序章6 『神託の戦い、始まりを告げず』
※シルバー幼少期(十二歳)視点――マクガイア王城、謁見間
王と再び顔を合わせたのは、あの蒸気の回復劇から数日後のこと。
石造りの謁見の間。光の差さぬ静けさは変わらない。
ただ一つ違っていたのは――王の持つ空気。
アラン・マクガイア王の声は、驚くほど静かでやさしかった。
「ギグ・マーガの星を得た少年よ。先日は済まなかった。
今日は……少しだけ、大切な話をしよう」
その言葉に、思わず背筋が伸びた。
「お前に宿った星、ギグ・マーガの星の力は、特別な力。
神から与えられたもの――すなわち神が人に何かを伝えようとしている手段と言ってもいいだろう」
「手段?」
ぽつりと返すと、王はうなずいた。
「マーガの星を持った者たちは、ときに互いを引き寄せる。
目には見えない糸で結ばれたみたいに、出会い、関わり合ってしまう」
「それって……偶然じゃないってこと?」
「偶然ではない」
王は一度言葉を切り、
脇に控えていた黒衣の女性へ視線を送った。
ナディア・カーヴィエル――星局局長。
夜の静けさをまとった彼女が、無言で一歩前に出る。
とりあえず、眼鏡で胸がデカい。
自然に心の中で俺はこのお姉さんを『姉御』と呼んでいた。
「以降の説明は、星局に任せよう」
ナディアは小さくうなずき、淡々と語り始めた。
「この世界では、その現象を『マーガの戦い』と呼びます」
謁見の間の空気がすっと冷たくなる。
そのまま、ナディアは話を続ける。
「マーガの星は、この国だけでなく世界中に存在しています。
ただし各国に一人まで。そして種類もそれぞれ違い、ある者は破壊の力、ある者は直接人の命を奪う力、そして……ある者は命を癒す。
そんなマーガの星、同じ星は二つと無く、更にそれを毎回バラバラに配る」
「全部違うんだ」
思わず呟くと、ナディアは静かにうなずいた。
「ええ。そして同じ時代に星を持った者たちは自然と引き寄せられ、無意識のうちに競い合い、最後には互いに淘汰しあう。
これがマーガの戦い」
姉御はそのまま言葉を、この謁見の間で紡ぎ続ける。
「そして淘汰し合う果て、生き残るたった一人――
その者が所属する国には、神から『恩恵』が与えられると伝えられています」
「……恩恵?」
ナディアは冷静に告げた。
「豊かな土地、勝てる戦争、国の繁栄。
その時代を支配できるほどの、現実的な恩恵……と、されるわね」
言葉の重みが、胸にのしかかる。
「だから、マーガの星を持つ者は、その国にとっては祝福であり――同時に、国家の運命を背負う存在となる」
俺の呼吸が、少しだけ重くなっていく。
「マーガの戦いは、もう始まってるのか?」
俺は、ふとそんな疑問を口にする。
そんな疑問に、姉御はほんのわずかに表情を動かし、しかしすぐに淡々と答えた。
「正確には――まだ、終わっていないわ」
「……どういう意味だ?」
「今から五十六年前、つまり前回のマーガの戦い――
勝者となった『テオブルグ帝国』所属の『ヴィエル・マーガの星の民』が、まだ生き残っている」
その言葉に、場の空気がわずかに震えた気がした。
「そのマーガの星の民が存命である限り、前回のマーガの戦いは正式には終わらない。つまり今この瞬間も『次のマーガの戦い』が始まる準備段階」
思わず手が汗ばんだ。
つまり、俺は――まだ始まってすらいない戦いに、既に巻き込まれている立場にいるってことか。
そこへ王が一歩前に出る。
「だからこそ――お前を村へ返すわけにはいかない。
王都の中で守らせてほしい。それが、今の我々にできる最善だ」
守る。けれど、それは同時に『囲う』という意味でもある。
分かっていたはずなのに、目の前で言われると、やっぱり息が詰まった。
ルーシェの顔が、ふっと俺の脳裏に浮かぶ。
そして、それが遠ざかっていくような、感覚だけが胸に静かに残った。
◇ ◇ ◇
夜、誰もいない訓練場。
訓練場の天窓から漏れる月明かりの下、俺は一人で立つ。
村から持ってきた、母の遺した銀糸を手に握りそっと息を整える。
この時間だけは、俺に自由をくれる。
風を読む。
腕を振る。
糸が走る。
マーガの星の民ではなく『俺』として在るために。
銀糸が宙を裂き、夜の静寂に光の軌跡を刻んでいく。
母が遺してくれた糸と技。今も確かにこの手の中にある。
巻き戻しに入ろうとしたとき、気配を察知する。
訓練場の隅――そこに、ラスティーナ王女が側女と共に立ち尽くしたまま、こちらを静かに見つめている。
だからほんの少しだけ、銀糸の糸繰りの舞を続けて送る。
糸繰りの舞を、マーガの星の民ではない、ただの俺を……誰かに届けたかった。
そして……事件。
――バサッ!
「……っ」
何かの音を耳にすると同時に、視界の端、白いものが舞う。
俺の銀糸に絡まり、風に乗って飛んだのは――
王女のスカートだった。
白が空を舞い、光が反射し、夜空に放物線を描く。
誰も動かない。何も言わない。王女の足元には、影と沈黙。
俺は銀糸を手に、ぼそりと漏らす。
「……また俺、何かやっちゃいました?」
世界が動いた。ちなみに俺のせいじゃない。
間違いない、これはギグ・マーガの星の災厄だ。
「しっっ……シルバーさん!?
今……なっ、なにを……わたくしの尊厳を、空にぃぃぃっ!!」
怒声が炸裂した。
王女の顔は真っ赤で、語彙が限界突破している。
侍女たちが完璧な連携で俺を取り囲もうとこちらへ向かい走り出す。
「違うって! 俺じゃない! ギグ・マーガが……星が勝手に……!
これ、災厄の分類に入るやつだってば!!」
そんな事を叫びながら既に俺はもう、この場から走って逃げる体勢であった。
声は夜空に吸い込まれていく。
空ではまだ、スカートがゆっくり回転中。
……舞としては完璧だった。
余計な布を巻き込んだこと以外は。
逃げながら、ふと思う。
スカートが飛んだことじゃない。
――笑っていた自分に驚いていた。
ルーシェの言葉が、再び胸を打つ。
「ひとりで頑張らなくていいんだよ。
――生きててくれたら、それだけで、十分だから」
でも今の笑いは、少し違う。
「……俺は、笑って、抗って、生きてやる」
そんな思いを抱きながら、銀糸を引いて駆け出した。
月明かりの中で、ふいに呼び止められる。
「シルバーさん!」
振り返ると、ラスティーナが息を弾ませながら立っていた。
顔はまだ少し赤いけれど、今度は……怒っていなかった。
その後ろでは、侍女たちがわたわたと動き回っている。
誰かが布を掲げ、誰かが必死にラスティーナの腰に外套を巻きつけようとしていた。
その顔は青ざめ、時折、悲鳴じみた小声が漏れる。
王女本人はというと、そんな混乱をまるで気に留めることなく、まっすぐこちらを見つめている。
「……私は、あなたが、誇らしいです!
それに、私は貴方のその、舞が、奇麗だと思います!」
堂々と宣言して、一礼した。
(いや絶対今それどころじゃないだろ!)
と、心の中で全力ツッコミを入れながらも、俺は何も言えなかった。
今度は、俺が言葉を失う番だった。
逃げるみたいに笑いながら、俺は月下を走る。
胸の奥で、なにかが確かに、あたたかく灯っていた。
あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございます。
いよいよ星が重なり始めます。
良かったらコメント、フォローしてくれなくても、既に自分の尊厳は飛んでいます。




