リンゴ大将日和
リンゴ大将を知っているかい?
彼のことを覚えている人間も少なくなった。ここらではもう私くらいしか彼のことを覚えていないだろう。なにせここいらの人間は順に死んでいってるからね。先月は向いのマリアだろう。今月は右隣のマイク、そして一昨日には左隣のスペック。まったくこの村も寂しくなったものだ。
彼がどんな男だったのか。そこのところについて是非私は語りたいね。
彼はこの村でリンゴを育てていた大柄な男だった。だから皆はリンゴ大将なんて呼んでいたんだな。彼はその体つき通りの元気な男で、人当たりも良かったから村の人達から人気があった。彼の人気の一番の理由は、なんといっても美味いリンゴを作ることにあった。彼の作るリンゴといったらそれはもう丸々とした綺麗な赤色をしているんだ。食べなくても見た目だけで美味しそうと分かるものさ。そんな彼のリンゴがもう食べられなくなったのはとても残念なことだったね。
あんなに元気な彼がある日流行病にかかってね、そのまま彼はポックリさ。まだまだ生きたかったろうに。私よりもまだ若い男だった。
村の人は皆彼が好きだった。だから皆して彼の病床を訪ねたね。彼は息を引き取る前、私達に頼み事をした。彼の自慢のリンゴの木を彼が亡くなった後も村の皆で世話してくれというものだった。私達としてもリンゴ大将のリンゴは、村から無くしたくない無特産品だと想っていた。皆はベッドの上で弱っていく彼にリンゴの木を守ると約束した。そうして生涯をリンゴ作りに捧げた立派な男がこの世を去った。
その後数年、我々村の者皆で協力してリンゴ大将のリンゴの木を守ってきた。しかし、それも長くは続かなかった。我々の村は財政困難に陥った。これは仕方ないことだった。村長をはじめとした村人達には何も落ち度はない。ただ時代がそうさせたとしか言いようがない。
そんな時、村に良い儲け話が舞い込んだ。とある者がそれなりの額であのリンゴの木を買い取りたいと言って来たのだ。といってもリンゴで儲けるのではない。あの木自体を土木かなにかの産業に用いるということだった。つまりリンゴの木は倒されることになる。この辺りでは立派な材木、それからその木になったリンゴだって需要があった。だから私達村の者達は相談してリンゴごと木を売ってしまったのだ。これも仕方ないことだ。そうしないと我々の明日の暮らしが危ういのだから。
そんな訳で現在、かつては村のシンボルとまで呼ばれたリンゴ大将の木はもう村にはない。シンボルを失ってから村は豊かになった。当然だ。大金が入ったのだから。しかし、話はそれで終わらなかった。いかなる理由があろうとも、我々はリンゴ大将の遺言を反故にした。その代償は高く付いた。
彼は間違いなくあの世に行った。彼の葬儀には私も参加したのだから間違いない。しかしそんな彼の魂が現世に帰ってきたようなのだ。というのが、連日村から死者が出て、その死因はリンゴ大将の恨みによる報復だとされていること。死に際の約束を破ったことを彼は怒っているのだ。
行ったことがないから知らないけれど、どうやらあの世にも新聞やニュースが届いているらしい。何かしらの手段で私達の裏切りを知った彼は毎回同じ方法で殺人に及んでいる。村人は皆凄惨な最後を迎えている。皆頭をかち割られ、顔を真っ赤に染めて死んでいるのだ。これが彼の仕業だと私が強く信じるには理由がある。丸い頭が赤い血で染まるだろう。それを少し遠目に見るとホラ、もう分かるだろう?リンゴ大将の育てていたあの綺麗なリンゴを思い出すんだよ。死体だからリンゴのように美味しそうだとは微塵も思わなけど、リンゴのように綺麗だと想った私は普通ではないのかもしれない。そんな訳で、この殺し方はリンゴ農家の彼らしいと思うだろう?
今日は実に良い天気だ。窓から昼の陽射しが入ってくる。こんな天気の良い昼にはご機嫌でリンゴ大将が働いていたっけ。彼は天気の良い日の外出が好きだったんだ。
おやおや、窓の外からこちらに何かが近づいてくるようだね。さっきからもしやとは想っていたけど、衰えた視力でもはっきり分かる。あれは人の手だね。
こうして近くでみると、ってもう目の前に来ているのかい。しかしこうして見るとリンゴ大将の大きな手にそっくりだ。彼の手はごつごつして大きかった。それに彼は力持ちだから握力も凄かった。一度彼が右腕のみでリンゴを潰したのを見たことがある。やや、この手も大きいなぁ。彼がリンゴを掴むようにして私の頭だって一掴みにしてしまった。
ああ、やっぱり君なのかい。この手の感じはやはり君だ。あの世から帰ってきたとは聞いていたけどまさか右手だけでのお帰りかい?随分と省エネ運転なんだね。全身で戻ってくるのは大変と見たね。幽霊は夜にやってくるとよく言うが、あんなのはアメリカ開拓よりも前の話だよね。君は昼を選んで出てくると信じていたよ。何であれ君との再会だ、しかもこんな天気の良い日に。嬉しいよ、なにせ私はリンゴ大将が大好きだったからね。まぁ彼の方ではそうは想っていないだろうけど。
グシャリ!ガタン!
ははっ、真っ赤な右手を振ってお別れの挨拶かい。君はいつだって別れる時になれば遠くから見てもまだ大きく見えるその手をそうして振っていたね。懐かしいよ。
私の意識はそう長く持たないだろうから今こそ自分の姿で確認しよう。
ははっ、やっぱりだ。鏡に写った私の頭、まるで彼のリンゴのようじゃないか。母親譲りの丸顔がこんなに赤く綺麗に……ははっ、私も今日からリンゴだ。はは……リンゴ大将……また、君のリンゴが食べたいよ………………