◆第五章1 髪のケアは洗濯板です(物理)
――先日のディオンとの戦いから二日。
王都・星局の記録課。
やたら天井が高いくせに、やけに圧を感じる空間。
石壁には本と書類が、びっしりと几帳面に詰められている。
知識の重みというか、要するに――『私、賢くってよ』みたいなマウントの気が漂っている部屋。
そんな場所で、俺――闇夜の銀狐こと、シルバー・ヴィンセントは椅子にふんぞり返りながら心の中で呟いていた。
(……嫌な予感しかしない)
――ちなみに、俺の嫌な予感はよく当たるのだ。
向かいに座るのは星局記録課の女王様、ナディア・カーヴィエル。
冷静沈着、無表情。見た目は最高、愛想は最低。
その隣にいるのが若手補佐のヨルグ。
特に印象はない。メガネがやたら曇ってる。
……緊張で湿気でも出てるのか?
さらに横、俺の隣にはルーシェ。
無言。ずっと腕組み。完全にツッコミ待機中。
「……ラスティーナ王女はいないのか?」
俺は席につくなり、つい周囲に尋ねる。
あの妄想ファンタジー王女がいないと、なんかこう――精神の防壁がひとつ剥がれた気がする。
「いないわよ……この前あんたとあのデカブツの戦いが終わったから気が抜けたのかしらね。
たぶん今ごろ――出産中か子育て中よ……脳内で」
ナディアの姉御は軽い物言いでの返答。
俺は天井を仰ぎながら、深くため息を吐いた。
「戦い終わったら脳内で子供産むって……どんな戦時スケジュールだよ」
ナディアは肩をすくめたまま訂正もしない。
まずそもそも、俺は当事者じゃないからな?
無言でこっちを見ていたルーシェが、静かに呟く。
「三男五女の予定。名前ももう決まってるそうよ」
「予定が多すぎてイベント表が埋まるぞ……」
ルーシェがやや遠い目をしながら言い添える。
「……前に『長女の名前はシルティーナです!
砂漠の国の王子と今、結構仲が良くて』って言われたとき、全力でその場から逃げたわ」
何かどこかで聞いたような名前が出て来た。
王国崩壊の危機、王位継承争い、全部起こるぞそれ。
「ただの妄想ってわかってても、あまりに現実味があると……なぜか腹が立ってくるのよね」
そんなルーシェの愚痴にヨルグが「??」という顔をしていたが、あえて説明しない。
感染する可能性がある。
というか、やはりここまで俺の関与、まったく何も無しである。
◇ ◇ ◇
「で、ディオンは?」
空気を切り替えるべく俺はナディアに訊ねた。
「一応別室で取り調べ中、まあそもそもあんたと会わせる様な真似は、今の所考えてないわね」
「なるほど」
「また始まったら困るからね」
「……まあ、それはそう」
マーガの星同士は引かれ合う。
――魂の共鳴とか、運命の再戦。
言葉にすればカッコいいけど、ただのテンションのぶつかり合いじゃないのかな、あれ。
「じゃあ今度ディオンに会ったら、ナディア姉御の胸に突っ込んでみようかな」
「やめなさい」
ルーシェのツッコミが即答。
テンプレ反応に俺は何故か逆に安心してしまう。
と、そのとき――俺の隣のヨルグが椅子をガタッと鳴らし一歩後ろへ。
――ドガッ!
死角から無言の拳が俺のこめかみにヒット。
力は最小限。でも角度が完全にプロ。
「……あだーっ!」
横目で見るとナディアの姉御が無言でペンをくるくる回している。
ノーコメント、ノーリアクション、だが制裁は実施済み。
ヨルグ……そうか貴様、俺の敵サイドに立つわけだな。
とりあえず俺は心の中の、ズボン切り裂きリストにヨルグの名を刻む。
「すみませんでした、戻ってきました」
「帰れとは言ってないけど、黙れって言ってるの」
アゴをさすりつつナディアを見ると、姉御はふと顔を上げて言った。
「でも――今回はちゃんと私も、外交部の人たちも評価してるわよ」
「……へ?」
「ディオンを生かして返した件。
マーガの戦いのルールからは逸脱しているけど……あれがあれで彼の国との交渉の窓口が開いた。
外交の助けになったわ」
ナディアは歩み寄ってきて、ふと俺の髪に手を伸ばす。
「ほんと、よくやったわね。
……そういえば綺麗な髪ね、シルバー」
さらりと撫でられて、妙になんかくすぐったい。
視線を逸らしつつ言葉を濁す。
「……なんか照れるんですけど」
「で、どんなトリートメント使ってるの? 今度教えて」
「洗濯板で泡立ててます」
ルーシェの声が、即座に響く。
すかさず俺は窓の位置を確認、一瞬にして銀月の道標(逃走経路)を確認する。
そして俺は靴のかかとをそっと緩めるのだった。
◇ ◇ ◇
「さて、本題に入るわ」
ナディアの声が切り替わる。
資料の束が机に広げられた。
「それにしても……王も外交部もねぇ。
あの『最低の星』と組むとかずいぶん攻めたわね」
「……エセイ・マーガの星だった、かな?」
「ええ、正式交渉はまだだけど今のところ唯一、まともに話ができそうな星よ」
ナディアが書類をめくりながら言う。
「ギグ・マーガを持った時点で、私たちは自動的に『戦えない星を持つ国』に分類された。
つまりどこも交渉すら応じなかった」
「足元見られてたってことか……やはり『二枚目を抱く国』ではインパクトが弱いか」
「二枚目は置いといて。
でも最弱と最低なら――交渉が成立する。
皮肉な話だけどそれが今の私たちの立ち位置」
俺の星――『ギグ・マーガ』は、戦えない最弱の星。
勝てない。殺せない。戦場で意味をなさない。
そして、『エセイ・マーガ』
世界はそれを最低の星と呼んでいる。
その星を持つ、アスプレディア共和国。
特に強くも特別でもない国。
ただ、最低の星を得てしまったという現実。
それだけで世界中から妙に距離を置かれている。
――まるで、爆弾でも抱えているような扱いだ。
似てるな、と思う。
最弱と、最低。
誰にも期待されてない星の民同士が手を組む。
それだけで笑われる構図が完成する。
でも。それでも――
『戦いの中心から遠い』というだけで、ほんの少し息がしやすい気がする。
それだけでも、今は十分かもな。
ただ俺のすぐ横で細い目となっている悪の軍事大臣・ルーシェ総統。
何故かすでに臨戦態勢に入ってるのだけは、ちょっと予想外なのだが。
さて、そろそろ逃亡するかな……窓の方角を再確認――っておい!
おいヨルグ! なんでお前窓辺に佇んでんの!?
何が「いやー今日も良い天気ですね」だ!
貴様、やはり俺の敵――
やめろ、俺の『銀月の道標(逃走経路)』を塞ぐな!
いやほんと、やめ――
(以下略)




