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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
し 第一部 五章 最低の星
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第五章5 『許嫁と、国境の帰り道で』

 ※ディオン・バルザス視点――マクガイア王国、草原

 

 風が流れておる。


 砦を越えた草原の上、二騎の馬が並んで進む音だけが静かに響いていた。

 隣には、お嬢――いや、セリア王女。


 儂の許嫁という肩書きをぶら下げて、無言で馬を駆る姿はどう見ても兵士というより戦場の鬼神じゃが。


(……何故にこうなったのかの)


 頭を抱えたい思いを抑えつつ、儂はふと声を漏らした。


「はぁ……」


「む? 何を何を嘆いているのだ、ディオン」


 不機嫌そうな声が返る。もちろんお嬢じゃ。


「い、いや、なんでも……」


 気まずい沈黙。だがそれも一拍だけだった。


「何故お前ほどの男が、あのような優男に負けたのだ?」


 セリアが不意に儂に向けて言った。

 鋭い視線が横合いからこちらへ突き刺さる。


「……んーまあどうじゃろうな」


 儂は唸りつつも、軽く肩をすくめた。


「何か卑怯な手を――」


「――セリア」


 儂がその言葉を遮るように、睨むように名を呼ぶとセリアははっとして目を伏せる。


「……すまない、ディオン」


「先ず、間違いなく真っ当な場で一対一じゃった……。

 あの銀糸の鍛錬の密度は、ある意味儂以上に鍛えておる。

 むしろ何故ああいう戦い方に至ったのかにも興味があるがな」


 戦いの才は、間違いなく儂が上。

 銀糸は、ただの一般人……の感があったのだが……どういう鍛錬を、どれほどの鍛錬を行えばあのような美しき高みにまで行けるのであろうか。


 儂は肩に残る糸の破片のような、不思議な感触の中ぽつりと続けた。


「じゃが……まるで泣きながら戦っているようじゃった」


 儂はそんな臭い台詞を何故か吐いてしまう。

 照れも交えつつ、セリアのほうへ視線を向けたその時。


 横から、ぽつと音を立てるように何かが滴る音。

 気付くとセリアの瞳から涙がこぼれておった。


「セリア! 何でお前が泣くんじゃああああ! もう!

 強い言い方したのは悪かった!」


 儂の叫びにセリアは肩を震わせ、すぐさま顔を背けた。


「泣いてなどいない。風が……強いだけだ」


「いやいや今、止んでるぞこの辺」


「……黙れ」


 風がまたふっと戻ってくる。

 草の匂いがやけに胸に染みる。

 そして、しばらくしてからセリアがぽつりとつぶやいた。


「それでも、もしまた貴様が一人で戦場に出るようなことがあったら。

 私は貴様を迎えに行くぞ」


「…………それは、その、ありがたいがの。

 たまに儂、逃げてええか?」


「許さぬ」


「ええぇぇ……」


「何度でも追う。何度でも何度でも」


「……いずれ儂もどこかで何かの星に討たれるやも知らんぞ。

 そうなる前に、お主は別の――」


「死んだら殺す」


「んな無茶なッ!」


「一生引きずるような別れをしたら、私が自ら切り捨ててやる」


 矛盾と自己主張とがせめぎ合うような強すぎる宣言に、儂の背筋が凍る。

 なんというか、恋とかもっとこう……柔らかいものじゃなかったのか。


 だがそれでも。

 気づくと儂の口元が、少しだけ緩んでいた。

 まるで……悪くない、とでも思ったかのように。


 馬がやがてマクガイアの国境を越える。

 次に目指すのは戦か、それともまた別の星の元か。

 それともまたあの銀糸と巡り合う運命か。


 こんな感覚、初めてじゃな。

 負けたのに、完全に取り押さえられたのに。


 ――もう一度、今のあの男と戦えば間違いなく、勝てる。


 じゃがあの者ともう二度と戦いたくないと、斬りたくない、殺したくないと思える相手というのは……初めてじゃな。


 そのすべてがまだ見えぬまま、ただ儂は手綱を握っていた。


 ふと、儂とセリアの間に沈黙が落ちる。

 だが先ほどの張り詰めたやりとりとは違う、どこか安堵の色が混じった沈黙だった。


「……ディオン」


「ん?」


「その……あのときの訓練場の件だが」


「んー? どのときじゃ?」


「幼い頃、貴様に負けたとき。

 剣を貴様に払いのけられたときだ」


「……ああ」


 思い出す。あれはまだ儂が王都に上がって日が浅い頃。

 鍛錬場に現れた若き王女は、騎士団を全員黙らせるほどの覇気を放っておった。

 そして……必然の様に、儂に挑んできた。


 一瞬でわかった。

『この娘は、強さに恋をしておる』


 それ故に『高みを目指す剣、若しくは武』

 そうじゃな……言うなればあの銀糸とはまったく真逆の力。


 かといって……あの銀糸の目指す道、それは――。


「私はあれ以来……お前に敵うと思ったことは、一度もない」


「ほぉ、そりゃあ驚きじゃな」


「だがいずれは追いついて、必ず……お前を追い越す」


 馬の歩調が合い始める。

 どちらともなく歩幅を少しだけ落としていた。


「……なら期待しておくかのう」


「ふん。せいぜいそのつもりでいろ」


 やけに澄んだ声だった。


 強く、まっすぐで、今までのようにとげとげしいものではない。

 思わず儂はぽつりと聞いてしまった。


「……なぁ、セリア」


「何だ」


「儂の、どこが……そんなに良かった?」


「は?」


 セリアが顔をこちらに向ける。唖然としている。

 その表情を見た瞬間、儂は後悔した。

 やっぱり聞かなきゃよかったのやもしれぬ。


「ま、待て、違うんじゃ! そういう意味じゃなくてだな!」


「……どこが良かったか、だと?」


 セリアがゆっくりと顔を前に戻し、そしてほんの少しだけ照れたように――



「全部だ。鈍感か、貴様」



 その一言に儂は口を閉じてしまう。

 草の匂いがまた妙に心地よくなっていた。


 そしてまだ、儂の知らぬ未来もまた――待っているのかもしれん。


「ちなみに……その、ディオンは」


 セリアが唐突に口を開きはじめる。


「ディオンは縛られるとか、その……そういうのが好きなのか?」



 儂は馬から落ちそうになった。



「なっ、ななな、何をいきなり言い出すんじゃ貴様ァ!!」


「き、気にしてないッ! 全然私は理解あるッ!」


 真っ赤な顔のセリア。

 騎士王女のはずが声だけがやけに焦っている。


「皆に城で色々聞いたのだ、そういう『縛り』だとか『拘束趣味』だとか、そういうのを!」


「待てーい! み、皆に? もしやお主、城中で――?」


「……そうだが? ふふふ、こう見えて王女だからな、情報収集はお手のものだ!

 こういう時に権力は使わないとな!」


「お……」


「お? 何だ?」


「お主が噂広めとるではないかー!!」


 儂はその場で叫んだ。

 今すぐ馬ごと南の谷底へ突撃したい気分だったが、セリアはきっと笑顔でついて来るのだろう。

 ……もう少しだけ、儂の人生に静寂というものをくれてもよいではないか、星の神よ。


 いや、こんな空気を、空を、匂いを作ったのは案外あの銀糸かもしれぬな。


 次は――絶対、黙ってあの銀糸と会いに行こう。

 いや、それすら追われそうじゃが。


 まあ、なんちゅうかあの銀糸とは、向かい合う戦いではなく、横に並び立つ戦いをするのも良いかもしれん。


『最弱の星』ギグ・マーガの星の横に、その最弱との相性最悪の儂の星ギ・ガ・マーガ。


 そうすれば、このバカげた星の戦いも少しは……楽しめるかもしれぬな。


 遠くに風が吹いた。

 まあきっと、まだ知らぬ未来のとやらの中に、きっとこのセリアから逃げ切れる未来は無いのじゃろうな。

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