頼まれれば引き受けるのが魔法使い。

 やってきた女の依頼に則し、判れば男の名前を教えてもらい、判らなければ、特別料金で術者が書き込める体裁で魔法の呪文を書き、売った。

 こんな呪文のためにわざわざ王都から馬車で1時間はかかる森まで来るんだから、女ってのは恐ろしい。魔法でもいいから素敵な出会いを、と思う気持ちも判らんではないが…、判りたくない。大したことのない呪文を書き並べて小遣いを稼ぐより、胃痛に効く薬草でも摘みに行く方が性に合っているんだが。


 ある日、見習いと一緒に薬草を摘んで戻ると、庵の前で三人の女が待っていた。

 ローブを深くかぶり直し、見習いにもしっかりとかぶらせて、一応魔法使いの体を取る。

 三人は、戻ってきた俺を見て、ひそひそと言葉を交わし、うちの一人が押されながら俺の前に出てきた。

「こ、こちらは、魔法使い様のお宅でしょうか」

「はい、そうですが」

 三人が、きゃっと言いながら、お互いの手を握り合って喜んでいる。

 昔、劇場の裏手あたりでこういう集団を見たことあるような気がした。

 まあ、どうせいつもの恋の呪文目当てだろうことは一目で分かった。そして、それは外れていなかった。

 中に招き入れると、挨拶しようとしたので、

「依頼人の名前は不要です」

とまずは止めておいた。魔法使いの家に来る者の大半は、自らの素性を知られたくないもんだが、恋する乙女達はそうでもないらしい。

 三人は同じ学校に通う仲良しさんで、それぞれが別の男を対象にした、いわゆる「ライバル」ではない、恋の同志達だった。

「…で? どのようなご依頼で」

 最初に声をかけてきた勇者、女Aが手を挙げて立ち上がった。ここは学校じゃないんだけど。

「はい! 私から行きます! あのー。私の好きな人が、何か、他の女の子に興味が沸いてきたみたいで、そっちにばっかり目がいっていて…。私のことも見て欲しいんです」

 他の女に気を向けるような男、やめておけばいいだろうに。

 まあ、付き合う前は、誰しも対等…か?

 見習いがお茶を持ってきた。頭すっきり系のハーブティを飲んで、その寝ぼけた頭をすっきりさせてお帰り頂きたいところだが、

「おいしいねー」

「うん」

「お菓子があればいいのに」

と、近所の喫茶店並みの感想が返ってきた。

 見習いが気を利かせて、ハーブの入ったクッキーを出す。俺のおやつだったはずだが…

「存在に気がついて欲しい、と。相手の名前は言えますか? 言えなければ、ご自身で追記できるように書きますが、追加料金がかかります」

「うーん…。…『ウォルター』です」

 学生に追加料金はきつい。しかも、一緒に来たのはお仲間だ。当然相手の名前くらいは知っているだろう。

「相手の女の子を見るように、私も見て欲しいなって…」

「恋の成就は?」

「と、とんでもない! そこは魔法じゃなくて、何とか、頑張って…。でも、きっかけがほしいかなーって。」

 それは、なかなか殊勝な心がけにして、乙女心もあるらしい。うむ。

 では、術を書く。


 術

  ウォルターが、人間の女をみるたびに1種類1カウントする

  ウォルターはその日の最大カウント数プラス1回、術者を見る

  カウントは毎日0時でリセットされ、1週間続く

  ノルマが達成されない場合、就寝前に、最後に見た術者の顔が2秒思い浮かび、ウォルターの寝付きが悪くなる


  …ついでに、


  ウォルターが術者に興味を示さない場合、術者の興味も0.5減し、10減するとウォルターへの心の縛りが解ける

 術了


「次は私、お願いします」

 女Bがゆっくりと手を挙げる。

「あのー。今、私付き合っている彼がいるんですが…。どうも浮気しているみたいで…。もううんざりなんで、すっきり別れてしまいたいんです」

 なるほど。

 結ばれるばかりが恋ではない。別れもまた恋だ。

 人が執着を持ち続ける限り、縁切りもまた魔法の出所ではある。

「でも、自分で言おうとして、どうしてもうまくいかなくて。向こうから別れるって言ってもらいたいんです。…できれば、相手の女も、ちょっとぎゃふんっていってもらえると、すっきりするんですけど…。こういう醜い気持ちを持ってると、魔法って効きませんか?」

 醜い気持ちで、魔法が効かない?????

 もしかして、神殿系の聖なる祈りかなんかと勘違いしてる?

「魔法ですからね。心の善悪は問いません。使う人次第です」

 多少の罪悪感を持ちつつも、報復したい気持ちを捨てきれない。まさに人間の業って奴か。面白いなあ…。

「相手のお名前は、聞いても差し支えありませんか?」

 女Bはためらうことなく

「アランと、浮気相手はシャーロットです」

と、両方の名をはっきりと言い切った。

「でも、ぎゃふんってなってほしいけど、二人を別れさせようとは思わないんです。…できれば、シャーロットさんになついてもらってる方が、今後しつこく言い寄られないんじゃないかって」

 …これはなかなか。

 言い寄られるとまた戻ってしまいそうな不安を捨てきれない。

 しかし、本音は「アラン」には恋心はなさそうだ。

 あるいは既に次の相手が…?

 いや、余計なことは聞くまい。

 では、術を書く。


 術

  アランは術者を見ると、体温0.5度低下、心拍数は5減少し、胃の重み実感が0.5増加。罪悪感1増加、開き直り抑制、けじめの意欲2増加。けじめの意欲10で自ら別れを告げる

  アランが術者を1日見ない場合、二日以内に別れを告げる

  アランは術者と別れた後、二日以内に術者が満足する醜態をさらす

  アランおよび術者が別れた後、一週間でアランおよび術者の恋愛的関心を全削除


 …ただし、


  術者が望まない場合、二日以内であれば無効とすることができる

 術了


 シャーロットもターゲットに書き込むと、二人分で料金二倍になるからな。学生からそこまで請求するのは申し訳ない。

 まあ、この術式なら、恐らくシャーロットも「ぎゃふん」とやらに巻き込まれることになるだろう。


 術を書いている間に、見習いがお茶を交換する。

 疲労回復のお茶に、ちょっと違うものが入っている。

 早く帰れ、の呪文入りだ。

 あえて飲む振りだけして、机の上に戻した。

 もうすぐ見習は家に帰る時間だ。このままだと残業になる。魔法の世界は客優先。

 とは言え、まだ見習い。用事もいろいろあるだろう。

「…先に帰っていいぞ」

 客に聞かれないよう、小声で見習いに声をかけると、

「いえ、お客様優先で」

と、返事が返ってきた。頑張るなら、まあいいか。

 

「私なんですが…」

 恐る恐る、女Cが手をあげた。

「まだお付き合いとか、したことがなくて。恋が成就するように、魔法をお願いしたいんです」

 そっと視線を横にずらし、恥ずかしそうに顔を赤らめる姿は、今まで実った恋がないか、実らせたいと思うような恋をしたことがないように見えた。

「その…。雨宿りをしたらそこに彼がきて…、雨が通り過ぎるのを待ちながら語り合って、って感じの…」

「それ、『白馬の王子は天空の城に住む』のワンシーンじゃない。やだ、あなたったら、小説みたいな恋がしたいって言ってたけど」

 女Aが横でケタケタ笑い出した。

 ロマンス小説の1シーンを摸せ、といった感じか。読んだこともない話を摸すのは難しいが。しかし、タイトルからして疑問なんだが、王子が相手で、雨宿り…するか? どういう展開なんだ、その小説?

「成就までお望みか?」

「もちろんです!」

 言うことはかわいいが、一番強欲だ。人間らしいと言えば、人間らしい。ちょっと見た目は好みだっただけに、勝手に純粋キャラをイメージしていたが、キラキラの目が急にギラギラに見えた。

「追加料金をお支払いしますので、相手の名前は伏せさせてください」

 女A、女Bが、ちょっとびっくりした顔をしていた。

 恐らくA、BはCの相手を既に知っているんだろう。自分たちは名を明かしたのに、Cだけ伏せる、その理由が判らない、といった感じだ。

 そこが、恋話の怖いところだ。皆が同じだと思わせ、仲間意識を持って話をしても、それが真実かどうかは、本人しか判らない。

 ちょっと不信感を持ちつつ、妥当な落とし所を考える。

 では、術を書く。


 術

  ターゲットの名前は「  」

  ターゲットと術者は夕立を避けるため、同じ場所で雨宿りをする

  ターゲットは術者に話しかける

  ターゲットは術者を見た後、血圧上昇、心拍数増加、顔面美化1割増

  夕立の後、虹出現率100%

  虹を見てターゲットは術者の本心に応じる


 …ついでに


  術者はターゲットを裏切らない

 術了


「呪文は有効期間が三日、効果は一週間程度です。一緒にお渡しするろうそくで、ご本人が燃やしてください。三日以内に燃やさなければ、呪文は消え、ただの紙になります。早ければ、翌日には発動し、遅くとも一週間以内には結果が出るでしょう」

「三日…。わかりました」

 支払いの明細を見習いに渡すと、見習いが寄ってきた。

「皆さん、術数よりお安い価格になっていますが…」

「追記は請求しない。書いてあるとおりにもらってくれ」

「…判りました」

 ついでに、よく眠れるハーブティ、気力が上がる種の入ったクッキー、簡単な「今日の運気占い」3日分をお買い上げ頂き、三人は庵を離れた。

 見習いも、早々に店じまいをして、一礼して去って行った。ほら、やっぱり急いでいたんじゃないか。客優先は大事だが、自分のことも大事にした方がいい。

 俺は窓を開けて、部屋にまだ残っていた欲望の瘴気のかけらを風に乗せて窓の外に追い払った。


 今日はフィルじいさんのところに、貼り薬を持っていく約束だ。そろそろあかぎれの軟膏も補充した方がいいかもしれない。

 要望がありそうな薬類を詰めた鞄を背負い、村の集落へと足を向けた。


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