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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第一章
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大きな嘘の始まり

「なぜラブレターを回収したか、ですか」

「うん」

「裕也先輩にこの手紙が渡るのを防ぐためです」

「だから、なんで私のラブレターが裕也君に渡るとダメなの!?」


 叶裕也ファンクラブの子ならまだしも、男に邪魔されるなんて思ってもみなかった。

 まさかこいつ、モテる裕也君に嫉妬して、こうして告白の邪魔をして回っているのだろうか。なにそれ怖い! 最低! 女の敵!


「どうしてそんなプライベートなことをあなたに教えなきゃいけないんですか?」

「私のラブレターを回収して勝手に読んだ奴にプライベート云々言われたくないんだけど!」


 もういい、こんな意味のわからない毒舌野郎と話していても時間の無駄だ!

 私は何か言おうとしている男子の横を突っ切ってやろうと一歩踏み出す。


 ――その瞬間、彼は現れた。



「――あれ、悟と亘理さん、こんな所で何してるの?」



 ……! その、声は……!


「ゆ、裕也君!」


 部活帰りの裕也君は、私達が二人でいることが意外だったらしく、とても驚いた顔をしていた。


 私だってどうしてこんな奴と一緒にいるのかわからない。

 悟、だっけ? 名前だって今初めて聞いたし。


「いや、叫び声……話し声が聞こえたから、気になって来てみたんだけど……」


 私の叫び声廊下に響き渡ってた!


「悟、『用がある』って、亘理さんと?」


 裕也君は部活の後輩らしいそいつに、私と一緒にいる理由を聞いていた。


 裕也君が教室に入って来た時はびっくりしたけど、これは私にとって好都合ではないだろうか。


 他人の前だろうが関係ない! 私は今日、裕也君に告白するつもりでここに来たんだから!


「えっと、裕也先輩、これは――」

「裕也君! あのね! 私裕也君に話があるの!」

「っ……!」


 私は裕也君に何か言おうとしている男子生徒――悟という一年生の声を無理矢理遮って、半ばヤケクソ気味に愛の告白をしようとした。

 ロマンチックな雰囲気とか考えていられなかった。


 無理矢理言葉を遮られた奴が、驚いたように目を見開き私を見る。


 ふふっ、私の告白を邪魔するつもりだったようだけど、私の方が上手だったようね!

 まさかこんなお互いわけのわからない雰囲気の中で愛の告白をするなんて思わないでしょう!


 ――この時私は油断していた。

 まだ想いを伝えたわけでもないのに、勝ったつもりでいた。


 悟とかいう奴がなんと言おうと、言葉が被ろうと、それよりも大きな声で裕也君に告白してやるつもりだった。

 今更こいつが何を言ったところで、私の告白タイムは終わらない。


「私、実は――」


 ――ガタッ。


 私が愛の告白を言い掛けた時、目の前で黒い髪が揺れた。


 教室に突然訪れた物音と、その音の余韻だけが残る静寂。

 その静けさの中で私は、教室が一瞬にして水中に沈んでしまったかのような錯覚に陥る。


 そして、なぜか私はそれ以上言葉を続けることができなかった。


 時間が死んでしまったかのように動きを止める。

 時計の針は動いているはずなのに、私の脳は時間という時間を感じることができなかった。


 それが、あまりも突然起こったことだったから。


 見開いた私の目に映るのは、男子生徒の整った顔。

 人形のような長い睫が瞼と共に優しく伏せられ、先ほどまで見えていたはずの潤いのある黒い瞳は見えなかった。


 そして私から声を奪ったのは、彼の唇だった。

 私は唇を唇で塞がれて、声を出すことができなかったのだ。


 軽く触れられているだけだから、声を出そうとすれば出せたかもしれないけれど、私が声を出せなかった主な原因は、この状況の唐突さにある。


「……」


 彼の唇が、音もなくそっと離れた。


 私は何も理解ができないまま、放心状態。

 耳元で大砲を打たれた方がまだマシだと思えるほど、私は驚きで身動き一つ取れなくなっていた。


 そんな放心状態の私をよそに奴は、同じくぽかんと口を開けて驚いている裕也君に、満面の笑みでこう告げた。


「――実は俺達、付き合い始めました」


 私が言い掛けた言葉に続くかのようなセリフ。タイミング。行動。


 時間が動き出したと思ったら、また止まった。

 ファーストキスを奪われた私の心は、深淵のような深い絶望感にじわじわと苛まれていく。

 脳はまだ、起こってしまった事実を受け入れられずに、現実逃避のため時間を止める術を探していた。


 瞬きはおろか、目玉さえ義眼に替わってしまったかのようにピクリとも動かせない。


 あ、二度寝した時になる金縛りに似てるかも。

 金縛りは確かレム睡眠とかいって、脳は活発に活動しているけど体は寝ている状態のことだったと思う。

 その間に見たり聞いたりするのは幻覚幻聴らしい。


 ……これが本当に金縛りで、今までのことは全部幻覚幻聴だったらよかったのに……。


「――先輩、優里先輩」


 癪に障るが、私に話し掛けてきた奴の声で我に返る。

 真っ白だった視界に色が戻り、脳が現実逃避を諦め白旗を振っていた。パタパタ。


 裕也君の言葉も奴の言葉も聞いていなかったけど、どうやら裕也君は私が放心している間に奴とちょっとだけ会話をした後、出て行ってしまったらしい。


 まさか信じてないよね?

 私達が付き合い始めたなんて、思われてないよね?

 だって私、こいつのこと知らないよ?


「……裕也君は?」

「おめでとう、だそうです」


 ――ドサリ。


 私はその場で膝を付き、倒れそうになる体を両腕で支えた。

 まさか学校でこんな体勢を取ることになるなんて。

 人間、心の底から絶望した時、力が抜けてこうなってしまうらしい。


 裕也君とお付き合いできるかも……なんて大きな期待をしていた分、期待に裏切られ更に状況が最悪な方へ転嫁した今の絶望感は、正直半端ではない。


 本当なら今すぐにでも裕也君を追って誤解を解くべきなんだろうけど、十六年間近く守り続けてきたファーストキスを奪われた今の私では、裕也君を追い掛けることはおろか立ち上がることさえできずにいた。


 神様よ、聞きたいことが山ほどある。記者会見を開いてください。


「いつまでそんな所で項垂れてるんですか? 床好きなんですか? 変わった人ですね。先輩の胸にも立派な床が付いてますし、それで満足したらどうです? ほら、ヒマワリのように上向いてくださいよ」


 私が書いたラブレターの一節「あなたの太陽のような笑顔を見ると、私はヒマワリのように上を向くことができます」を意図的にバカにしてくる巧妙な悪口を吐かれた私は、恥ずかしくて死にたくなった。


「……あのさぁ……」


 戻った力でふらふらと立ち上がり、私は涙目でそいつを睨む。

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