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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第十二章
94/102

似ている

 ギシギシと、板張りの床が軋む音が、静かな道場に響く。部活中は散々騒がしいそこは、部活中とは打って変わって水底のように静かな空間。


「……裕也先輩」

「……」


 電気も消されていて、真っ暗に近いその場所は、恐怖を駆り立てる。

 優里先輩と滝富先輩が用意した舞台。逃げ出したい衝動を抑えて、俺は二度と口にしないつもりでいた名前を呼んだ。


「裕也先輩」

「……」

「……好きです」


 俯いたまま、近付くこともできず、俺はどうせ返ってこないだろうに、改めて想いを口にした。「好き」なんて、どの口が言ってるんだか。散々傷付けて、幸せを奪った俺の言葉なんて。


「……好きなんです」


 不気味なほど静かで、冷たい道場。俺の長年の作戦が閉幕した舞台。


 もう無理だ、戻れない。

 好きだと告げた自分の声も、想いとは裏腹に冷めきっていた。

 好き――この感情は、こんなにも冷たいものだっただろうか。もっと温かくて、握っただけで火傷しそうな程、熱いものではなかっただろうか。


 ああ、一度壊れたら、熱は消えてしまうものなのか。

 そりゃそうだ、熱いのは中身だけ。表面が割れて中身が流れ出てしまった心の破片は、熱を持っているはずがない。


 冷めきった心。冷めきった声。冷めきった関係。

 全てが冷たい。寒い。

 だからだろうか。その寒さを補うように、目の奥はとても熱かった。


「……悟」

「ッ……」


 名前を呼ばれて、肩が跳ねる。毎日のように呼んで貰っていたのに、次に言われることを想像するだけで呼吸が苦しくなった。

 棒のように突っ立っている俺に歩み寄って、目の前で俺を見下ろす裕也先輩の顔が直視できない。怯えて黙って俯いて、全てから目を逸らしたい衝動を歯を食い縛って堪える。凍えるほど寒いわけでもないのに、体中がガタガタと震えた。

 その時。


 ――大丈夫。


 優里先輩の言葉が脳裏に蘇る。

 そして次の瞬間、回想の中にいた優里先輩が、バラバラに砕けた破片を両手一杯に持って微笑んだ。


 ――私が拾ってあげる。




 破片が光り、暗闇が晴れていく。

 俺の目の前には、なぜか裕也先輩の顔があった。

 長い睫毛。いつも見ていた、綺麗な顔が、目の前に……。


「……?」


 肩を抱き寄せられて、訳がわからず、俺はぽかんと口を……開けられなかった。


 口が塞がっている。なんで? ぽかんと口を開けたくても、唇がモゴモゴ動くだけで、口で息することもできなくなっていた。


 目の前に一杯広がる裕也先輩。動かない口。唇に当たる、柔らかい――


「……ん!?」


 現状を理解した瞬間、俺は今までの自分の愚行も忘れて、顔に血が上っていく感覚に頭がくらくらした。


 ……俺今、裕也先輩とキスしてる。


 と、ようやくキスしている自覚を得た瞬間、裕也先輩の唇が離れていった。本当はもう少し長めのキスだったはずだけど、キスだと自覚したのがついさっきのこと過ぎて、一瞬で終わってしまったような感覚だ。


 俺は意味不明なことを叫びそうになる口を必死に押さえ付け、真っ赤な顔を隠すこともできないまま俯いた。恐怖による震えは止まり、別の意味で震えが止まらなくなる。


「ゆ、裕也先輩? どうしたん、です、か……」


 一ヶ月前のあの時、優里先輩としたキスを思い出す。あの時の俺は、なんであの人にキスしたんだっけ。どうしてだっけ。なんでだっけ。


 俺がパニックを起こしている間にも、裕也先輩は真剣な表情で話を続けた。

 えっ、この状況で話続けんの?


「ごめん、悟。やっぱり俺、悟のことを恋愛対象としては見れない」

「い、いやあの、なっ、ナンデキス……」


 フラれている。現在進行形でフラれているのに、俺は先程のキスのことで頭が一杯だった。


「キスしてドキドキするなら恋だって、漫画で読んだから」

「そ、そうですか、俺は死にそうなくらいですけど……」


 添えた掌から伝わってくる裕也先輩の鼓動は、いつもと変わらない正常値。くそ、俺の鼓動はこんなに速くなっているのに。

 あーあ、悔しいな……。


 でも。俺の心は先程と違って、不思議と澄んでいた。


「……ちゃんと考えてくれたんですね」

「……うん」


 キスして確認なんて、常識外れすぎる。イケメンにしか許されないことだ。……裕也先輩はイケメンだからいいけど……!


 裕也先輩は今後一切、少女漫画を読むのはやめた方がいいかもしれない。

 少女漫画脳の裕也先輩も好きだけど。


「ならいいです。大人しく振られておきます」


 一度でも振られてしまえば、裕也先輩の心は俺から遠ざかって二度と戻っては来ないと、本気で思っていた。

 けれど振られた今になって、ようやく裕也先輩は、俺の近くにいる――そんな気がするのだ。


 今まで、きっと俺は裕也先輩に対して分厚い壁を張っていた。

 本当の心を知られて嫌われてしまうのが怖くて、『かわいい後輩』という皮を被り続けて。

 きっと嫌われる――そんな、よく考えたら根拠も無いだろう被害妄想に勝手に溺れて、一人で息が出来なくなっていた。


 けど。


「……悟」


 皮を破り捨て、既に『かわいい後輩』なんてものじゃない、何の皮も被らない俺に向かって、裕也先輩は精一杯笑いかけてくれる。


「こんな俺のことを好きになってくれて、ありがとう」


 そんな所が、どこまでも優里先輩に似ているのだ。


 返された心を胸に抱き寄せて、溢れてくる愛しさの渦に飲み込まれた。

 あの日見ていた景色。一歩踏み出せば真っ逆さまだったはずの崖っぷちの先。


 大好きな人達が、大好きな笑顔を浮かべて、俺に手を差し伸べていた。

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