第五章6『動き出す星々:エセイ・マーガの星』
※シルバー視点――マクガイア王城。
王城、星局の政務室。
椅子の背もたれに、重力を乗せたまま天井を見上げる俺。
朝からの書類説明、ルーシェと王女の二人による尻ダブルクラッシュにより、
俺の背筋はもう少しで現実から旅立つところだった。
「……静かね」
ナディアの姉御が隣でぼそりとつぶやく。
書類をめくる手は止まらないまま。
だがその指先の動きにほんの僅かな緊張が混じっていた。
「警備は?」
「外に二人。中には私たちだけ」
「……大丈夫か?」
「大丈夫じゃないからこうなってる」
成程。曰く『最低の星』御来訪。
その結果「今回あっし、お腹の調子がうぐぐ」的な輩が大発生か。
フッ……最低の星、何かカッコいいではないか。
ならば負けじとこちらも最強を証明すべく、パンツを下げて於こうかとズボンに手を掛けた瞬間――
――コン、コン。
控えめに扉を叩くノック音。
姉御が視線だけで確認する。
俺もその視線に瞬きだけで返事をしつつ、自然とそちらへ目をやった。
その直後――扉が音もなく開いた。
先に現れたのは一人の男だった。付き添いだろうか。
軍服に似た黒装束の長身。表情は読み取れない。目つきは、悪い。
その男が背後に一歩下がる。
そして――
「はーい、どーもー」
軽やかな声と共に現れたのはピンクの嵐だった。
髪は鮮やかなピンク。瞳も同じ色。
肩までのボブカットが、ぴょこぴょこと跳ねている。
ミニのスカートにぴっちりした白いシャツ。
その上から羽織るように着た軍用の防風ジャケットが逆に目立っていた。
だが、何よりも俺の目が向けられたのは、両手。
両手は後ろに組まれたままに、ごつめの皮と金属の手袋。
そこに――太い鎖の手錠。
「……なんだこれは」
奥歯で噛み殺すように、俺の口から言葉が漏れだす。
ミルカ・パントシア。共和国の星の民。
今この国にとって、いや世界にとって『最低』とされる存在。
だが、だからって。
この扱いは――あまりにも獣みたいじゃないか。
ミルカはニコニコと笑いながら、拘束されたままこちらに歩いてきた。
「あたしミルカでーす! お招きありがとうね!」
笑っている。
何も気にしていないような顔で。
だけどその手が繋がれていることだけは――どうしても目に焼きついて離れなかった。
ナディアの姉御は静かに立ち上がりながら言葉を返す。
「まず確認する。同行者、名を」
「共和国特使代理。ゼノ・アルヴァネストだ」
「ミルカ・パントシアでーす。よろしくねー」
とりあえずその返答を確認し、ナディアはゆっくりとうなずいた。
短く返した付き添いの男の声は低く、乾いたまま。
だがその後に自己紹介をした、このピンク頭のミルカ。
まず何と言えば良いのか、そもそもミルカの言葉には、水気そのものが、無いとでも言えば良いのか。
――その瞬間、無意識に俺の体が先に動いていた。
椅子が音を立てて跳ね、そして足が床を鳴らす。
「……おいナディア。
それと……そこのゼノ。アルアルだかなんだか」
その場にいた全員が一瞬固まる中、俺はまっすぐ二人を見据えた。
胸の奥に熱いものが噴き上がる。
でも俺の口をついて出る声は、逆に凍りつくほどに冷たい音を纏っていた。
「外せ」
ナディアがほんの一瞬だけ、目を伏せる。
「……落ち着きなさい」
優しい声だった。けれどこの姉御の声のトーン、表情その全てが物語る。
俺のこの怒りが『筋違いではない』と、姉御が認めたということ。
「何だこいつ……」と付き添いのゼノがぼやく。
「外れ星のくせに調子に――」
その言葉が俺の耳に届いた刹那、反射より速く俺の右手がゼノの胸倉を掴み、そのまま窓側へ押し込む。
――ガシャン!
空気が弾けガラスが軋む。
ゼノの体が宙に浮いたまま、窓の外へ突き出される。
「……おい」
俺の声が喉の奥から静かな室内に響く。
まるで自分の中に封じていた何かが、今ようやく言葉を得たかのように。
「俺は一緒に『偶然』落ちたって……かまいやしねえ」
ゼノの顔が引きつりながら、俺の髪を窓の外の風が撫でていく。
――そして、そのまま俺は叫んでいた。
「調子に乗るな!」
俺の喉が焼けるように怒声を響かせる。
「この国か? てめえか? それともクソ神か!?
星の評価が『最低』ってのは歴史が証明してるんだろう。
だが、それを背負った『人間』の評価と一緒くたにするんじゃねえ!」
ゼノを睨む。怯えた顔なんか見ちゃいない。
憎かったのはその口ぶり。
人を選別し、囲って封じるような、その目線だ。
「人の命を、運命だの国益だので数字みたいに切って捨てやがって!
ふざけんなよ……! そんなもんに誰かの人生を渡してたまるかよッ!!」
足元が怒りで震えている。けれど拳は揺るがなかった。
「……星がどうだろうと国がどう言おうと――
俺は黙らねぇ。絶対に黙らねぇ」
そう言い切った時、部屋の空気が確かに変わった。
今まで見せた事の無い表情にナディアの姉御は焦る様に叫ぶ。
「シルバーいいかげんに――。」
「黙れッ!」
普段の俺が使わないような言葉使いで相手の言葉を止める。
初めて見せる俺の表情に息を飲みつつ、声を止めるナディアの姉御。
とりあえず後から土下座でもなんでもすれば良いだろ。
このままこいつと一緒に外へ飛び出してやろうかと思った矢先、いつの間にか俺の真横に来ていたあの女、ミルカが俺に話しかける。
「あはっ、元気だねお兄さん。でも慣れっこだから気にしないでくださいな。
それに何だかんだ、この腐れ〇ソバカイン〇ン野郎なんてそこから放り投げた所で、あたしの立ち位置なんてなーんも変わらないし」
意外と毒舌で肝は据わっているようだな。
だがそれとこれとは別の話。
気を取り直し、俺は背中越しにピンク頭に話しかける。
「んなこたぁどうでも良いさ。
俺はとりあえず、このアルツハイマーだっけ?
こいつの振る舞いが気に食わない、そこで俺激怒、窓からポイポイ。
美しいストーリーじゃねえか」
「というかさぁ……銀色のお兄さん、力強いねー。
成人男性一人を片腕で持ったまま水平保つなんて流石」
「フッ……これでも銀糸に編まれた虎の羽。
つまり、糸使いはこう見えて腕力を使う」
「よくわかんないけどまあいいや。とりあえずゼノぉ謝りな。
こいつ言葉が通じるかわかんないよ」
……ミルカだったか。髪がピンクで脳みそもピンクかと思いきや落ち着く方向へゆっくりと誘導したつもりか。
だが残念だったな、俺は常に運命と星に逆らい続けた男。
つまりは逆張り銀月だ。
そう考えた俺は、すっとゼノを持ち上げたまま腰窓のへりに足をかけ――そのまま共に窓の外へ飛びたつ。
ちなみにこの場所、四階である。
「ひっ、ひあああああああ!」
泣き叫ぶゼノ。
実に情けない。俺なんて週に二回は星の災厄で飛ばされているぞ。
ははーん、ここで糸でも出すつもりでしょう? いいや。
もしや、蜘蛛の巣みたいにネット張るつもりでしょう? 面倒。
正解:俺は死なない。
「シルバー!」
窓枠に身を乗り出すナディアの姉御。
本当の正解は――俺をマットにゼノを助ける、だ。
とりあえずこのゼノとかいう男を抱き締めたまま、そのまま俺の背中から地面へ。
ずどおおおおおおおん!
全身から血を流しつつ、むき出しになった関節の骨。
そんな異常な状態に俺から、じゅわじゅわと蒸気があがる。
そんな地獄の風景を見つめたまま腰がぬけ、全身ぶるぶると震えるゼノ。
「おい……クソ野郎」
「は、はいいぃ!」
「……死を予感できたか?」
「ひ、ひいっ」
「……俺は慣れっこだが、なんだかんだこういう感じで死ぬときは多少時間がかかっても、それでも短いもんだ」
「……!」
「だけどよぉ。心をじわじわと殺していく。
誰にも気づかれず誰にも助けられず、黙って、我慢して、ひとりで、ずっと――
そうやって殺され続けるってのは。あれは、駄目だ」
俺の声が震えていたのは、怒鳴ったからじゃない。
怒っていたからでもない。
――悲しかったからだ。
俺が語っているのは、ゼノになんかじゃない。
……もっとずっと奥の、幼い頃の俺自身に向けた言葉。
あのとき俺は、まるで音のない世界に立っていた。
ひとりきりで、ずぶ濡れの影になって――
ただ、父と母の二つの名前が刻まれた石の前から、動けなかった。
誰にも届かず、誰にも触れられず、それでも心の中では叫んでいた。
『誰か――助けて』
言葉が自然と口からこぼれ落ちる。
「――あの小娘はここに置いていけ。俺が預かる」
それは命令でも忠告でもない。
マーガの星の意思も運命も、引かれ合う理でもない。
ただ一人の人間としての俺の意志だった。
地面に寝そべりながら、飛び降りた窓を見上げる俺。
俺を『冷めた目』で窓辺から見下ろすあの女。ミルカ・パントシア。
俺には生まれ育った村の皆にルーシェの言葉。
そして城ではラスティーナ王女に、王にナディアの姉御、それ以外にもマクレーン教官や沢山の仲間。
だけど『最低の星』――お前には?
だからこそ。俺だけがお前の『本当に望むもの』を知っている。
ミルカの目がニタリと細くなり、俺を見下ろす。
その口元にうっすらとした笑み。
心が通じ合う、息が合い始めるのを感じる。
そうか。やろうってのかあのピンク頭。
同じく、あのピンク頭による意志を肌に、魂に感じる。
お前はいつかの俺のなれの果て。
いいぜ、やってやる。
『最弱 対 最低』
この星の戦いに於いて、最弱最低の死闘をお前は望んでいるのか。




