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正義の大統領

 この世を良きものにしようと日々戦う大統領があった。


「では大統領、我が国を良きものにする案をお聞かせ下さい」

「よかろう!」

 政府のお偉いさんが一堂に会し、この世の舵取りについて談義していた。この場には不景気な面や屈託ある面ばかりが並んでいた。皆それぞれが国の行く末を担う責任ある立場の人間だ。ならば自然と難しい顔つきになるのも頷けるというもの。疲れた顔をした者も少なくはない。

 そんな中、大統領の顔には迷いがない。彼は立ち上がると淡々と喋りだした。

「まず、君たちが先日からダラダラと話し合っている少年法について。これは無くせば良い。年齢に関係なく、悪さをしたのならば名前を伏せることなく全国に公表すれば良いし、重い罪ならば死刑にすることも考えるべきだ」

 それまで皆は眠い顔をしていたが、この意見を聞いてからは誰もが眠気から覚めた。皆目を大きくして大統領を見ている。

「少年でも老年でも人の命を奪う行為は許されん。人殺しというのは、バッタの足をもぐとかトンボの羽をむしるのとは訳が違う。神の下に命は皆平等というのは宗教的な考えだ。等身大の私達人間から見た現実的なことを言うと、虫と人では明らかに人の方が大きな命。それを奪っておいてちょっと牢屋に入れて説教して反省させる。そんな処置では甘い!」

 皆が息を飲んだ。

「人を呪わば穴二つ。歳なんて関係ない。それなりの悪行を行うならば、その前に自分用の穴も掘っているだろうさ」

 ここで恐る恐る一人の男が口を挟む。

「しかし、幼き子供です。そこら辺の覚悟などが出来ているとは……」

「なんと!では、穴の用意なく人を呪ったと!それでは手順が違う。それこそ命の重さを軽んじた行為だ。代償無くして禁忌を犯すなど余計に許されることではない。それでは無法地帯すぎる。だったら遅れてからでも手順に戻ってもらう。殺したなら、自分もはっきり死ぬべきだ。それに、そんなことをする人間に将来の希望があるとは思えん。牢に置いとくにしても税金がかかるからさっさと死刑にすれば良い」

 先程と同じ男が大統領に意見する。「しかし、その死刑自体を無くすという案も出ているのです」

 これを受けて大統領はその男を睨んだ。

「バカな!死から目を背けるな。死は生に寄り添って共存するものだ。死から目を背けて死刑を無くすことは、裏を返せば生からも目を背けることになる。我々は命を軽んじてはならない。生を重視するなら、同じく死からも逃げるな。国民の命を尊重する以上、都合が悪いからと言って死から逃げることは出来ない。だから私は死をも重視する。死刑は必要な制度だ」

 さすがは国の代表、熱弁をふるえばそれに圧倒されて反論出来ない。

「決定だ。少年法は廃止する。そして死刑を廃止するという案も廃止する」

 大統領の決定には誰も逆らわない。彼の意見は決して極端とも言えず、乱暴とも言えない。簡単に頷き難い意見ではあるが、同じく簡単に否定も出来ない。難しい議題だったが、彼に従って世が悪くなるとも思えなかった。

 

 震え声で進行役の男が喋りだす。

「次はですね。昨今、国民からかなり意見が寄せられている年金や保険などの様々な税金問題でして……」

「それも私の中で答えが出ている!」大統領はまた立ち上がった。

「まず、頭に『皆』がつく制度が良くない。皆保険、皆年金……これで国民同士助け合うことが出来るのは悪くはない。協力とは美しき行為だ。しかし、助け合いともたれ合いは違う!」

 皆がゴクリと唾を飲み込んで大統領を見た。彼がまた何を言い出すのか、皆は緊張して次の言葉を待っている。

「社会的手抜きという概念がある。皆で何かをしようとなれば誰かが手を抜く。収入が人より少なくとも、皆で出し合ったお金の一部をそいつに分ければそいつは楽になる。こう言ったら気の毒だと想うが、それでもはっきり言おう。自分のことは自分で、だ!」

 彼の語気がどんどん強くなって行く。皆は彼を恐れながらも、迫力ある弁舌に耳を引きつけられていた。

「1しか持たない者が、よそから9借りて、さも10持っているように見せかける。私はこの構造が気に食わない。私は人の助けなどいらない。金銭のことに関してはちゃんと考えて後に残るようにしている。健康の事もそうだ。結局怠慢なのだよ、こういう制度を美味しく利用しようとする者達のな!ちゃんと働いて稼ぎ、摂生して健康を維持する。それを怠たる者がこの制度にもたれかかるのだ。そりゃ、制度の世話になるのが悪人だけとは言わん。しかし現に生活保護の不正受給など、真面目に働いた者たちの税金をかすめ取る輩がいる。だから税金制度は見直して、いらんものは排除するべきだ。自分の生活は自分で作れ!厳しいかもしれないが、これが正しき考えだ」

 この意見はさすがに簡単には片付けられない。皆は困惑してどう意見すべきか迷っている。

「ええい!」

 大統領は机をガンと叩いた。

「まったく、皆して頭を悩ますだけ悩ましておいて結局何の悩みも解決しない!だったら私が即断即決してやる!」

 大統領はいつまでも出口が見えない会議にイライラしていた。

「喧嘩を売ってくる国があれば戦争だ!消費税?そんなもの無くすなら無くす、上げるならドーンと上げてしまえ。五輪だと?そんな運動会に喜ぶ年か!面倒だから止めてしまえ。高い金を取って役にも立たない三流番組を作るような放送局なら潰してしまえ。住民税を払わない奴はとっとと土地から追い出せ!ゴミの不法投棄をする奴は捕まえて同じく不法投棄してしまえ!インバウンドがウイルスを運んでくるだぁ?そんなのはもう鎖国だ鎖国!用もないのに国境を越えてフラフラしてんじゃないよ!他は何だ、さっさと言え、すぐに決めてやるから。頭が鈍いから判断が遅いのだろうが。私に言えば、この脳をフル回転させてさっさと決めてやる。この世の問題全て、あるだけジャンジャン言えぇぇ!」


 そして後日のニュース。

「先程大統領邸が何者かによって爆破されました。彼の強引な政治に異論を持つ者の犯行と思われます。大統領の死が確認されました」

 無職の中年男はカップ麺を啜りながらその放送を見ていた。

「こんなクソ大統領始末されて当たり前だよ。あー税金払ってなくて良かった」

 そう言うと彼はカップ麺の汁を飲み干した。

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