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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第十三章
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捨てないで

「俺、あなたと裕也先輩を応援します。好きな人の幸せを願えるような、そんな……あなたみたいな人になりたいから」


 恋を知って、失恋を知って、その向こうを見ようとしている。

 辛いからと目を逸らさずに、これからの未来を諦めないで。


「優里先輩だったら裕也先輩のこと、世界一幸せにできますよ」


 ――悟は裕也君の好きな人のこと嫌いなの?

 少し前、私は悟にそんなことを聞いた。悟は「嫌いだけどお似合い」と言って、私を睨み付けてきたっけ。


 悟は、あの時には既に、私のことを認めてくれていた。

 裕也君とお似合いだと、私を目の前に言ってくれた。


 悟は臆病だけど、とても優しい子で。自分のことを、両想いの二人の邪魔をした卑怯者だと思っているみたいだけど、徹底的に邪魔をしたかったなら、私を剣道場に入れたり裕也君と一緒に登校させたりしないだろう。

 悟なりに、正々堂々私から裕也君を勝ち取りたかったのかもしれない。


「言っておきますけど、俺が裕也先輩の前で優里先輩に引っ付いてたのは、裕也先輩を自己嫌悪に陥れたかったからですよ?」

「悟本当に裕也君のこと好きなの……?」


 自己嫌悪に陥れるとか、好きな人に対する仕打ちじゃないような。


「好きですよ。だから裕也先輩から自信という自信を奪い取って、再起不能にする予定でした。優里先輩に告白しようだなんてバカな真似をさせないように」

「こわいよぉ……」

「なのに優里先輩ときたら、自分のことだって知らないくせに裕也先輩の告白を幇助するような励ましをするし、俺の苦労を返せって感じですよ」

「え、あの時の会話全部聞いてたの?」


 校舎裏で裕也君と二人きりで話をした、あの日。

 偶然見つけた、なんて言って私と裕也君の前に出て来た悟だったが、私達の会話を最初から最後まで聞いていたのかもしれない。

 裕也君に後悔してほしくなくて、その恋を諦めないように精一杯説得したあの日を思い出す。


 ……今思い返すと、私裕也君に相当残酷なことしてたんじゃ……。

 好きな人から恋を応援されるとか、私だったら切なすぎて泣くわ。


「そろそろ昼休み終わっちゃいますね。戻りますか」


 悟の言葉で、私も携帯電話の時計を見る。お昼ご飯は前の休み時間に済ませたし、急いで戻るような時間でもないけど、ゆっくり歩きながら教室に帰るとするか。


 もう校舎に戻るのだろうと思った私は、「そうだね」と返事をして、一足先に悟に背を向け屋上の扉へ向かった。

 その時。


「――俺あの時優里先輩に、他人のために自分が大切にしている物を簡単に捨てるところが嫌い、って、言いましたよね」


 悟も教室に戻るつもりで私の後に続くだろう――そう思っていたのだが、次に発せられた悟の声は、随分遠くに感じた。


 怪訝に思って振り返ると、丁度空に浮かぶ太陽が雲から顔を出したようで、太陽光が目に刺激を与える。

 あまりの眩しさに、思わず目を瞑る。

 真っ暗な瞼の裏。そんな暗闇の中、私の耳に悟の声が届く。


「捨てなくてよかったですね」

「……どういう意味?」


 突然何を言い出すのだろう。

 捨てなくてよかった――私があの時捨てようとしたものは。諦めようとしていたものは、なんだっけ。

 私が考え付くより先に、悟は静かに答えを教えてくれた。


「裕也先輩への恋心。捨てなくてよかったですね」


 薄目を開けて見えた光景。


「捨てないでくれて、ありがとうございました」


 青空を背景に立つ悟。なぜか、フェンスの向こうに立っていて。

 空を映した冬の水溜りに、太陽の光を落としたような。そんな笑顔で、ぽつりぽつりと話し出す。



 ――……この景色、毎日のように見てたんです。

 一歩でも前に進めば、俺は落ちて死んでしまうんですよ。

 だから進みたくなかった。一生この場所に留まっていたかった。

 俺はここから動くことができませんでした。

 だって、手を伸ばしたって、俺の手を取ってくれる人はいなかったから。

 それが当然だと思っていたから。

 俺の気持ちなんて、落ちたところで誰も気付かない。

 割れたところで、箒と塵取りで綺麗さっぱり捨てられるのがオチです。



「……そう、思ってたんです……」


 あの日拾った想いの欠片。

 ボロボロで、原型なんて留めていなかった。

 冷たくて、触れると痛くて。そしてとても美しい光を放って。


 私はフェンス越しに、悟の目の前まで歩いて行く。

 大きく穴が開いたその場所には、すっかり暖かい風が穏やかに吹いていた。


 手を伸ばしても、手を取ってくれる人はいないと悟は言う。

 伸ばした手が何度も空を掴んで、手を伸ばすことを諦めてしまったなら。


「優里先輩、俺――」


 何度だって私がその手を引こう。


 作り笑顔なんかじゃない、自然と頬が綻ぶような、安堵に満ちた空の下。

 絆創膏だらけの想いを大切に抱きしめて、悟は笑った。



 ――この想いを捨てなくてよかったです、と。

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