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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第二章
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失恋

 キスをされた。

 好きな人に、ではない。好きな人の目の前で、知らない奴に、だ。


 私からファーストキスを奪った名取悟は、呆然とする私に「じゃあそういうことなんで、俺帰りますね」なんて言いやがった。

 告白されてもないのになんで付き合わなければいけなくなったのか、一日置いた今でも理解ができない。


 ただ一つ理解できること――それは、裕也君から「おめでとう」と言われたということは、脈ゼロだということ。それだけ。


 教室を出て行った悟を追い掛ける気力もなく、私は一人で帰宅して自分の部屋のベッドに身を投げた。


 そして団子のように転げ回った昨晩。

 枕を涙で濡らしたのなんて、一生懸命勉強したのに嫌いな奴より点数が悪かったテスト以来だ。……つい最近だなぁ。


 ヒビキ君はそんな私に何を察したのか、夕食のデザートのプリンを無言で譲ってくれた。

 さすが私の弟、私の身に起きたことをなんとなく察してくれたんだね……でも多分それ間違ってるよ。プリンは貰うけどね。


「姉ちゃん、そろそろ起きないと遅刻するよ?」


 部屋のベッドから動かない私を、ヒビキ君が起こしに来る。

 学校行く気分じゃない……あいつと顔を合わせなきゃいけないなんて、考えたくもないほど。


「……今日は休む」


 毛布に包まったままそう言うと、ヒビキ君の溜め息が聞こえてきた。

 呆れられてる。


「まったく、ちゃんと覚悟して行かなかったんでしょ。浮かれてるからそんなにショック受けるんだよ」


 確かに浮かれていた。覚悟していなかった。

 でもまさかあんなことになるなんて、誰が想像できただろうか……。


「まずは自分磨きから始めなよ。授業に着いて行ける程度でいいから勉強して、同じ土俵に立つところから始めよう。な?」

「ヒビキ君……」


 なんやかんやで私のことを一番心配してくれる弟。プリンもくれたし。


 私はヒビキ君に迷惑を掛けてはならないと心を入れ替えて、ベッドから起き上がった。

 顔を洗えば少しは気が紛れるかもしれない。


 そうだ、あいつは一年で私は二年。

 学校に行ったところで必ずあいつと遭遇するわけじゃないし、むしろ今まで会ったことがなかったくらいだ、それほど心配しなくても案外何事もなく一日が終わるかもしれない。


 かもしれないかもしれないと確信のないポジティブ思考を発揮しつつ、私は登校準備を済ませてヒビキ君と一緒に家を出た。


 私の心とは裏腹に、空は雲一つない澄み切った青。

 こんな日に外に出ないなんて損だろう。


 綺麗な朝の空を見ていると、今日も一日頑張れるような気がしてきた。

 頑張れる。だって教室に行けば裕也君がいる。きっと太陽が私に力をくれる。


「よし! 行ってくるね!」

「立ち直り早いね、行ってらっしゃい」


 中学生のヒビキ君とは、家の目の前で別れることになる。

 だったら別々に家を出てもいいと思われるかもしれないけど、私とヒビキ君はとても仲がいいのでギリギリまで一緒に登校しているのです。


 電車で三駅移動して、通勤途中のサラリーマン達や登校中の高校生と一緒に電車を降りる。

 いつも通りの通学路だ。昨日この通学路を歩いた時は、裕也君に想いを伝える日だということでドキドキしたり、学校に行くのを楽しみにしていたり。


 できる事なら、その時まで時間が巻き戻ってほしい。

 時間が戻らなくても、昨日の自分に会って忠告くらいはしたい。ご検討願います、神様。


 ああ、ダメだ。祈ったって神様は何もしてくれない。

 昨日だって、ちゃんと裕也君にラブレターが届きますようにって神様にお願いしたのに、最悪な奴に渡しやがったからな。


 いい加減現実逃避はやめて、一ヶ月の間裕也君に告白する人が現れないことを祈ろう。

 ……あ、私祈ってばっかりだ……。


「優里せんぱーい」


 俯きがちに歩いていると、前方から幻聴が聞こえた。

 なぜ幻聴だと気付いたのかというと、ここで聞こえるはずがない声だったからである。


 聞き覚えのある、今一番耳に入れたくないと思っていた声。

 脳がその声を恐れるあまり、幻聴としてその声が聞こえてしまったらしい。


「先輩!」


 昨日の夜あんまり眠れなかったし、まだ寝ぼけているようだ。

 幻聴どころか幻覚が見える。


 ――通学路の十字路で、名取悟が満面の笑みでこちらに手を振っていた。


「……」


 私は悟を無視して登校途中の生徒達に交ざろうとするが、悟は避けられている自覚がないらしく、てってと走って私の隣に並んだ。


 悟は男子高校生にしては背が低いが、私より五センチくらいは大きい。

 だから私はほんの少しだけだが悟に見下ろされている。屈辱。


「おはようございます、優里先輩。清々しい朝ですね、心が洗われるようです」


 あなたは嬉しいだろうね、好きな子を無理矢理恋人にできたんだから。


「あなたの顔を見た瞬間、洗われたはずの心がどす黒く染まっていくのがわかる……」


 今日も一日頑張ろうと思っていた心が、深海に沈んでいく。

 こいつのせいで朝からテンションは最低値。


「まったく遅いですよ、優里先輩が来るまでずっと待ってたんですからね」


 なぜ私がこの方向から来るのを知っていたのだろう。

 少し気になったが、ストーカー的答えが返ってきそうだったので、この疑問には蓋をしておこう。そっ閉じ……。


「誰も頼んでないし、私、あなたと仲良くするつもりはないから」


 こうなったら冷たくあしらって、こんな関係に意味なんて無いことに気付いて貰おう。


 しかし悟はそんな私の冷たい態度に、落ち込むどころか楽しそうにニヤリと笑った。


「へえ、そんなこと言っていいんですか? 優里先輩に酷いこと言われたって、裕也先輩に泣きついてもいいんですよ?」

「うっ……」


 こいつはどこまでも裕也君をダシにして私を揺するつもりらしい。


「裕也先輩優しいですから、俺の話沢山聞いてくれますよ? あることないこと口走っちゃうかもしれないです」


 裕也君、私はあなたの後輩から脅されています、助けてください。


「あーあ、折角さっきまで裕也先輩が一緒に待っててくれてたのに、勿体ない」

「え、裕也君が? 私を?」

「俺と裕也先輩、家が近いのでいつも一緒に登下校してるんです。今日も『優里先輩と二人きりじゃ恥ずかしいので一緒にいて下さい』って頼んでたんですけど、邪魔しちゃ悪いからって先に行っちゃいました……」


 わ、私と二人きりじゃ恥ずかしい? こいつが……?


「愚鈍先輩って呼んでいいですか?」

「……」


 全然そんな風には見えないけど……。


 でも意外だ。好きな子をからかって泣いている姿を見て愉しむ最低男のパターンだと思ってたけど、こういうピュアな所もあるんだ。


 普段からそうやってかわいい所を見せていけば、私だって少しは真剣に向き合ってやろうと思わなくもないのに。

 口を開けば笑顔で毒吐くような男子、近付きたくないわ。


 ん? てことはこいつ今、私と二人きりでドキドキしてるのか……。

 ……いくらそういう色恋沙汰に免疫がないからって、こんな毒舌生意気野郎と一緒に歩いても、私は全然ドキドキしないよ?

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