完全敗北
「どうしてこんなことしたのか、言いたくないなら何も聞かないけどさ……謝罪ぐらいするべきじゃないの……?」
「はあ……すみません」
「土下座してよ! そんな一言で片付けられるようなことじゃないんだよ!」
「二年生が一年生に土下座を要求するなんて、恥ずかしいと思わないんですか」
「男が女に無理矢理キスして、罪悪感はないの!? ファーストキスだったんだよ! 裕也君に奪われるなら大歓迎だったのになんであなたみたいな人間の屑に奪われなきゃいけなかったの!」
「……」
裕也君の名前を出すと、そいつは途端に不機嫌な顔になった。
心なしか私を睨んでいる。
「お、おぅ、やんのかこらっ……!」
喧嘩腰の私を見て、そいつはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
その一挙一動が猛烈に腹立つ。
「もとはといえば優里先輩が告白しようとするのがいけないんじゃないですか。というか、よくあそこで告白しようとしましたね、びっくりしちゃいましたよ。ファーストキス云々言うわりには告白する雰囲気とかは気にしないんですね」
「私がいつ告白しようとあなたには関係ないでしょ? なに、あなた裕也君のこと妬んでるの?」
「は?」
ギンッと音が鳴りそうなほど鋭利な瞳で睨まれる。
正直に言おう。怖い。
「俺だってまさかこんなタイミングでキスすることになるとは思いませんでしたよ。でもやっぱり優里先輩が悪いです、あんな状況で告白しようとするなんて驚きました。頭沸いてんじゃないですか」
「一番驚いたのは私だけど?」
「驚いたせいで咄嗟にあんな行動を取ってしまったんです。優里先輩にも責任はあります」
「あるようには思えないんだけど?」
会話をしているうちに、苛立ちは収まらないが頭が冷静になってきた。
そうだ、難しく考えることなんてない。
明日にでも無理矢理キスされただけだと説明して裕也君の誤解を解いて、改めて告白してしまえばいい。
こいつ、裕也君の後輩だっけ?
こいつの株は下がるだろうが知ったこっちゃないな、うん。
「ま、私は帰るから。もう二度と関わってこないでね」
「え?」
「ああそうそう、あなたが私にしたセクハラ行為は包み隠さず全て裕也君に報告させてもらうから、覚悟しておいて」
そして白い目で見られて部活にいられなくなればいい。
少し可哀想だけど、私が受けた屈辱に比べたら易いものだろう。
私は机に置いていた鞄を持って、疲労感と共に教室を出ようとする。
が、それを邪魔する者がいた。悟だ。
「それは無理ですよ、優里先輩」
「なによ、どいてよ」
「だって俺達付き合ってるんですから」
笑顔でもない、怒っているわけでもない。
どこまでも無であるその表情は、睨まれるよりも少しだけ怖く感じた。
何を意地になってんの……。
「だ、だからそんな嘘、私が裕也君に言っちゃえば……」
「信じると思いますか?」
「は?」
え、なに、なんでそんなに付き合ってることにしたいの?
えっと、さっきは突然のことで考えを放棄したけど、よく考えればこいつの奇行の理由、なんとなくわかっちゃったかもしれない。
――こいつ、もしかして私のこと好きなんじゃ……?
もしそうならこいつの奇行にも説明が付く。
だって好きでもない人にキスをするなんて、普通の精神じゃできない。
裕也君への告白を邪魔したのは、私が裕也君と付き合っては私と恋人同士になれないからで……。
……えええええ、いつだろう? いつから私のこと好きだったんだろ?
私こいつの顔も名前も知らないんだけど……。
「俺は裕也先輩とは三年間の付き合いです、とても信頼されています。裕也先輩は俺の嘘なら簡単に信じますよ。未だにトウガラシの鷹の爪を本物の鷹の爪だと信じ込みペットショップで買うものだと思い込んでいます」
「なに裕也君に嘘教えてんの!?」
料理をしない人間にその嘘はガチでやめて!
私も中学生の時までお母さんからのその冗談信じてて、赤っ恥かいたから!
「優里先輩はまだ一年くらいしか裕也先輩と付き合いがないですよね?」
「ま、まあ、そうだけど」
「信頼している後輩と、ただのクラスメイト……裕也先輩はどちらを信じますかね」
「で、でも、付き合い始めたってのを信じたとしても、私があなたのことを好きじゃないって言えば、さすがの裕也君も……」
「そしてあなたは好きでもない男とキスをしていた不潔な女だと認識され、裕也先輩に距離を置かれる、と」
「それはあなたが無理矢理……!」
「だから、あなたが何を言おうと裕也先輩が信じるのはこの俺です。あなたはしばらくの間、大人しく俺の恋人でいてください」
「……」
こいつ、こんな形で私と付き合って嬉しいのか? いや、でもなんか嫌がっている人間を従わせるのが好きそうな奴だ、そういう性癖だって言われたら信じちゃう。
どうして私は変な奴にばかり好かれてしまうんだろう……。
「そうですねえ、一ヶ月ぐらいは付き合って貰いましょうか」
「い、一ヶ月ぅ!?」
一ヶ月もちんたらしてたら、裕也君がどっかの女子に取られちゃう!
「み、三日でいいじゃん! 私はあなたのことどちらかというとすごく嫌いだし、私が裕也君を好きなんだってあなたも知ってるでしょ!?」
「ええ、知ってますよ。忌々しい……」
こ、怖い……。
「でも三日で男と別れるなんて、印象最悪ですよ? 三日で男に飽きて三日で見切りをつけ三日でさよならなんて、裕也先輩に『ああ、亘理さんってそういう人だったんだ』と失望されても仕方ないですよね?」
こいつの言っていることはおかしい。
おかしいけど、こいつには裕也君という最強のバックがいる。
裕也君がこいつを信頼しているなんて信じられないけど、二人の関係を知らない以上下手な真似はできない。
私だって弟のヒビキ君と一年しか付き合いのないクラスメイトだったら、ヒビキ君の方を信じるし。
もし裕也君がこいつを信頼しているというのが本当だとしたら、あること無いこと裕也君に吹き込まれて嫌われてしまうかもしれないし、私と裕也君はとびきり仲がいいわけでも親しいわけでもないし――あれ、これ私に勝ち目ないんじゃ……?
「それじゃあ、そういうことなんで。不潔で不誠実な女というレッテルを貼られたくなければ、大人しく俺の恋人のふりをして下さい」
「い、いや、それは……」
「言うこと聞かなかったらこのラブレターをコピーして全校生徒に配ります」
それが止めだった。
こんな、本人でも後々読んで恥ずかしいと感じる内容のラブレターを全校生徒に読まれるなんて、考えただけで身が縮む。
青ざめ黙り込む私に勝ちを確信したらしいそいつは、小悪魔のような満面の笑みを浮かべ、あざとく首を傾けた。
「――俺の名前は名取悟です。これからよろしくお願いしますね? 亘理優里先輩」
私の地獄の一ヶ月が始まった。




