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鯖、食いたい。  作者: 青い墨汁
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前編

ある朝。ふと思った。


鯖、食いたい、って。


昔、ある店で鯖を食ってから、鯖が大好きになった。

今となっちゃ何処で食ったのかすら思い出せないが、あの味は

最高に美味かった。


その味をふと思い出して、食いたくなった。



スーパーに行ってみる。

売ってない。

何も買わずにスーパーを出たら、レジのおばさんに睨まれた。

何で睨むんだよ。万引きなんてしてねぇぞ。


元々人相の悪い俺。

このくらいは慣れてる。


次はコンビニ。

鯖の煮つけとか、味噌煮とかはあんだけど、違うんだよなぁ。

俺が食いたいのは焼き鯖。あのパリッとした皮と、

ホクホクの箸がすっと入る、柔らかい身のヤツが食べたいんだ。


この辺りで他に鯖を売ってる店なんて覚えがねぇ。

仕方なく家に帰ろうとする。

そんな時、不意に声を掛けられる。


「将太くん?」


振り返ってみると知らない女性。いや、マジで誰だよ。

俺はプイッと前を向き、また家に向かって歩き出す。

そんな俺に女性はまた俺に声を掛ける。


「ちょっと、将太くんよね?私の事、分かる?ほら」


そう言ってその女性は顔を覗き込んでくる。

白い肌に綺麗な唇。若い女性特有のそれだ。

俺とは娘ほどの歳の差があるだろう。

当然、見覚えはない。


「すまないが人違いだ」


俺はその女性を押しのけ、また歩き出す。


「え?ちょ、ちょっと」


女性は俺の前に先回りする形で立ち塞がった。


「でも、その顔、それに傷。将太くん以外に見たことないよ」


俺は小さい頃から目の下辺りに傷がある。

昔、両親に付けられた傷だ。


「....ほっとけ、俺はお前なんか知らない」


俺はまた押しのける。

しかしその女が先回りする。その繰り返し。


「...いい加減にしてくれ」


俺は少し強めに言った。傷の事を思い出したこともあり、

苛立っていたんだ。


すると女は少しビクッとした後、俺の跡を付いてくることは

無かった。



次の朝、俺は昨日食えなかったこともあって、より一層

鯖を食いたくなった。


スーパーに行く。

また売ってない。

また何も買わずに出ていく。

おばさんは相変わらず俺を睨んでいた。


今度はコンビニ。

やっぱり無かった。

品揃えは変わんねぇな。


仕方なくトボトボと帰路に着く。

そして昨日の女の場所に来た。

俺は通る気が起きなかった。


回り道をする。

少し治安が悪い地域を通ることになるが、

それでもあの女を思い出すよりマシだ。


案の上、不良共がいた。

俺は絡まれないように慎重に通る。


「おいマテやおっさん」


不良の一人に絡まれる。すると瞬く間に数人が

コッチにガンを飛ばしてきた。


「俺ら金無いんだわ。悪いけど金、恵んでくんね?」


要約するとそういうことらしい。

俺は腕に覚えがあるとは言え、あまり喧嘩は得意じゃ

無かった。


傍から見れば情けない姿を晒していただろう。

俺は碌に攻撃もせず、ただ殴られていた。

体だけは大きく丈夫であるだけ、痛い思いをする。

俺はこういう事にも慣れていた。


暫くして、不良共は俺から離れる。ただし、俺の

財布を連れて。


「じゃあな、おっさん」


不良青年はそう言うと、さっさと仲間を連れて歩き出す。

本当にツイてない。


俺は寝っ転がったまま、空を見上げる。

良い人生と呼ぶにはあまりにも不甲斐だった。


両親はDV、その両親から付けられた傷と、生まれ持った悪人顔。

おかげで俺はこんな人生。

空を見ている視界が霞んでいく。どこかで屋台ラーメンの音が鳴っていた。

こんな状況で、俺は鯖の事などすっかり忘れていた。


そんな時、俺の顔をふと何者かが覗き込む。


「.....大丈夫?」


....あの女だ。また出やがった。


俺は目を拭い、女から目を反らす。


俺に関わるんじゃねぇ。俺は不幸な奴なんだ。

俺に関わる奴なんて、碌な目に合わねぇ。


女は俺を暫く見ていた後、俺の肩を担ごうとする。


「....おい」


俺は痛い膝関節を無理に動かして起き上がる。

多少ふらついてはいるが、これだけでかなり威圧感は出せる。


「いい加減にしろ。俺に付きまとって何がしたい」


俺は凄みを効かせて言う。すると女は


「だって見過ごせないんだもの。

将太くんさっきから無理ばっかりしてるからね」


女は俺に親しげに話しかけてくる。こんなに威圧しているのに。


不意に俺は足が痛み、ふらつく。女が俺の腕を引き、バランスを

安定させられた。


「....強いな....」


俺は女の腕を見る。細身ではあるが、どこか逞しく見える。


「料理ばっかり作ってるからね。固い野菜を切ったりフライパンを

振るのは筋力がいるの」


女は言う。


「料理.....専業主婦か?」


「違うよ、定食屋。定食屋『栄福亭』」


定食屋....俺はふと、鯖の事を思い出した。


「そうか....定食屋か....

なら.....一つ、注文してもいいか?」


「え?こ、この状況で?」


女は少し困惑する。当たり前だろう。立つのもやっとなのに、

食べ物を要求するなど。

だが、俺は何故か、意地でも鯖が食いたくなっていた。


「.....何が食べたいの?」


それでも女は俺のおかしな願いを聞いてくれた。


「.....鯖....」


「鯖?....いいけど、なんで?」


「理屈はいい...鯖が食いたい...」


「...分かった。作ってあげるからうちに来なさい」


女は俺の背中をパンッと叩くと、先に歩き出す。

俺は見失うまいと跡を追いかける。

まるで昨日の立場が逆転したかのようだ。


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