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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
し 第一部 五章 最低の星
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第五章2 銀糸と剣と、迎えの姫

 ※ディオン・バルザス視点――マクガイア王城、王城政務室。

 ――先日の戦いから、二日。


 儂、ディオン・バルザスは王都の王城政務室に通されておった。


 静かだった。

 あまりに静かすぎて誰かの息遣いすら、聞こえるような気がする。

 王城政務室。その重厚な扉をくぐった時点で儂の足音以外、この部屋に音はない。


 いるのはマクガイアの王、王女の二人に周囲を護衛で固めとる状態。


 まあ……確かに国境を勝手に超えるわ、更に城にまで不法侵入しでかすわ。

 冷静に考えても……あまり宜しくない出で立ちじゃからな。


「……まずはよかった。無事で何よりだ」


 開口一番にそう言ったマクガイアの王の表情は、ほんのわずかだが柔らかかった。

 けれど、すぐに口を引き締めるようにして言葉を続ける。


「綺麗ごとかもしれんがな……あの銀糸使いに殺しをさせたくはなかったのだ。

 ――既に四年も、あやつと共に過ごしておるからな」


 その言葉に隣の王女は何も言わず、ただ静かな笑みで紅茶を傾けている。

 こういう時の笑顔が一番怖いのは、戦場と同じ理屈かもしれんのう。


「まずは……礼を」


 儂は一礼し正面の椅子に腰を下ろした。

 やれやれと腰が鳴る。まだ銀糸に縛られた箇所が疼く。


「王よ。命を繋いでくれたのは、あの銀糸使いだった」


 王は頷かず否定もせず、ただ目を細める。

 王女は穏やかな笑みのまま、口を閉ざしておる。


「本気だった、殺すつもりだった。

 儂はあれを敵として見ておった。

 だが、あいつは――儂を殺さなんだ」


 剣を交えた……殺し合いと呼ぶべき交差の果て。

 儂は銀糸で封じられて終わった。


「……正直、未だにあれがなんだったのかよく分からん」


 言いながら、儂は掌を握り締める。


「じゃがあの銀糸使いはどこか……悲しみを抱えておった。

 それが何かは知らんが、あれは『優しさ』ではない。そう思う」


 その時だった。王女がしとり、と悲しそうな表情を浮かべる。


 まるで誰か大切な人が、悲しんでいる姿を見てしまった時のような――

 否。それ以上に、儂以上にあの銀糸の男を知っておるという眼差し。


 対して、王の口元がピクリと動いた。


 ……ほう。なるほど。

 なるほどなるほど。


 親バカならぬ、バカ親の妙な感情じゃろうなあ。

 この場で王の威厳を保っておるのは、案外このお姫様かもしれんのう。


 儂は空気を切り替えるように口を開いた。


「儂はあの『星を与えて戦わせる制度』というやつが……正直気に食わん」


 王女が少し目を伏せながら儂の言葉に返答を返す。


「……あの方も、同じことを言っていました」


「――神の命ではなく、この儂の魂と……剣が決める。

 それでいい。そう思っておったのじゃがな」


 ――マーガの星同士は引かれ合う。


 その言葉からは他に説明のしにくい、あの戦いへの引力。

 あれは……確かに儂の信念を、軽々と超えてきおった。


 じゃが……あの場に於いて、儂の命を奪わぬと口にしたシルバー。

 どうやらあの男の信念は……儂以上らしいな。


 儂の口角は自然と上がる。


 王がゆっくりとひとつ頷いた。

 その仕草が会話以上に響いてくるのが不思議じゃ。


 そんな事を考える儂へ、王女がまるで自分に言い聞かせる様に、噛み締めるように語り掛ける。


「……けれどあのお方は本来戦う人ではありません。

 小さな村で銀糸を織り、それを伸ばすように慈しむように静かに。

 そしてそれを舞うようにして生きていた方です。

 誰かを倒すためではなく、誰かを笑顔にするために、光の下で糸を、銀糸を梳いていた。

 そんな少年だったのです」


「それが気が付いたら戦いに巻き込まれ、気づけばディオン様のような剣士と戦う世界に連れ込まれてしまった。そして、私たち国はその流れに抗うこともできず、むしろ後押ししているかのような振る舞いすらしてしまっている」


 その言葉のあと王女はそっとカップを唇に運び、紅茶を一口すする。

 儂はその所作をただ目で追いながら、あらためて思った。


 静かで、穏やかで、そして鋭い。

 この姫は、紅色の装飾ではない。芯のある人じゃ。


 そして。


「……彼はずっと誰かを救おうとしている方です。

 でもその救いの手が本当に必要なのは……ご自分なのに。

 そこには一切、目を向けない。それでも、誰よりも優しい。

 それは、時として敵にさえも向けられるほどで……。

 たとえそのせいで傷ついたとしても……彼はきっと何度でも何度でも立ち上がって、カッコつけて微笑んで……そして決して人前では涙を見せない人です」


 王女の手が、指が若干震えている。


「私は……何度もあの方の銀糸の舞いを見ています。

 誰も見ていない時にひとり静かに揺れて、ほどけて、光を描くように紡がれる。

 もしかすると――あの方は、あの銀糸を通して泣いているのかもしれません。

 涙を流さぬまま、誰にも気づかれずに」


 言葉の合間に、王女の視線がほんのわずかだけ揺れたように見えた。

 実際に涙は見えぬ。だが儂には分かった。


 今この瞬間、彼女の心は――きっと泣いている。


 じゃが泣かぬ、それは何故か、権力者であり王女故にか?

 違うな……もっと単純な事じゃな、もしも自分が泣くと、涙を見せると『あの方』が悲しむから、という何とも……。


 沈黙。儂はぽつりと呟く。


「惚れとるな、お姫様」


 王女はふっと目を伏せて笑った。

 王は苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らす。


 よもや、国王ともなれば娘の色恋などどうでもよくなるかと思っておったが……いやまったく、父というものは面倒な生き物よのう。


 だがその王が再び口を開いた時、空気は切り替わった。


「……ところで『そなたの国の王女』が貴殿を自ら迎えに来ると息巻いておるがな」


 ぴしりと儂の茶器の取っ手にひびが入った。


「……マ、マクガイアの王よ……今何と?」


「おーぬーしーのーくーにーのー。

 おーうーじょーみーずーかー」


「も、もう良い…………儂は南に逃げるぞ。

 出来れば儂は、遥か北の国に雪だるまを作りに行った。

 とだけセリアに伝えておいてくれ」


「お天気が良ければすぐに見つかりますよ?」


 王女が朗らかにそう言った瞬間、儂の目が自然と窓を捉える。


「――逃走経路、確保じゃな」


 しかしその儂の呟きに楔を打つように王が呟く。


「無駄よ。この城の窓は全て強化しておる」


「……何故?」


「うちのあのバカ星は、週に一回は窓に突っ込むからな……」


 そんなバカげた話を重々しく語る王。

 その隣で何故か王女がドヤ顔でカップを掲げている。


 そしてその直後。窓の外を銀髪の何かが落下していった。


 そんな情景を横目に、王は静かに言葉を零す。


「まあそれでも、彼奴の星はこうして強制的に外へ叩き落すがな」


「……お、落ちる人間と目が合ったのは、は、初めてじゃ……ちょっとこれは夢に出そうじゃな……」


 儂は、そっと窓から目を背けた。

 その窓の下部より、白い煙が立ち上る。


 きっと外は今頃、窓の下はえぐい絵面なんじゃろうなあ。

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