↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第五部  作者: マスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/17

第49話 食料は、倉にあるだけでは人を救わない

第49話です。


前回、第48話で第四部・中流農耕帯編は一区切りを迎えました。


中流農耕帯では、水利衝突、灰斑虫、種麦畑、共同種倉、旧作物、白麦単一依存、麦わら返し床、畜舎戻し路、中央貯水池、下畑の種預け床、種守り環、休み畑環、旧飢饉備蓄穴など、食料を作るためのさまざまな問題に向き合いました。


食料は、畑で作るだけではありません。


水を分ける。


種を守る。


土へ戻す。


休ませる。


備える。


記録する。


そうした仕組みがあって、ようやく食料供給は続いていきます。


中流農耕帯の局所臨界は回避され、エターナルの直接介入条件には達しませんでした。


しかし、食料の問題は畑で終わりません。


作っても、届かなければ食べられない。


蓄えても、必要な人へ渡らなければ救えない。


次に異常が検出されたのは、下流交易都市。


穀物流通の滞留。


倉庫在庫の偏在。


食料価格の急騰。


難民流入。


河川輸送の混乱。


そして、市場暴動の予測。


今回の条件は、


《食料は、倉にあるだけでは人を救わない》


第五部・下流交易都市編、開幕です。

川は、広くなっていた。


中流農耕帯を抜けた水は、いくつもの支流を集めながら、ゆるやかに南へ流れていく。


森の源流で見た細い水とは違う。


砂漠の古い水路とも違う。


ここには、船が浮かび、荷が運ばれ、人が集まる。


水は、ただ作物を育てるものではなく、町と町をつなぐ道になっていた。


神代澪は、川沿いの道を歩きながら、調律核の表示を確認する。


《下流交易都市ヘックス:接近》


《穀物流通:滞留》


《倉庫在庫:偏在》


《食料価格:急騰》


《難民流入:増加》


《河川輸送:水位変動により混乱》


《市場暴動予測:七十二時間以内》


《条件候補:食料は、倉にあるだけでは人を救わない》


「七十二時間って表示されると、まだ余裕がありそうに見えるけど」


ライカが横を歩きながら言う。


「だいたい余裕ないやつだよね」


「分かってきたね」


澪は苦笑した。


「この世界の七十二時間は、体感だと三時間くらいの圧がある」


「農耕帯で鍛えられたからね」


「鍛えられたくはなかった」


アオイは川を見ていた。


「船が多いですね」


確かに、川には大小の船が浮かんでいる。


だが、どれも動きが鈍い。


帆は畳まれ、櫂も止まり、岸辺に寄せきれない荷船が何隻も流れの中で待っている。


船の上には穀物袋らしき荷が積まれていた。


ただし、それは町へ届いているようには見えない。


ミルカが川岸の石積みを見て眉をひそめる。


「荷下ろし場の高さが合ってない」


「高さ?」


ティナが聞く。


第四部を終えた後、ティナは水路見習いとして、下流まで同行することになっていた。


ミレアの水路だけでなく、食料がどこへ流れていくのかを見るためだ。


「水位が上がったり下がったりしてるんだと思う」


ミルカが川を指す。


「船の縁と桟橋の高さがずれてる。荷を上げにくい。下手に降ろすと袋が水に落ちる」


ルシェリアが風と水面を読む。


「上流からの流量が安定していません。源流と中流で調律が進んだ影響もありますが、下流側の水門操作が追いついていないようです」


フィリアが川へ手をかざす。


「水は、道になりたがっています。でも、岸が受け止め方を迷っています」


「水だけじゃなくて、食料も迷子か」


ライカが呟いた。


やがて、川の先に町が見えてきた。


下流交易都市リヴァール。


川に沿って広がる石造りの町。


大きな倉庫。


高い荷揚げ塔。


市場の屋根。


水車。


製粉所。


船着き場。


遠くから見れば、栄えている町に見える。


けれど、近づくほど、その印象は崩れていった。


倉庫の前には長い列。


市場の広場には怒号。


門の外には、荷車を押した人々。


子どもを抱えた母親。


疲れ切った老人。


乾いた地方から来たのだろう、砂混じりの外套をまとった人々もいる。


難民だ。


オルグが馬上で顔を硬くした。


「想定より多い」


彼は王都穀物局の検査官として、下流交易都市まで同行している。


中流農耕帯の記録を届けるため。


そして、この都市の穀物流通を確認するためだ。


澪は広場へ視線を向けた。


市場の中央では、数人の市民が叫んでいる。


「倉庫には麦があるんだろう!」


「なぜ市場に出さない!」


「子どもが昨日から粥しか食べてない!」


「商人が隠してるんだ!」


その前に、都市の役人らしい男が立っていた。


細い顔。


焦りを隠しきれていない目。


手には木札の束。


彼は必死に叫んでいる。


「落ち着け! 配布順は決めている! 倉庫の封印を確認中だ!」


だが、群衆は納得しない。


「確認中で腹が膨れるか!」


「麦があるなら出せ!」


「今すぐ倉を開けろ!」


ライカが耳を伏せる。


「これは、爆発寸前」


セラフィナが調律核の表示を読み上げる。


《交易都市リヴァール:到達》


《市場供給:不足》


《倉庫在庫:複数地点に偏在》


《市民不安:高》


《難民流入:継続》


《倉庫襲撃発生確率:上昇》


《市場暴動予測:七十二時間以内 → 二十八時間以内》


「減った」


澪は思わず呟いた。


「七十二時間が、二十八時間に減った」


ライカが乾いた笑いを漏らす。


「近づくと残り時間が減るタイプ」


「ゲームなら嫌な演出」


「現実だともっと嫌」


その時、倉庫街の方で大きな音がした。


木の扉を叩く音。


群衆の一部が、すでに市場から倉庫へ向かっていた。


「行きましょう」


澪は言った。


「まず、倉を開ける前に、人を止めます」


***


第一河岸倉庫の前には、すでに人だかりができていた。


大きな木扉。


王都穀物局の封印。


河川商会の印。


都市管理局の札。


いくつもの権利と責任が重なった、いかにも面倒な倉庫だった。


その扉へ、男たちが丸太をぶつけようとしている。


「開けろ!」


「麦を出せ!」


「子どもを飢えさせる気か!」


倉庫の前には、護衛が数人。


だが、剣を抜けば暴動になる。


抜かなければ扉が破られる。


完全に詰んだ状態だ。


アオイが一歩前へ出る。


「止めます」


「剣は抜かないで」


澪が言う。


「はい」


アオイは盾を持ち、扉と群衆の間に立った。


丸太が迫る。


彼女は盾で受け止めた。


重い音が響く。


だが、吹き飛ばさない。


押し返しすぎない。


丸太の勢いだけを受け、地面へ逃がす。


「危険です。これ以上は近づかないでください」


「どけ!」


「どきません」


「麦を隠すのか!」


「麦を潰させないためです」


男たちは一瞬、言葉を詰まらせた。


その隙に、セラフィナが光の線で倉庫前の地面に境界を引いた。


「第一線、倉庫保全線。第二線、配布待機線。第三線、子ども・高齢者待機所」


「勝手に線を引くな!」


群衆の一人が叫ぶ。


セラフィナは平然と答える。


「線がなければ、踏み潰しが発生します」


「踏み潰し……」


群衆の中で、子どもを抱えた母親が後ずさる。


それを見て、怒鳴っていた男たちも少しだけ動きを止めた。


ミルカが倉庫の下を見ていた。


「この扉、正面から破ったら中の袋が崩れる。しかも床が湿ってる」


「湿ってる?」


澪が聞く。


「川側の壁から。荷下ろしが遅れて、倉庫の外に濡れた袋を置いた形跡がある。水が中へ入ってる」


調律核が表示を重ねる。


《第一河岸倉庫:外部走査》


《在庫穀物:確認》


《外壁湿潤:あり》


《下段袋:湿り反応》


《扉破壊時、袋群崩落/粉塵拡散/踏み込み汚染リスク》


「やっぱり、ただ開ければいい状態じゃない」


澪は言った。


その時、都市役人の男が駆け寄ってきた。


息を切らし、木札を握っている。


「あなたたちは何者だ!」


オルグが前へ出る。


「王都穀物局第三巡回検査官、オルグ・ヴァレイだ」


男の顔色が変わる。


「検査官殿……! リヴァール配給担当官、ナジルです。状況が、非常に悪く……」


「見れば分かる」


オルグの声は硬い。


「倉庫在庫と市場供給の記録を出せ」


ナジルは木札を差し出そうとして、手が震えた。


「記録はあります。ただ、船荷の到着と倉庫の封印確認がずれて、商会別、税倉別、救援倉別に分かれていて……」


「つまり、あるのに出せない?」


澪が聞くと、ナジルは苦しそうに頷いた。


「はい。誰の荷か、どの封印か、どの市場へ出すか、どの価格か。確認中です」


群衆の男が怒鳴る。


「確認中、確認中って、そればっかりだ!」


澪は調律核を見た。


《倉庫在庫:存在》


《市場流通:不足》


《所有権・税区分・救援区分:混在》


《公開在庫情報:不足》


《市民不信:上昇》


《推奨対応:倉庫全面開放》


「全面開放」


ライカが顔をしかめる。


「絶対まずいやつ」


「うん」


澪は頷いた。


「全面開放はしません」


群衆が一斉にざわめいた。


「じゃあ出さないのか!」


「違います」


澪は声を張った。


「出します。でも、まず見えるようにします」


「見えるように?」


「倉庫の中にあるだけでは、誰も信じられません。封印されたままでは、お腹は膨れません。でも、壊して奪い合えば、袋が破れ、麦が水に落ち、人が踏まれます」


澪は倉庫前の空き地を指した。


「ここに、公開確認場を作ります」


セラフィナが記録板を開いた。


「作業名を設定します。《見える在庫台》」


ライカが小声で言う。


「いい名前だけど、役所っぽい」


「今回は役所相手だから、ちょうどいい」


澪は答えた。


***


見える在庫台は、倉庫の扉を全面開放せずに作られた。


まず、扉の横にある小さな検査口を開ける。


正面扉ではない。


袋が崩れない位置にある、古い確認用の窓だ。


ミルカが泥を払い、木栓を外す。


そこから、倉庫内の一部だけが見える。


下段袋。


中段袋。


奥の袋。


床の湿り。


「一気に出さず、まず三袋」


澪が言う。


「青、黄、赤で確認します」


オルグが頷く。


「食用即時配布可能を青。乾燥・選別後配布を黄。湿り・虫・粉塵疑いを赤」


「はい」


セラフィナが記録する。


「倉庫第一確認。青袋、黄袋、赤袋分類」


群衆の中から不満の声が出る。


「分類なんかいいから配れ!」


澪はそちらを見た。


「分類しなければ、濡れた麦も子どもへ渡るかもしれません」


その一言で、母親たちがざわついた。


「濡れた麦?」


「食べて大丈夫なのか?」


「分ける必要があるのか……」


怒りは、少しだけ疑問に変わった。


それでいい。


疑問になれば、作業へ変えられる。


アオイとベルドが倉庫の検査口から袋を滑らせる。


持ち上げない。


投げない。


滑らせて出す。


ミルカが床へ板を置き、袋を受ける。


フィリアが袋へ手をかざす。


「これは、乾いています。中の麦も落ち着いています」


調律核が青く光る。


《青袋:食用適性あり》


群衆の中で、息を呑む音。


「本当に麦がある……」


澪は袋を見える台へ置いた。


「これが青袋です。今すぐ粥や粉へ回せる麦」


次の袋は、外側が少し湿っていた。


中身はまだ使える可能性があるが、このまま配るには危うい。


《黄袋:外袋湿潤/内部確認必要》


「これは黄袋です。乾燥台で確認してから」


三つ目の袋は、底が黒ずんでいた。


《赤袋:下段湿潤/虫反応微弱/食用配布不可》


「これは赤袋。今すぐ配りません」


「捨てるのか!」


群衆が叫ぶ。


「捨てません」


澪は答えた。


「食べるもの、乾かすもの、土へ戻すもの。分けます」


ライカが小声で言う。


「第五部でも赤黄青」


「安定の赤黄青」


ミルカが返した。


セラフィナは、青袋の数を大きな板に書き始めた。


誰でも見えるように。


青袋。


黄袋。


赤袋。


確認中。


残数。


配布予定。


ナジルが驚いたように言う。


「公開するのですか」


「隠すから疑われます」


セラフィナが答えた。


「ただし、全量ではなく確認済み数を公開します。未確認分を確定数として書くと、後で争いになります」


オルグが頷く。


「正しい」


ナジルは汗を拭った。


「そんな記録の出し方、考えたことがありませんでした」


澪は言った。


「倉の中にあるかどうかではなく、いつ、どの状態で、誰へ届くかが大事です」


その言葉に、群衆のざわめきが少しだけ変わった。


麦がある。


だが、全部が今すぐ食べられるわけではない。


それでも、青袋は見えている。


黄袋も見えている。


赤袋も隠されていない。


見えるだけで、不信の形は変わる。


完全には消えない。


でも、暴力へ向かう速度は少し落ちる。


調律核が表示を更新する。


《公開在庫情報:部分成立》


《市民不信:微低下》


《倉庫襲撃確率:低下傾向》


《市場暴動予測:二十八時間以内 → 三十六時間以内》


「少し伸びた」


ライカが言う。


「減るんじゃなくて伸びる表示、久しぶりに見ると嬉しい」


「嬉しいけど、三十六時間以内はまだ危ない」


「だね」


その時、川の方から叫び声が上がった。


「荷船が傾いたぞ!」


***


第一河岸へ走ると、穀物を積んだ船が斜めになっていた。


水位が中途半端に下がり、船底が浅瀬に引っかかったらしい。


岸へ寄せきれず、積み荷の一部が片側へ偏っている。


船員たちが必死に縄を引いているが、無理に引けば船がさらに傾く。


岸の人々は、そこにも麦があると知ってざわつき始めていた。


「船にも麦がある!」


「降ろせ!」


「倉庫より先に船を開けろ!」


船の上から、日焼けした女性が叫んだ。


「馬鹿言うな! 今降ろしたら川へ落ちる!」


彼女は船長らしい。


短く束ねた髪。


日に焼けた腕。


腰には縄と短い鉤。


「水位が落ち着くまで待て!」


「待てるか!」


岸の男が叫ぶ。


「こっちは腹が減ってるんだ!」


調律核が赤く光る。


《河川輸送:滞留》


《荷船傾斜:進行》


《積荷偏り:高》


《強制荷下ろし時、穀物袋水没リスク》


《群衆接近時、転落・圧死リスク》


ミルカが船と桟橋を見て叫ぶ。


「桟橋の高さが合ってない! 荷を上げる道がない!」


「作れる?」


澪が聞く。


「仮なら!」


船長の女性がこちらを見る。


「誰だ!」


オルグが声を張る。


「王都穀物局、オルグ・ヴァレイだ。船長名は」


「サヴィ! 河船《灰鷺号》の船長だ!」


「荷を守れるか」


「無茶をしなけりゃな!」


澪は船と岸の間を見た。


水位が上下して、船が桟橋とずれている。


船上の袋は青袋かもしれない。


だが、ここで落とせば赤になる。


倉に届く前に、川が食料を奪う。


「仮荷下ろし段を作ります」


ミルカが言った。


「船から直接岸へじゃなくて、一度浮き板へ。そこから岸へ。高さを二段にする」


「浮き板?」


「古い筏材、樽、板、縄。船の揺れを吸収する」


サヴィが叫ぶ。


「筏材なら船尾にある!」


ベルドが即座に走った。


「樽なら市場裏にある!」


ライカも走る。


「人を下げる! 近すぎると危ない!」


アオイとセラフィナが光の線と盾で岸の人々を下げる。


「下がってください。荷が水に落ちます」


「俺たちにも運ばせろ!」


「運ぶ順番を作ります」


セラフィナが答える。


「力のある者は荷受け班。子どもと高齢者は待機所。船縁へ近づく者は作業中止の原因になります」


「作業中止」と言われると、人々は少し引いた。


麦が欲しいからこそ、作業を止めたくはない。


ルシェリアが川風を読む。


「横風が来ます。袋を受ける時に揺れます」


フィリアが水へ手をかざす。


「水位はまだ少し下がります。でも、急ではありません」


ミルカが浮き板を組む。


「なら、浮き板を船側へ寄せる。岸側は固定しすぎない」


サヴィが縄を投げる。


「これを使え!」


アオイが受け取り、岸の杭へ結ぶ。


ただし強く張らない。


船が動いた時に切れないよう、遊びを残す。


「荷、出すぞ!」


サヴィが叫ぶ。


最初の袋が船から浮き板へ滑る。


ベルドと市場の男たちが受ける。


浮き板が沈む。


だが、沈みすぎない。


次に岸側へ滑らせる。


アオイが支え、ライカが足元を確認する。


「右、濡れてる! 左へ!」


一袋目、成功。


二袋目。


三袋目。


袋は濡れない。


群衆のざわめきが、怒号から声援へ変わり始める。


「いけるぞ!」


「落とすな!」


「ゆっくり!」


澪は調律核を見る。


《仮荷下ろし段:成立》


《穀物袋水没リスク:低下》


《荷船傾斜:緩和》


《市場搬入可能袋:増加》


その時、船の奥で袋の山が滑った。


船が軽くなったことで、反対側へ荷重が移ったのだ。


サヴィが舌打ちする。


「偏った!」


ミルカが叫ぶ。


「片側だけ降ろしすぎ! 反対側からも出して!」


「人手が足りない!」


澪は岸を見る。


群衆の中に、まだ怒りを持て余した男たちがいる。


だが、今なら作業に入れるかもしれない。


「荷受け班、二つに分けます!」


セラフィナが光の線を分ける。


「第一班、船首側。第二班、船尾側。怒鳴る余裕がある方は第二班へ」


「なんだその言い方!」


「声が出るなら体力があります」


一瞬、場が妙に静まった。


そして、数人の男が苦笑しながら第二班へ回った。


「言われたら行くしかねえだろ!」


「体力あるからな!」


ライカが小声で言う。


「セラフィナ、煽りも記録的に強い」


「真似はしないように」


澪は答えた。


荷下ろしは、偏りを調整しながら続いた。


船首から一袋。


船尾から一袋。


中央はまだ触らない。


水位に合わせ、浮き板の位置を少しずつ変える。


一気に降ろさない。


一気に群衆へ渡さない。


まず見える在庫台へ。


そこから青、黄、赤に分ける。


サヴィが最後の袋を岸へ送った時、船の傾きはかなり戻っていた。


「助かった!」


彼女は額の汗を拭いながら叫んだ。


「無理に降ろしてたら半分は川だった!」


調律核が青く光る。


《河船《灰鷺号》:転覆回避》


《積荷水没:回避》


《仮荷下ろし段:機能》


《市場搬入青袋:増加》


《群衆協力率:上昇》


「協力率なんて項目あるんだ」


ライカが言う。


「今出たね」


「ちょっといい表示」


「うん」


澪も頷いた。


***


夕方までに、市場広場には三つの場ができていた。


一つ目は、見える在庫台。


倉庫と荷船から出た袋を、青、黄、赤に分けて公開する場所。


二つ目は、仮荷下ろし段。


水位変動に合わせて、荷船から袋を濡らさず降ろす場所。


三つ目は、配布待機線。


子ども、高齢者、病人、難民、労働班、一般購入者を分ける場所。


この最後の線が、もっとも揉めた。


「なぜ難民が先なんだ!」


「俺たちの町の麦だぞ!」


「子どもがいる家を先にしろ!」


「働いた者が先だ!」


怒号が再び上がる。


食料が見えたことで、今度は分け方の争いが始まったのだ。


澪は頭が痛くなった。


作れば終わりではない。


届けば終わりでもない。


見えれば終わりでもない。


分けるところで、また争いになる。


オルグが低く言う。


「ここからは配給規則の問題だ」


ナジルが木札を握りしめる。


「都市の通常規則では、登録世帯順です。しかし、難民は登録されていません。病人や子どもの数も、すぐには確認できません」


「登録にない人は、食べられない?」


ライカが不機嫌そうに言う。


ナジルは苦しそうに答えた。


「そうではありません。ですが、記録なしに配れば、二重取りや買い占めが出ます」


「記録がないと渡せない。渡さないと暴動」


澪は呟いた。


また、いつもの構図だ。


開けるか閉じるかではない。


記録するか放置するかでもない。


記録しながら、止めすぎずに渡す方法が必要だった。


「食料札を作ります」


澪は言った。


ナジルが顔を上げる。


「食料札?」


「今日だけの仮札です。世帯登録がある人。難民。子ども。病人。労働班。全部同じ列にしない」


セラフィナがすでに書いている。


「区分案。緊急粥札、世帯配布札、労働食札、難民仮登録札、病人優先札」


オルグが眉をひそめる。


「分類が多い」


「一つにすると揉めます」


澪は答えた。


「でも複雑すぎると混乱します」


セラフィナが言う。


「では色札にします。赤は緊急。黄は確認待ち。青は通常配布」


ライカが小さく笑った。


「ここでも赤黄青」


「もう、これは文化です」


澪は諦めたように言った。


広場の端で、大鍋が用意された。


青袋のうち、すぐ炊ける麦を一部、粥にする。


すべてを袋で配らない。


袋で配れば、力のある者が買い占める。


粥にすれば、今すぐ腹に入る。


保存はできないが、暴動寸前の空腹を少しだけ下げられる。


「粥にすると、商品価値は落ちる」


商人の一人が言った。


オルグが冷たく返す。


「暴動で倉庫が燃えれば、商品価値はもっと落ちる」


商人は黙った。


ベルドが大鍋を運ぶ。


「畜舎の戻し仕事よりは、いい匂いだ」


ライカが頷く。


「本当に」


フィリアは子どもたちの列を整え、アオイは列が押されないように立つ。


ルシェリアは煙を広場の外へ逃がし、粥の匂いが群衆を一か所に集中させすぎないようにする。


ミルカは配布台の足元を補強する。


サヴィは船員たちを荷運び班に回した。


ナジルは都市の登録札を確認し、オルグは穀物局として青袋の使用を記録する。


セラフィナは、すべてを記録する。


そして澪は、広場全体を見ていた。


食料は、倉にあった。


船にもあった。


だが、それだけでは誰も救えなかった。


見えるようにする。


濡らさず降ろす。


状態を分ける。


列を分ける。


すぐ食べる分と、後で配る分を分ける。


記録しながら、止めすぎない。


ようやく、粥の最初の器が子どもへ渡された。


リクより少し幼い男の子が、両手で器を受け取る。


湯気が立つ。


男の子は一口食べて、目を丸くした。


その表情を見た瞬間、広場の空気が少しだけ変わった。


食べ物が、見えるだけではなく、口に入った。


その意味は大きかった。


調律核が青く光る。


《緊急粥配布:開始》


《見える在庫台:機能》


《仮荷下ろし段:機能》


《市場暴動予測:三十六時間以内 → 六十時間以内》


《条件候補:進行》


《食料は、倉にあるだけでは人を救わない》


澪はほっと息を吐いた。


「六十時間」


ライカが言う。


「伸びた」


「うん。でも、解決じゃない」


「だよね」


その通りだった。


食料は一時的に届き始めた。


だが、都市全体の問題はまだ残っている。


倉庫は複数ある。


商会の所有権もある。


価格も高いまま。


製粉所も確認していない。


難民の流入も止まっていない。


そして、調律核は次の赤い表示を出した。


《下流交易都市:未解決項目》


《製粉所稼働率:低下》


《粉在庫:不足》


《青袋穀物:粒状態》


《粥配布:短期対応》


《市場パン供給:停止》


《水車製粉路:水位変動により不安定》


《次条件候補:麦は、粉にならなければ町へ広がらない》


「粉……」


ミルカが水車の方を見る。


遠くに、製粉所の水車が見えた。


大きな車輪。


だが、その回り方はぎこちない。


速くなったり、止まりかけたり。


不安定な川の水を受け、うまく粉を挽けていない。


サヴィが舌打ちした。


「やっぱり粉挽き場か。粒があっても、粉にならなきゃ市場のパン屋は動かない」


ナジルが顔を青ざめさせる。


「パン屋組合は、明朝までに粉が来なければ閉店すると……」


ライカが遠い目をした。


「食料を倉から出したら、今度は粉」


澪も、水車を見た。


畑で作った。


倉から出した。


船から降ろした。


粥として少し配った。


でも、町全体を支えるには、まだ足りない。


粒は、粉になり、パンや粥や保存食になって、初めて広がる。


食料の流れは、また次の場所で詰まっていた。


澪は調律核を握りしめる。


「次は、製粉所です」


夕暮れの交易都市で、水車が不規則な音を立てていた。


倉にあった麦は、人の口へ届き始めた。


けれど、町を救うには、まだ粒を粉へ変える流れが必要だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第49話から、第五部・下流交易都市編が始まりました。


第四部では、中流農耕帯で食料を作る場所を調律しました。


しかし、食料は作れば終わりではありません。


畑で育ち、倉に入り、船で運ばれ、市場へ届き、粉や粥やパンになって、ようやく人の口に入ります。


今回は、その最初の詰まりとして、下流交易都市リヴァールの市場と倉庫を扱いました。


下流交易都市では、倉庫に穀物はありました。


船にも積み荷はありました。


けれど市場には食料が足りず、価格は急騰し、難民も流入し、市民の不安は高まっていました。


倉庫にあるのに、食べられない。


船にあるのに、降ろせない。


記録上は存在するのに、人の口へ届かない。


今回の条件は、


《食料は、倉にあるだけでは人を救わない》


でした。


澪たちは、倉庫を全面開放しませんでした。


全面開放すれば、一時的には群衆の怒りを抑えられるかもしれません。


しかし、袋が崩れ、濡れた麦や虫反応のある麦まで混ざり、人が踏み潰され、結果的に食料が失われます。


そこで作ったのが、《見える在庫台》です。


倉庫の中身をすべて出すのではなく、検査口から少しずつ出し、青袋、黄袋、赤袋に分ける。


青袋はすぐ食用へ回せるもの。


黄袋は乾燥や確認が必要なもの。


赤袋は今すぐ食用配布できないもの。


それを大きな板に書き、誰でも見えるようにしました。


隠すから疑われる。


でも、未確認のものまで確定数として出せば、後でまた争いになる。


だから、確認済みの在庫を見えるようにする。


これが今回の第一の調律でした。


また、川では荷船が水位変動の影響で傾いていました。


船には麦がある。


でも、無理に降ろせば川へ落ちます。


そこで、浮き板や樽、板を使った《仮荷下ろし段》を作り、船から岸へ直接ではなく、一度揺れを受ける場所を挟んで荷を降ろしました。


食料は、倉庫だけでなく、船から岸へ渡る段階でも失われます。


運ぶ場所にも調律が必要でした。


さらに、見える在庫台と仮荷下ろし段ができても、分け方で争いが起きます。


そこで、緊急粥札、世帯配布札、労働食札、難民仮登録札、病人優先札などの仮の食料札を作り、まずは青袋の一部を緊急粥として配りました。


袋のまま配れば、買い占めや奪い合いが起きます。


粥にすれば保存はできませんが、今すぐ空腹を下げることができます。


食料を「商品」としてだけでなく、「今、人の身体に届くもの」として扱う必要がありました。


結果として、倉庫襲撃の危険は少し下がり、市場暴動予測も延びました。


しかし、まだ解決ではありません。


ラストでは、製粉所の稼働率低下が明らかになりました。


青袋の穀物は粒の状態です。


緊急粥は短期対応です。


町全体へ広げるには、粉にする必要があります。


ところが、水位変動のせいで水車製粉路が不安定になり、パン屋組合へ粉が届いていません。


次の条件候補は、


《麦は、粉にならなければ町へ広がらない》


です。


次回は、製粉所と水車。


粒を粉へ変える流れをどう守るのか。


下流交易都市編は、倉庫から加工の段階へ進みます。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。